第11話 自由のカタチ ー アオイ
淹れたてのコーヒーを楽しみながら、今日は何をしようかと考える。
特区に来てまだ数日だが、ここにきて「しなくちゃ」がないことに気づいた。会社に行くために準備しなくちゃ、食べていくために働かなくちゃ、みんなに悪く言われないようにちゃんとしなくちゃ。そんな「しなくちゃ」がなくて、「したい」だとか「しよう」はたくさんある。そんな、これまでにない変化を、アオイは単純に自由とは感じず、どこか不自由さすら感じていた。
2杯目のコーヒーをカップに注いでいると、ミサキから連絡があった。
「おはよう、アオイちゃん。起きてた?」
「おはようございます。コーヒーを飲んでいました」
それから、ミサキからもらったコーヒーの感想や、初めての焙煎が楽しかったこと、エタノールコンロの炎を見ていると落ち着くことなどを話した。気づけばミサキが連絡してくれたのに、自分のことばかり話していた。
「ごめんなさい、自分の話ばかりしちゃいました。何かご用でしたか?」
「ふふっ、楽しそうで何より。用事はないんだけど、なんとなくアオイちゃんの声が聞きたかっただけ」
そんなふうにストレートに言われて、顔が熱くなるのを感じた。ホログラムディスプレイの端に小さく映った自分の顔を見て赤面していることに気づき、ミサキに目を向けた。ミサキは何か作業をしているようで、視線は別のところに向いていた。
「なんか、外でコーヒーを飲んだら、もっと美味しく飲めそうですね」と照れ隠しに言うと、
「あ、じゃあナオユキ君のところに行ってみるといいよ」とすぐに返ってきた。
ナオユキは元自衛官で、大きなバーニーズ・マウンテン・ドッグと二人でよく野営していると教えてくれた。
「ちょっとシャイな人で、緊張すると軍隊言葉が出るの」
「軍隊言葉?」
「そう、『自分は』とか、『了解』とか、『であります』とか」
思わず吹き出すと、ミサキもつられて笑い出した。
「集落のコミュニティボードでナオユキ君に連絡してみるといいよ。使い方わかる?」
「多分、大丈夫です」
ナオユキのところに行くことが決まったら、また連絡すると伝え、通話を終えた。
早速、コミュニティボードを呼び出した。コミュニティボードは、IDを交換していない人との連絡や手伝いの募集、収穫物の知らせなどに使われている。
『初めまして、焚き火を見ながらコーヒーが飲みたいので、お伺いしたいです』と、用件だけを伝える短いメッセージを送った。特区では遠慮は無用とミサキに教えられたので、焚き火もリクエストしてみた。
N3デバイスから新着メッセージを知らせる信号が来たので開いてみると、早速ナオユキから『いつでも大丈夫です』というメッセージとともに位置情報が送られてきた。
「返信はやっ、さすが元自衛官」素早い反応に驚き、思わず口に出した。
今から向かうことをミサキに伝えると、「行動はやっ、さすが元キャリアウーマン」と感心された。ナオユキが野営している場所はミサキの家の先にある山の中で、歩くには少し距離があるので自転車で行くことを勧められ、自転車を借りることにした。
何を持っていこうかと考えたが、自分が何も持っていない、何者でもないことを自覚し、リュックサックにタオルを一枚だけ入れた。
ワークブーツに足を入れ、しっかりと靴ひもを結んで家を出た。
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