第8話 誰かが見てくれている

 15時が近づくと、交代の時間がやってきた。


 今日はいつもと違って、午前のシフトがスムーズに進み、厨房は落ち着いた雰囲気に包まれていた。俺自身も、昨日とは違って全くミスをしないままここまで来られたことに少し誇らしさを感じていた。


 ちょうどその時、午後シフトのメンバーが入ってくる。


 制服を着たまま談笑しながら入ってきたのは、伊勢谷隆だった。

 彼は俺を見つけると、例のごとく皮肉な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「お、ユウタじゃん。今日もトロトロ仕事してたのか? 相変わらず邪魔になってないといいけどな」


 彼のいつもの嫌味が耳に入ってくる。正直、何度も聞いてきた言葉だし、地頭が良くなったおかげか、それとも精神耐性のおかげなのか、今日はそんな言葉に対してイラつくこともなく、冷静でいられる。


「いや、今日はかなり調子よかったんだよね。全然ミスもなかったし、むしろ余裕だったよ」


 そう言い返してみた。今までなら伊勢谷に言い返すなんてできなかったけれど、今日は違う。彼の反応が気になって、つい自然に口にしていた。


 伊勢谷の顔が少し固まった。意外そうな顔をしながらも、すぐにその表情は不機嫌なものに変わる。


「はあ? お前みたいな奴は調子に乗んなよ。どうせまたすぐにミスって迷惑かけるんだろ?」


 彼が嫌味を言い続けようとしたその瞬間、背後から坂口さんが声をかけてきた。


「何言ってるの、伊勢谷君! 御手洗君、今日はすごく仕事できてたわよ。ミスもなかったし、むしろ助かったくらいよ。雰囲気も良くなっているのに、邪魔しちゃダメよ!」


 坂口さんが僕を庇ってくれたことに驚いていると、「そうそう」とレジ担当の山田さんも続ける。


「御手洗君はよくやってるよ。逆に、伊勢谷君は、ちょっと遅刻するから気をつけてね。遅れて来られると忙しい時間帯に困るんだよな。少しは見習ったらどうかな?」


 俺を庇うように坂口さんと山田さんが、伊勢谷を諌めてくれる。

 伊勢谷は二人の言葉を聞いて、顔を真っ赤にしながら言い返せずに口をつぐんだ。


「おい、伊勢谷、もうシフトの時間だろ。さっさと着替えて仕事しろよ」


 山田さんが冷静にそう言うと、伊勢谷は悔しそうに歯を食いしばりながら、無言で厨房に向かっていった。


 俺はその背中を見ながら、少しだけ胸がすく思いだった。


 今までずっと陰気だとかトロいとか言われていたけれど、地頭が良くなって、周りの状況を理解しながら仕事ができるようになったおかげで、初めてこんな風に認めてもらえた。


 俺は坂口さんと山田さんに軽くお礼を言って、笑顔でその場を後にした。


 俺がエプロンを外してロッカーへ向かっていると、遅れてやってきた御影椿さんがロッカーから出てきた。


 彼女の長い髪がふわっと揺れ、いつも通りの清楚で明るい雰囲気をまとっている。


「お疲れ様です、御影さん」


 今日は挨拶ができて、自然と笑顔が出た。今までならこんなに明るく挨拶するなんて考えられなかったけど、今日は気分がいい。


 頭がクリアで、仕事がスムーズに進んだおかげか、伊勢谷に坂口さんと山田さんが言い返してくれて、気分が良いからか、少し自信もついている。


 俺が微笑みながら挨拶すると、御影椿は少し驚いた顔をして、すぐにニコッと笑って挨拶を返してくれた。


「お疲れ様、御手洗君。なんだか、今日の御手洗君はいつもと違うね。何かあったの?」


 彼女の問いかけに俺は軽く首を振って、「いや、別に何もないよ」と返した。


「そうなんだ。なんか、今日はすごく明るく見えるからさ。それにちょっと大人っぽい余裕があるかも」


 椿さんは優しく微笑みながら言う。


「ありがとう。でも、本当になんでもないんだ。少し仕事が上手くできたからだと思うよ」

「そうなの?」

「うん! これからは頑張るね」


 そう言って背を向けて歩き出すと、後ろから椿さんの声が聞こえた。


「今日の御手洗君、凄くいいね!」


 その言葉に少し顔が熱くなりつつも、俺は自然と微笑んで、まっすぐ冒険者ギルドへと向かう。


 ♢


「さぁ、今日もダンジョン配信を始めます! ユウタです。よろしくお願いします!」


 配信を開始すると、昨日よりも少しだけ視聴者が増えていた。

 

