第2話 魔法

 家に帰り二人の手当てを済ませた俺は、さっそくイモを食べることにした。


「ふっふふふ。イモイモイーモ」


 俺はいつも通り鍋にイモを大量に入れる。ただ、あまり一度に入れすぎると不都合がある。それは火がまんべんなく通らないことだ。だがしかし、イモ好きの俺の前ではそんな不都合は些細な事。


「マスター、火はどうやって起こすのですか?」

「妾の魔法でいい感じに焼くことも可能だぞ、主様」


 魔法……ね。そりゃ魔法が使えるなら俺だってそうするけど。


「母さんに『あんたには魔法の適性は一切ない』って言われてるんだ。だから俺は魔法を使えない」


 けど、別に不便は感じていない。魔法が使えなくても生きていく術は父さんに教わっている。この木の棒を岩に軽くこすって――


「よっと」


 摩擦で火を起こす。古くから伝わる火の起こし方だ。俺はいつもこうやって鍋に火をかけている。


「マ、マ、マスター……今のは魔法ではないのですか?」

「主様……普通、木の棒を軽く岩にこすっただけでは火はつかぬぞ?」


 え? そうなの? じゃあみんなはどうやって火をつけているんだ?


「うーん……じゃあ普通はどうやって火をつけるのか、俺に教えてくれないか?」


 そう言うとレアが一歩前に乗り出し、意気揚々と名乗り出た。


「火なら妾に任せよ。主様、今から火の魔法を伝授しようぞ。よく見ておくのだ、地獄のヘルファイ……」


「ちょっとレアさん! それって禁呪ですよ! 唱えるだけでも災いを呼ぶと言われているのに、魔法適性がないマスターが使えるわけないでしょ!」


 禁呪? なんだそれは? まぁ魔法が使えない俺には関係ない話だ。でもせっかくだし、やってみるか。


「まぁまぁソフィア。レアだって悪気がある訳じゃないんだしさ。どうせ俺には使えないしね、ほら。地獄の業火ヘルファイア


 鍋に向けて手をかざすと、その瞬間、手のひらから漆黒の炎が激しく噴き出した。炎はまるで生きているかのように渦を巻き、鍋を一瞬で包み込む。


「な、なんだこれ!?」


 黒い炎は周囲の空気を一気に吸い込み、周囲の温度が急激に上昇するのを感じた。熱風が顔に当たり、髪が逆立つ。炎の色は深い闇のようで、見ているだけで吸い込まれそうな不気味さがある。


「ちょ! ちょっとレアさん! 止めてー!」

「ま、まさか! 主様! いますぐこの場から――」


 レアとソフィアが慌てて駆け寄るが、黒い炎はますます勢いを増し、鍋から溢れ出してテーブルや床にまで燃え広がろうとしている。


「やばい! 本当にやばい!」


 俺は必死で水をかけようとするが、黒い炎は水を弾き返し、まったく効果がない。炎はイモを包み込み、鍋自体が真っ赤に焼けていく。


「ソフィア! 防護結界を張るのだ!」

「はい!」


 ソフィアが急いで魔法を唱え、周囲に光のバリアを展開する。レアも魔力を集中させ、黒い炎を封じ込めようと試みているようだ。


「封炎の術式フレイムシール!」


 二人の力でどうにか黒い炎は鎮まっていき、ようやく静寂が戻った。


「ふぅ……なんとか家が燃えるのは防げたようだな」


 レアが額の汗を拭い安堵の息をつく。しかし、そんな事はどうでも良かった。


「俺の……イモが……」


 鍋の中には、黒く焦げて形を失ったイモの残骸が残されていた。手を伸ばして触れると、パリッと音を立てて崩れ、粉々になってしまった。


「そんな……せっかくのイモが……全部……」


 俺は膝から崩れ落ち、がっくりと肩を落とした。胸の中にぽっかりと穴が開いたような喪失感が広がる。イモを楽しみにしていた分、そのショックは計り知れない。


「やっぱり母さんが言った通りだ。俺には魔法適性がなかったんだよ」


 力なく呟く俺の姿を見て、ソフィアとレアは気まずそうに顔を見合わせていた。


「レ、レアさん? 禁呪って魔法適性が無くても使えたりします?」

「何を言っておる。そんな訳があるはずないであろう。もう妾には主様を測る指標など存在せんわ」

「で、ですよね」


 ソフィアとレアは禁呪についての議論をしている。

 禁呪とはこの世界では禁止されている魔法のことらしく、高名な魔法使いでもそう使えるものじゃないらしい……がそんな事よりイモがなくなったことがショックすぎて、他のことを考える余裕なんて今の俺にはなかった。


「あ! そうですよマスター! 救世の旅に出るとかどうですか? 町に行けばイモだって売っていますよ」

「救世の旅には断固反対だが、旅に出るというのはよい案だと思うぞ」


 旅……ねぇ。町のイモを食べてみたいって欲はある、けど家で採れるイモの方が絶対においしいと思うしなぁ。


「世界を回り見識を深めるのです。そうすればマスターも救世主として成長もできますし、いろんな地方のイモだって食べることができます!」

「愚民どもに主様の力を見せつけるには絶好の機会。主様が旅に出ればすぐにでも、その名声は世界に轟くであろう」


 いろんな地方のイモ……その言葉を聞いた時、確かに胸がおどるのを感じた。例えば寒冷地のイモはどんな味、食感がするのだろう? 年中暖かい土地で育ったイモは焼いていなくても、あのかぐわしい香りを発するのだろうか?


