第24話 作られた海と本物の魚 - アオイとケンタとユウタ

「ユウタ、そっちはどうだ?」


 ケンタは、ディスプレイを見ながら、大きな円柱の水槽の間を歩き回っているユウタに叫んだ。


「特に変わった様子はないよ」


「了解」


 ユウタがケンタのところまで戻ってきて、二人でディスプレイに映る数値を見つめる。


「船に乗らない漁師って聞いたら、親父、何ていうかな」とケンタが言うと、


「しかも、山の中だしね」とユウタが続けた。


 ケンタとユウタは13歳の時に、両親を亡くした。父親は漁師で、幼いころからその姿を見ていた二人は将来漁師になると決めていた。それは、親戚の家で育てられることになってからも変わらなかった。


 しかし、二人が高校生の頃、状況が大きく変わった。それまでもマイクロプラスチックや気候変動などで海の生態系に問題は生じていたが、食品生成技術の進歩により、無理に魚を食べなくても同じ栄養素を含む加工食品が摂れるようになった。さらに、「無理して危険な魚を食べずに安全な加工食品を食べましょう」という大手食品会社のプロモーションも後押しとなり、魚を食べる人が減り、漁師も次々に廃業していった。


 二人は、それでも漁師になることを諦めきれず、安全な魚なら食べてもらえるかもしれないと考え、1年浪人してどうにか大学に入り、生物資源科学部で魚の養殖技術を学んだ。そして、大学卒業間際、二人の熱心さに感心した教授の推薦で、BIC特区第1期住民として魚の養殖担当として参加することができ、卒業と同時に特区住民となった。


 二人がホログラムディスプレイの数字を睨んでいると、「こんにちは」という声が聞こえた。


「あ、アオイさん、いらっしゃい」と、二人が声をそろえる。


 アオイは、水槽を一つ一つ覗き込みながら、二人に近づいていった。


「突然お邪魔して、ごめんなさい」


「いやいや、とんでもないです。いつもこんなむさくるしい顔の弟を見ながら働いているんで、若い女性が来ると華やぎます」


「むさくるしい顔って、同じ顔だろ」


 二人の鉄板ネタなのだろうか、テンポの良いやり取りにに思わず吹き出した。


「ところで今日はどうしたんですか?何か魚いります?」


 右側に立っているユウタが聞いてきた。


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、一度見てみたかったんです」


「そうなんですね、ゆっくり見ていってください」


 左側のケンタが答える。


「あ、そういえば、サーモンとっても美味しかった。旨味と脂の甘みが最高でした」


「それは良かったです」


 今度は二人声を揃えて喜んだ。この二人は、何かしらのルールがあってリアクションしているのだろうか。話をしていると、どっちとしゃべっているかわからなくなってきて混乱してくる。


「ところで、どんな魚を養殖してるんですか?」


「えーと、サーモン、ブリ、サバ、アジ、タイ、イワシ……」


 兄のケンタが魚類を答える。


「タコ、イカ、カニ、エビ……」


 弟のユウタがそれ以外の甲殻類や軟体動物を答える。


 やはり何かしらのルールがあるようだ。


「そんなにたくさんの種類を一度に管理するの、大変でしょう?」


「まあ、TIが海水の濃度、温度、魚の活性度などを適切に管理してくれるから、そんなに大変じゃないんだけど……」


 ケンタが言葉を濁す。


 アオイは黙って、双子の次の言葉を待った。


「魚を育てるのと美味しい魚を育てるのは、全く別のことなんです」ケンタが話し出すと、


「僕たちが育てた魚は大きいだけで、ちっとも美味しいと感じられなかったんです」ユウタが続ける。


「集落の人たちは、魚がうちでしか手に入らないからかもしれませんが、『美味しい、美味しい』ってありがたがってくれました」


「僕らは漁師の子どもなんで、魚の本当の美味しさを知ってるんです。だから、みんなの言葉は気を遣って言ってくれているとしか思えなかったんです」


「でも、そんな中タダシさんだけがはっきりと言ってくれたんです」とケンタが言うと、


「『お前たちは、何がしたいの?魚を育てたいの?美味しい魚を育てたいの?』って」とユウタが補足した。


「僕たちは、はじめ魚に必要な栄養素を与え、魚が快適に過ごせる環境を整えて養殖していたんです。でも、育った魚たちは大きいばかりで魚本来の旨味のない、味気ないものでした」とケンタが説明する。


「それから僕たちは、何日も何日も二人で話し合って、TIがはじき出した栄養素以外のものも与えたり、餌の量を減らしてみたりと試してみたんです」


「でも、全然効果がなくて、どうしたらいいかわからない日々が続いていたんです」


「二人して悶々としていたある日、タダシさんがボロボロでドロドロの姿で現れました。何も言わずにキッチンに向かうと、真っ赤な肉を焼き始めたんです」


 ケンタが話を始めた。


「焼き上がった肉の乗った皿を『食ってみろ』と言って、僕らの前に置きました」


 ユウタが続ける。


「その肉は少し鉄臭い感じがしたけど、どこかフルーティーで美味しかったんです」


「不思議そうに食べている僕らを見て、タダシさんは『それはシカの肉だ。そのシカは食べられるために生きていたわけではなく、生きるために草や木の実を食べて育ったんだ』と言い残して帰っていきました」


「タダシさんが帰った後、僕らは話し合いました。漁師は、魚が集まっている場所に行き漁をします。それは人工的に作った環境ではなく、魚が一番居心地がいいと思う場所だと気づいたんです」


「そんな場所には、ほかのいろんな魚も集まるので、時にはストレスを感じるようなことも起きるはずです。でも、そんな環境で生き抜いたからこそ、本当に美味しい魚が育つということに気づかされたんです」


「つまり、自然に近い環境を再現することで、本来の旨味を持った魚が育つということなんですね」


 アオイが言うと、二人は同時にうなずいた。


 それから二人は、水槽に同じ海域の別の魚を入れたり、天敵とされる生物を試しに入れたりと、さまざまな工夫を重ねてきた。現在も試行錯誤の毎日だという。言葉ではなくシカの肉を使ってそのことに気づかせたタダシの手腕に驚かされた。


 最後に二人は、「あの時は、まだナオユキさんもいなかったんで、相当苦労して獲ってきてくれたんだと思います」と笑った。

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