 視聴者数は10人とまだ少ないけど、少しずつ定着している感じがする。コメント欄も少しにぎやかになってきていて、なんだか嬉しい。


「今日はレベル2になって新しいスキルを手に入れたので、その紹介をしたいと思います。まずは『ステータスオープン!』」


 俺が言葉を発すると、目の前に半透明の画面が浮かび上がり、自分のステータスが表示された。


名前:ミタライ・ユウタ

年齢:18歳

ランク:Eランク冒険者

職業:ファイター

装備:ヒノキ棒、動きやすい服

能力:身体強化

SP:15


スキル:

・身体強化+1

・地頭アップ+1

・直感

・スイング

・自身の回復(小)

・精神耐性(小)

・耐久力アップ(小)

・シスコン補正


 ステータスは自分にしか見せないので、紙に書いて持ってきた。


「こんな感じになっています! 昨日、レベルが上がったんですよね。スキルも一気に増えました」


 コメント欄が動き始めた。


『おお、レベル2おめでとう!』

『スキル増えすぎじゃないか?』

『シスコン補正って何www』


 シスコン補正はやっぱり気になるか? まあ、説明しておこう。


「ふふ、シスコン補正ね……。実はこれ、妹のサクラが応援してくれると、ちょっとだけ俺が強くなるんです。昨日、サクラのコメントでパワーが湧いてホブゴブリンを倒せたんだよ」


 コメント欄がさらに賑わう。


『妹パワーwww』

『まさかそんな補正がwww』

『妹さん可愛すぎるな!』


「サクラには感謝してもしきれないね。さて、他のスキルについても簡単に説明していくよ」


 俺はスキルを順番に解説し始めた。


「まずは『身体強化+1』。これがあるおかげで、少しだけ体が軽くなって、戦闘中の動きが速くなったり、力が増しているんだ。次に『地頭アップ+1』。これのおかげで、普段の仕事がすごく楽になったんだよね。今まで怒られていた理由がちゃんとわかって、仕事がスムーズにいくようになったです」


『バイトリーダー冒険者w』

『地頭アップってそんな効果あるのかw』

『バイトに役立つスキルだなwww』

『地頭って頭良くなる系?』


「そう! 地頭が良くなるってことは、物事をしっかり理解できるようになるってことなんだ。次に『直感』。これは危機察知でモンスターに気付けたり、相手の動きを先読みして対応できるスキルで、昨日もこれのおかげでホブゴブリンの攻撃を避けられたんですよ」


 次のスキルに進む。


「『スイング』は、武器を振るのがちょっと上手くなるスキルです。ヒノキ棒を振るスピードが上がったり、相手に当てやすくなったりするんです。まだ武器がヒノキ棒だから地味だけど、これからもっと強い武器を手に入れたら、さらに効果的になると思う」


『ヒノキ棒でも強くなるw』

『スイングいいじゃん!』

『もっと強い武器が欲しいな』


「そうだね。早く強い武器を手に入れたいけど、今はヒノキ棒で頑張ってる。次は『自身の回復(小)』。これがあるおかげで、戦闘中に少し体力が回復するんだ。まだ回復量は小さいけど、積み重ねで意外と助かることも多いんだよ」


 そして、残りのスキルにも触れていく。


「『精神耐性(小)』は、メンタルを鍛えてくれるスキルで、敵からの精神攻撃に少し耐えられるんだ。『耐久力アップ(小)』は体が少しだけ頑丈になるスキルで、これも昨日の戦闘中に役立ったよ。あと、疲れにくくなって長時間戦えるようにもなった」


 コメント欄が盛り上がっている。


『いいじゃん、そのスキル!』

『長時間戦えるのはデカい!』

『頑張れユウタ!』


「こんな感じで、スキルが増えたことで戦闘もバイトも少しずつ楽になってきてるんだ。これからも少しずつ強くなって、もっと上を目指していきたいと思います! 応援よろしく!」


 こうして俺は視聴者に感謝を伝え、今日のダンジョン探索に向けて意気込んだ。スキルが増えたことで、これからの冒険がさらに楽しみになってきた。

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