第24話 カラスの報告とウサギリの井戸端話
季節も晩秋を迎える頃、庭の中央で咲き誇っていた大輪の菊の彩りも、いつの間にか桔梗やりんどうといった紫の花々に植え替えられていた。
朝からの訓練は肌寒さを感じるが、昼頃には汗をシッカリと流している。
俺は汗が冷えない内に、水桶に手拭いを入れた。
(おや?ほんのりと温かいなぁ)
ウサギリが専属侍女になってからは、こうした細かい気配りが適切に感じられる。
汗が冷えてしまう前に、手際よく汚れと汗を拭っていく。
そして私室に戻ると、昼食の準備をオクウに教えている女性陣が目に入る。
一人は言わずと知れたウサギリである。
そして本日はマリアとその専属侍女のアスハも加わって、あれやこれやと教えているのだ。
最近は俺の私室に、四人が集っていることが多い。
(まぁ、こうして体裁を整えつつ、暗殺などからの対策を行ってくれてるんだよなぁ。きっと……)
そんな感慨に耽ってっていると、戸の外から聞き知った声が聞こえてきた。
「ヲシリ様。侍従長のカラスでございます。ご報告が有るのですが、入室してもよろしいでしょうか?」
マリアが俺の方を見て、頷くのを確認すると代わりに答えていた。
「カラスさん、お入りになってくださいませ」
そして、いつの間にか戸口に移動していたウサギリが、タイミング良く戸を開く。
(完璧な連係プレーだな……)
カラスも慣れたもので、静かに入室してきた。
「ヲシリ様。これから昼食でしたか……であれば、出直して参りましょう」
そう言いながら、席を外そうとするのを俺は制した。
「そのままで良いよ。昼食は俺のわがままで用意して貰ってるものだからね。ちょっと待っててくれるかな?」
俺は席に着くと、準備されていた昼食を摂る。
今日は鳥肉の串焼きとカボチャの煮込みが用意されていた。
傍らには、冷えた“牛乳”が用意されている。
最近は、マリアを始めとした女性陣にも“牛乳”が人気になっている。
何でも飲んでいる内に、肌艶が良くなると実感するらしい。
(絶対嘘だろう……ウサギリもまだ18歳だし、マリアに至っては10歳だ。アスハさんもきっと…10代ですよね?)
もちろん苦手な人もいる訳で、なんとあのマッチョなオクウが苦手だったのは意外だった。
それでも四人で、乾杯して飲み干す“牛乳”は格別だ。
(まぁ、俺一人で飲んでるよりも、みんなで飲んでた方が気分も良いからね……)
最近は牛の種類によって味が違うことを伝えると、ウサギリは毎回違う牛からミルクを絞ってくるようになった。
その内に、乳牛に近い牛の“牛乳”に出会えるかも知れない。
そんな事を考えている内に、全てを完食した。
「カラスよ。お待たせした。ところで今日はどうした?」
俺はカラスに向かって、改めて訊いた。
カラスはギャラリーが多いことを気にしてか、一瞬躊躇したようだったが、直ぐに気を取り直して答えた。
「先日捕縛致しました、暗殺未遂の元新人侍従ら二人を尋問した報告が、
(きっと尋問したのは、カラス自身だろうな……)
俺はカラスに向かって言った。
「それでは“打合せの間”で聞こうか」
“打合せの間”とは俺が勝手に名付けただけで、要は寝室の下段のスペースだ。
寝室でって言うと、最近女性比率が高くなっているので、なんかセクハラっぽくなって嫌だったので、打合せの場合はそんな風に呼んでいる。
反対側の“続きの間”は縁側に隣接しているので、秘匿性の高い打合せには向いていない。
そんな理由で、この場所を利用することが多い。
打ち合せ中は呼び鈴の先の自室に、オクウが戻っている手筈だからセキュリティは万全だ。
俺は一応、マリアや他の専属侍従には、主室に控えているように命じた。
(結局、俺とカラスだけではセクハラ案件にはならないけどね……)
“打合せの間”に入ると御簾の手前、上座に腰を下ろして、カラスは下座に向い合せに座った。
早速、カラスに尋問の内容を報告する様に促した。
「噫ああぁ。それではご報告申し上げます」
カラスはこんな場でも、律儀に“王の間”の様に振舞って見せる。
(俺ももう少し王族らしく、威厳を以って振舞った方がいいのかなぁ?)
