第25話 探偵役はかく語りき

 本日は午前中から“王族会議”を、一週間待たずに開催して貰った。


 昨日はどの様に会議を進めれば、より良い解決に繋がるのか?を慎重に考えた。

 またカラスには、情報の裏取りや必要な手配などを命じている。


(今回の事件を通じて、全ての筋の通った推理は整った。しかし平和裏に解決させることが出来るだろうか……)


 “王族の間”には、前回集まった面々が同様の席次で座り、扉付近にはカラスが控えていた。


 先ずはデヲシヒコが口を開いた。

「今回の“王族会議”は、ヲシリの発議である。ヲシリが申すには、前回にミノタロが申し出た婚儀の件も解決すると聞いておる。少し長くはなると思うが、シッカリと聞いた上で疑問に思ったことは、その都度質問をして良いとの事である。それでは始めよ」


 デヲシヒコは俺の方を見遣りながら、促すように言った。

 

 俺は大きく息を整えて、一度全員の顔を見渡した上で話を始めた。

「最初はこの宇志うし國が、山依やまゐ國連合の元で建国したことに始まります。宗主国である山依やまゐ國は、従属国に対して二つ以上の監視網を用意していました。その一つが“日の神”信仰を祀るやしろです。各国に配したやしろの間で情報を交換して、精度の高い情報が山依やまゐ國に上がる仕組みとなっていました。これは前回に暗躍した二人の社主やしろぬしの巫女により、明らかとなりました。そしてもう一つの監視網が、各国に設立した市を統括する巨大商家です。一般的には“ワニの一族”と呼ばれています」


 そこで下座からミノタロが強い反発をした。

「ヲシリ殿、確かに商家ワニは、手広く商売を行っています。も確かに、その賑わいを目の当たりにしております。しかし商売繁盛が我が国の利益になっても、罰せられることは在りますまい。ましては山依やまゐ國の諜報網に関与しているというのは暴論が過ぎますぞ!」


 ミノタロは立ち上がって、反論した。


 その言に対して、デヲシヒコは重々しく命じた。

「ミノタロよ。質問が有るなら発言を許す。それ以外は黙って聞くが良い。今はの言葉を、ヲシリが代弁していると心得よ」


 ミノタロの怒りが鎮まることは無かったが、その場は控えて腰を下ろした。


 俺は話を続けた。

「祖父のヒコ様も、当初は山依やまゐ國の罠とは思ってもいなかったようです。しかし何らかの事案から“日の神”信仰を祀るやしろの危険性に気が付いたようです。そこで“牛の神”を国の主神として祀るために、王家の神話体系を作り始めます。そして全ての下地が整ったところで、“日の神”信仰を祀るやしろを廃して、牛神信仰に改宗する手筈でした。そのための対外的な親書での取り交わしも行われております」


「これの事じゃな」

 デヲシヒコは親書を、その手に掲げて見せた。


 それを見て頷きながら、話を続けた。

「先日催された重陽の節句での薪能奉納にも、祖父のヒコ様の意向が強く表れています。しかしこうした動きを察知した山依やまゐ國は、強硬手段に打って出ます。皆がご存じかと思いますが、祖父のヒコ様の暗殺です。そして今回はに対しても、全く同じ手法で暗殺を企てました。そしてその犯人は、商家の生口から選ばれました。その商家こそ“ワニの一族”です」


「嘘だ!」

 再びミノタロは立ち上がって、抗議をしようとした。


 しかし背後のカラスから、静かに声が掛けられた。

「本当の事にてございます。ヲシリ様を暗殺しようとした犯人は死んでしまいましたが、同時に宮に送られてきた他の二人の侍従も、商家ワニの生口でした。この者達は目の前で、若王わかぎみ様に凶行に及んだところを取り押さえまして、今も牢に捕らえております。ミノタロ様がご不審ならば、いつでも問い正せるように手配が出来まする」


「うそだ……」

 ミノタロは、力なくその場に座り直した。


 俺も改めて息を整えると、静かに話の核心に迫り出した。

「今回の事件の発端は、やはり夏に起きた“あの日の出来事”に起因いたします。あの日の落雷で、は生死の境に居りました。その情報をいち早く、商家ワニへと伝えた者がいた筈です。それはベテランの元侍従ワザヲキだったか?ミノタロ兄様の専属侍従だったか?そして商家ワニの長シヲツチは、次代のきみがミノタロ兄様になると見越して、態々商家に呼び入れて、自らの妻にミノタロ兄様を誘惑するように仕掛けました」


(ここはミノタロがであると、念押しした方が良いポイントだ……)


「待ってくれ、ヲシリ殿。貴殿はトヨタマが……トヨタマまでが王家を……を欺いてたと申すのか?」


 ミノタロは精一杯、庇いたい気持ちを堪えているのだろう。

 やっとの思いで、震える唇から声を発していた。


 俺は静かに頷きながら、話を進めた。

「商家ワニの長シヲツチは、今年の五月にトヨタマとの婚姻を執り行って居ります。もちろん黙っていれば分らなかったはずの話なのですが、大きな商家故に、市の者や有力商家に対して、大々的に祝言に招いております。此処に在るのは、祝言に参加した出席者の一部となりますが、名簿を作成いたしました。その中の者達が、全て証人となるでしょう」


