第9話 穏やかな余韻 ー アオイ
アオイはキッチンで、ヒデオに分けてもらったコーヒー豆を焙煎しながら、今日一日の出来事を思い返していた。
ヒデオのところでアオイとミサキは、そのまま昼ご飯をごちそうになった。簡単なものだと言って出された食事は、ご飯と味噌汁、お漬物、野菜の煮物といった野菜が中心の料理で、これまで口にしていた野菜とはまったく別の味がして、とても美味しかった。何より、大勢でおしゃべりしながら食べる食事は、料理の美味しさ以上に、幸せな時間として価値があるように感じた。
帰りぎわに、コーヒーの生豆と完熟したネクタリンの入った紙袋を渡された。ミサキは、持ってきていた麻のバッグにネクタリンを入れてもらっていた。特区では、物を分け与えてもらうことが多いため、バッグを持ち歩くのは普通のことだと教えてもらった。
来た道を二人でのんびり歩いて戻り、自分の家に着くと、紙袋とミサキにもらった焙煎されたコーヒー豆を置いて、ルネッサで管理局事務所に向かった。
事前にリストを送っていたので、必要なものはすんなりと手に入れることができた。焙煎器は電気式と直火式のどちらがいいか聞かれ、少し悩んで直火式を選んだ。直火式を選んだので、バイオエタノールコンロも追加されたが、車で来ていたので問題はなかった。
ちょうど物資管理の担当者が不在だったため、総合案内係のスズキが対応してくれた。スズキはアオイたちが住んでいる所とは別の集落に家族と住んでいて、客観性を保つためにベーシックインカム制度は適用されず、給料をもらって中央管理局で働いていると話してくれた。
「いつもいろんな人が野菜や果物を持ってきてくれるんですけど、職員という立場から住民に物を与えることはできないので、いつも戸惑ってしまいます」と笑っていた。
パチッ…パチッ
豆がはぜる音がした。これがミサキが教えてくれた1ハゼだとわかった。ガツンとした苦味が強い深煎りコーヒーにしたかったので、引き続き焙煎器のハンドルを回した。
エタノールコンロから昇る炎を見ていると、不思議と心が落ち着く。電気調理が主流となった現代では、日常で炎を見ることは少ない。
パチパチッ
先ほどより小さな連続した音が聞こえ始めた。2ハゼだ。コーヒーの香ばしい香りもしてきた。一度豆の色を確認すると濃い茶色になっていた。どこまで焙煎すればいいのかまだよくわからないので、火を止め、焙煎した豆をざるに広げ、風を当てて冷ました。
部屋中がコーヒーの香りで満たされている。エリザに頼めば一瞬で換気、消臭してくれるだろうが、初めてのコーヒー焙煎の余韻を楽しみたかったので、そのままにした。
明日の朝は、この豆とミサキにもらった豆の両方をドリップして、飲み比べてみよう。
今日は初めてのことだらけで少し疲れたけど、充実した一日だった。明日はどんなことが待ち受けているのだろうと考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
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