無駄に偉ぶるのも苦手なので、年を重ねれば多少は貫禄も付いて来るんだろうと、結局自然体になってしまう。
「先ずは“ロイロト”を名乗っていた、暗殺者の身元が判明いたしました。独り者で身寄りがなく“生口”となり果てた者にてございます」
生口とは、要は奴隷である。
一般的には国が、戦時捕虜などを労働力として生口とすることが多い。
しかし最近は物流の発展と共に、大手の商家が支払いの質として、労働力としての生口を持つことが認められている。
その場合の生口は余程のことがない限り、有期期間となるのだ。
カラスは報告を続けた。
「今回捕縛した二名も同様に生口でございました。仕官した時期は多少は前後いたしますが、全て元侍従の“ワザヲキ”が手引きして、ほぼ同時期に仕官しております。そして生口の主でございますが、商家としては最大の勢力を誇る『
俺は聞きなれない“ワニの一族”について、カラスに訊いてみた。
「“ワニの一族”とは、嘗て
(要は
そしてカラスは声を一段潜めて、こう続けた。
「ミノタロ様が側室に迎えたいと申していた
俺はひょっとして?と思い、カラスに尋ねた。
「ミノタロ
カラスは声のトーンを落としたまま答えた。
「さすがに身元自体には問題はありません。しかし……背後に“ワニの一族”の存在が有ることは間違いございません」
俺は一連の流れが、一本の糸のように繋がっていくのを肌身に感じた。
「カラスよ。この話は
カラスは俺を見詰めながら、奏上した。
「先ずはヲシリ様のみに知らせて、何か良策が有るか聞いてくるようにとの事でございました」
俺は重ねて、カラスに問うた。
「
「それはヲシリ様の考えを聞いた上で判断するとのことで、今は伏せられております」
(だからマリアにも聞かせられないと判断したのか……)
「それでは
自分でも現代語が交っているのにも気が付かずに、焦って訊いていた。
「恐らくは武力を用いて、逆賊を誅すものと存じます」
カラスは一段と声を潜めて答えた。
俺は嫌な想像をしていた。
(ミノタロ
俺はカラスに向かって言った。
「二……三日中に、
カラスは了承の旨を表して“打合せの間”を退出していった。
(きっとその足で、デヲシヒコの元に向かうに違いないな……)
俺は遣る瀬ない想いを抱えたまま、主室に戻った。
するとそこには、部屋一面にお花が咲き誇っていた。
要はガールズトークの真っ最中だったと言う訳だ。
(女子は三人寄れば姦しいとはよく言ったものだな……)
普段はおとなしいマリアの専属侍女のアスハも、会話に交じって歓談に興じている。
俺も邪魔しないように、傍らに腰を下ろした。
するとマリアが早速、話の流れを要約してくれた。
「お兄様、お帰りなさいませ。いま丁度、重陽の節句にウサギリが初めて参加出来たって、喜んでたところでしたわ。わたしもその間の裏方の忙しさを聞かされて、色々と裏での失敗談も面白く聞いていましたのよ」
そんなガールズトークの真っ只中に、俺はいつの間にか放り込まれてしまった。
(うーん、結構真剣に悩ましい案件の最中なんだけどなぁ……)
想像の通りで、裏方の失敗談とは誰々が告白して振られたとか、
意外にもオクウも侍女の中では人気の的だとか。
(うん、直接オクウには聞かせられない内容だな……)
そんな盛り上がってきたところで、ウサギりの爆弾発言を耳にした。
「そう言えば、重陽の節句でワニの商家の御夫婦を目にしましたけど、噂どおり相変わらず仲睦まじいのですね」
そのワードに、一同が一瞬で固まってしまった。
(夫婦だって……!?)
多分、その場のみんなが同じように心の中で叫んでいたに違いない。
俺はアスハを見遣ったが、首を横に振っていた。
俺は皆を代表する様に、ウサギリに訊いた。
「あの場にいたワニの商家って、ミノタロ
ウサギリも周囲が、真剣な空気になったことに気が付いたようで、姿勢を正して答えた。
「はい。わたしは裏方に長く居りますので間違いございません。裏方の者は宮で入用な物を、市や商家で仕入れております。あの商家の主は『シヲツチ』と申しますが、何と言いますか…」
ウサギリは言葉を選ぶように続けた。
「えっと…幼い娘が好みの様で、三年位に一度は新しく新妻を娶ることで有名です。今年も春に祝言が行われて、相手のお名前は……確か“トヨタマ”だったと記憶しております。市や商家の関係者が招かれましたが、わたしも取引先の一人として参加致しました」
「それでは祝言に参加した者のリスト……名簿って作れるかな?」
俺は自分が焦ってることを自覚しつつも、続けて尋ねた。
「全員は無理ですが、見知った者だけなら記憶しております」
ウサギリは自信あり気に答えた。
(ひょっとしたら、思わぬところで突破口を見い出せたかも知れないな…)
傍らではマリアが率先して、名簿作りを始めていた。
俺はそんな光景を見詰めながら、どの様に進めれば最善の道に繋がるかを考えていた。
※これで全ての謎が解けた訳ですが、読者様には解けたでしょうか?
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