「さぁマスター、今こそ聖剣の私を抜くのです。私と共にこの世界を救いましょう」

「なにを言っておるか! 主様は妾とともに世界を支配するのだ!」


 そんな事を言いながらソフィアとレアは光に包まれ、また元の剣の姿へと戻った。


 うーん……あれ? なんの話だったっけ? あ、イモの話だったよな。でも早く種芋用に置いてあるイモを植えないと、次の収穫まで時間がかかるし旅になんてでている暇はないか。


「えっと地方のイモは魅力的なんだけど、もう次の収穫に向けて種芋を植えたりと忙しいんだ。だから旅には出ることができない」

「え? マスター? お話ちゃんと聞いていました?」

「イモの話でしょ? ちゃんと聞いていたよ」


 ソフィアが何かに呆れたかのようなため息をつくと、次はレアが話かけてきた。


「主様はよっぽどイモが好きなのだな。なんであれ一つを極めるというのは良いことだ」


 そのレアの言葉に俺より早くソフィアが反応した。


「レアさん、変なことをマスターに吹き込まないでくださいよ! このままじゃ聖剣をたずさえたイモを極めし者とか、マスターが変な風に呼ばれるじゃないですか!」

「なぁにを寝ぼけておる小娘。魔剣を使い世界を統べるもの、こう呼ばれるに決まっておるだろう!」


 ダメだ、二人とも話が全然通じない。全く誰だよ、さっき俺に話をちゃんと聞いていたか確認してきたの。


「だから、旅には出ないってば」


 少し大きめな声で否定すると、二人はまた人間の姿へ変化した。


「こうなったら……仕方がありませんね、こんな手は使いたくなかったのですが」

「ほう、どうやら妾と同じことを考えておるみたいだな」


 二人がじりじりと近寄ってくる。一歩、また一歩と俺との距離が近くなってきた。


(実力行使? まさかそんな訳はないよな?)


「マスター……」

「主様……」


 なんだなんだと思っていたら、ソフィアとレアがそれぞれ俺の右腕と左腕に抱きついてきた。


 多少の警戒はあったものの、ソフィアのほのかな甘い香りとその柔らかな肌触りに、心がゆるむ。一方、レアの温かみのある肉感と彼女の妖艶な魅力が俺を引きつけ、自然と緊張が解けていった。二人の存在がまるで異なる魅力で同時に心を包み込む。


(敵意はなさそう……だけど)


 実力行使ではないことを確信したとき、ソフィアとレアが腕の中で上目遣いで話しかけてきた。


「こんな可愛い子と二人旅なんて……道中どんな出来事が起こっても仕方ないですよね?」

「妾のような絶世の美女と二人旅、過ちの一つや二つは仕方ないとは思わないか?」


 ソフィアとレアの言葉の意味がピンとこない。彼女たちが言う【出来事】とは、イモの祭りやパーティーのこと? 【過ち】とは、さっきのイモ焼失のことだろうか? そんな小さな過ちは二つも必要ないな。


「過ちはごめんだけど、イモの祭りとかの出来事があるなら興味があるかな」

「え? あ、ありますよ! きっとイモのお祭り!」

「そうか、過ちなどではなく既成事実としたいと。さすが主様、大胆だ」


 少し戸惑いながらも、彼女たちの話がなんとなく理解できた気がした。話が嚙み合ってないような気もするが、通じているから大丈夫そうだな。


「お祭りと言えば、都に行くのが良いのでは? 都では私の故郷発祥のイモ料理が楽しめるし、植物から採れる油をたっぷり使ってカラっと揚げたイモも売っているかもしれません」

「妾はあまり人間界には詳しくないが、人が多い都を目指すのは良い案だな」


 油で揚げたイモ!? なんだそれは! それはイモなのか? イモと言っていいのか!? 甘いのか辛いのか、それともイモなのに硬いのか?


 だめだ、考えている時間も惜しい。


「ありがとうソフィア、いいことを教えてくれて。何もないけど屋根はあるから二人ともこの家を好きに使ってくれていいよ」


 俺は何も持たずに家を飛び出し畑へ向かう。


「母さんが残してくれた無くならない種芋、今回もいっぱい育ってくれよ」


 いつもの場所に種芋を植えた俺は、急ぎ足に都へ向かおうとしたがあることに気がついた。


(都ってどこだ?)


 そもそも俺はこの家から周辺のことしか知らない。都の場所を考えてもでてくるはずがなかった。


「ちょっとマスター! 置いていくなんてひどいですよ」

「そんなに焦らなくても、揚げたイモとやらは逃げんぞ?」


 どうしたものかと考えてる間にソフィアとレアが家からでてきて、また俺の腕に抱きついてきた。


「さぁマスター! いざ救世の旅へ!」

「ふん、まぁ案内係としてなら小娘の同行を許可しよう」

「え? 一緒に行くの?」


 こうして俺は長年住んできた土地を離れ、都へ向かう決心をした。




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辺境の田舎暮らしの俺が、人化する聖剣と魔剣を手に入れたけど元から最強でした 帝樹 @taikihan

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