 俺は懐から取り出した名簿を、恭しくデヲシヒコに手渡した。


「商家ワニの長シヲツチの誤算は、が生死の縁から生き延びた事です。せっかくシヲツチが新妻を差し出してまで立てた計画です。は常に命を狙われる立場となりました。幸運にもマリアの介護の下、狭い部屋で生活を送っておりました。そうした状況での暗殺は、不可能に近かったに違いありません。手駒も限られています。丁度その頃に三人の侍従が追加で仕官しています。全員がくだんの元侍従ワザヲキの紹介でです。そして三人全員が、シヲツチの生口でした」


 自分で説明しながら、長い期間に亘って生死の境界線を歩んでいたことに、改めて思い至らさせられた。


「ようやくの体調も良くなり、私室が下賜されました。しかも暗殺の仕掛を残した、祖父ヒコ様の部屋です。場合によってはその部屋が下賜されたのも、偶然だけでは無かったかも知れません。そして転居したその日の内に、暗殺計画が実行されました。あの暗殺に使われた毒蛇は、この近くには生息していません。あの毒蛇は遥か南方より取り寄せない限り、入手も困難な代物です。つまり宮に出仕している元侍従のワザヲキには、入手すら不可能なんです。それを可能にさせることが出来る人物は、海運を生業としていて、南方にも手広く商いをしている商家“ワニの一族”、即ちシヲツチ以外には在り得ないのです」

 ここに至り、ミノタロも悪夢から目覚めたような表情になっていた。


「確かに……。ヲシリ殿が妹を庇って生死の境を彷徨っていると聞いて、も塞ぎ込んでおりました。そんな折に専属侍従から、気分転換に外出した方が良い。今は市が賑わっているから気分転換にはちょうど良いと、そそのかされて重かった腰を上げたのを覚えています。しかし市が賑わうのは、本来なら収穫の済んだ今頃の方が活気に満ちているはず。何で夏の終わりの頃の市を?とも思っておりました……」


 徐々に冷静に思考が回り始めたように、ミノタロは言葉を継いだ。

「それに幾ら大棚の商家とはいえ、初対面の王族を事前の連絡なしに迎え入れて、宴席を饗すなど考えれば、不審な点は幾らも出てくる。専属侍従もまるで手筈通りに……。まさか我(わ)に付いた専属侍従も?」


 背後のカラスが、静かに奏上した。

「ミノタロ様の専属侍従もまた、商家ワニとは縁深き人物でございました。商家ワニに疑惑の目が向かない内は、到底その繫がりには思いが至らなかったでしょう」


 俺は一連の流れを見て、デヲシヒコに奏上した。

「付け加えるなら商家ワニは、嘗ての賑わいを見せていたあの山門やまと國と山依やまゐ國とを繋ぐ、物流を一手に引き受けることによって成長してきました。謂わば御用商人です。これは山依やまゐ國にとって、諜報と収益の両面で支える役割を担っていると推察いたします。以上が今回起きた一連の事件の全容となります」


 デヲシヒコは深々と頷いてみせると、重々しく口を開いた。

「此度は商家ワニによる、王家への反逆罪、更には度重なる若王わかぎみ暗殺未遂罪、その他諸々の罪を鑑みれば、国家の逆賊と断ずる。よって兵を率いて、逆賊の拠点を全て制圧することとする。これは王命である!」


 俺は今回の会議で、不安に感じていた二つの点について考察を重ねていた。


 一つ目は、トヨタマの件である。

 果たして、彼女の本意はどうだったのだろうか?

 夫のシヲツチから美人局つつもたせとして、ミノタロを誘惑したのは間違いないだろう。

 それを以って罰せられるのは、仕方のないことである。


 しかし彼女の本心はどうだったのだろう。

 幼な妻を趣向とする商家の主を、本当に心から愛せたのだろうか?


 そしてかなり重要な点でもあるのだが、彼女が妊娠したと言ってることだ。

 これを掘り下げてしまうと、責はミノタロにも及んでしまう。

 そのため敢えて触れずにいた。


 もしも本当に妊娠していたとしても、毎日寝所を共にしているシヲツチの子である可能性が高いに違いない。

 しかし前回の会議での、ミノタロの母親ミナミの言葉が脳内に蘇える。

妊娠しできてしまう時は妊娠しできてしまうものです」


 一方で重陽の節句の折の、王家の雛壇に上がりたいと無理を言い通すあの振る舞いは、どう捉えるべきだったのだろうか。

 単にシヲツチの命のままに動いただけなのか?

 彼女の本心はどこに在るのだろうか?


 二つ目は、商家ワニの件である。

 状況証拠がこれだけ揃っているので、事件を主導していたのは間違いない。


 しかし状況証拠のみで、処罰に踏み切って良かったのだろうか?

 もっと明確に犯罪を立証する手立ては無かったのだろうか?


 今回は宇志うし國内だけとは言え、商家一つを逆賊として制圧するのだ。

 決定的な証拠とは、何を以って立証できるのだろうか?


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 尽きない“?”で脳内が飽和状態になる。


(俺ってつくづく、名探偵にはなれないな…)

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