第21話 二人の専属侍女と治癒魔術

 結局、その日は専属侍従の着任は間に合わなかったので、代わりに妹のマリアが身の回りの世話をしてくれた。


 カラスから専属侍従の出仕は、明朝からとなるとの報告を受けた。

 デヲシヒコの承認も受けねばならないのだから、最短の手配なのだろう。


 俺はマリアと一緒に、私室に戻っていた。

 部屋に戻ると、あの場での三つの選択肢について振り返っていた。


 一つ目の選択肢は、末弟の乳母めのとである。


 王家の御子に一番近くに仕える者となると、身元や出自に関しても十分に調査が行き届いているだろう。

 それと俺との接点が少なかった説明も、道理が通っている。

 しかし自らの母乳を与えて育てた末弟は、彼女にとって特別な存在なのだろう。

 ここまで宮に間者の手が入り込んでいると、いつ間者の甘言に唆されるか知れたものではない。

 それはミノタロとの早朝に起きた、鍛錬の場での出来事にも起因していた。

 再び、嫡子・庶子などのいさかいに、巻き込まれることだけは避けたかった。


 (ひょっとしたら今回の応募も、このまま侍女として働くか?宮を離れるか?との選択を間近に控えていたのが動機だったのかも知れないな)


 俺の専属侍女になることで、末弟の行く末を見守りたいという思惑があったのかも知れない。

 それは将来訪れるだろう“一大府いだいふ”への出仕の折には、逆に気の毒な思いをさせることになる。


 二つ目の選択肢はベテランの侍従の中から、侍従長カラスの推挙にて選任する方法である。


 記憶に関しては、事故の後遺症を理由にすれば、何とでも言い訳が聞く…そう“言い訳”だ。

 俺は未だに、この“言い訳”という言葉に対して、強い拒否感が募る。

 特に一番近くにいる人に嘘を付き続けることが、嘘の上に嘘を重ねていく過程が容易に想像が付いて、その先の信頼関係の破綻に繋がる事にも、危惧を覚えていた。


 そこで決めたのが、今回の選択肢だ。


 選んだ侍女ウサギリは、凶行に及ぶ侍従に対しても毅然としていた。

 俺からの問いに関しても、十分に満足のいくものだ。

 そして何よりも俺との接点がなかった理由が、裏方仕事に徹していたとのことであった。


 ウサギリは15歳で宮に出仕して三年、現在は18歳になるとカラスが教えてくれた。

 生真面目に働くのが長所で、その所為で裏方を任せてもサボらずに、常に仕事をやり遂げていたとの評価を受けている。

 つまり裏方に徹していたという言質にも、裏付けが取れたということである。

 しかし生真面目さが裏目に出て、便利使いされることが多かったそうである。

 そろそろ、忠実な働きが報われても良い頃合いだったとも付け加えていた。


(確かに風評に関しては文句の付けようが無いし、面接の受け答えも合格点なんだけど、何かが引っかかるんだよなぁ…)


 特段に否定要素も無かったので、妹のマリアにも意見を求めた。

「わたしはお兄様がお選びになったのなら、それで善いと思いますわ」


 意外と同性の第六感と言うのも馬鹿に出来ないと思っていたのだが、あっさりとマリアも賛成してくれた。


(まぁ10歳の同性に何を期待しろって話なんだが…)


 そうして出された結論であった。


 そうこうしていると、マリアが夕餉の食事をの用意してくれた。

 実は当然のことながら、マリアにも専属の侍女がいる。


 本当に表に出ることなく手助けが欲しい時だけ、以心伝心のように俺の前にも現れる。

 今回は食事の御膳を、マリアの分と二膳分を用意するのために手伝っていた。

 本当によくできた侍女さんだなぁっと、姿を見るたびに思う。

 実は今回も専属侍従と聞いて、直ぐにイメージしたのはマリアの侍女だ。


(ごめんね。ほんとうは専属侍従だったカラスさんよ…)


 そこでマリアの専属侍女さんにも、ウサギリの評判を聞いてみたいと思って、手が空くのを待っていたのだが、手際よく作業を終えると直ぐに退席してしまう。

 そして必要な折になる頃合いを見計らうように、再び現れてはテキパキと作業をこなしていく。


(いつも声を掛ける間がないんだよなぁ…って言うか、名前も未だ知らないんだっけ…)


 何となくパーソナルスペースには、ほとんど足を踏み入れない。

 別に俺が特段“コミュ障”って訳ではないと、ここで主張しておきたい。


 まぁ、そんな特殊能力をお持ちの方も居るってことなのだが、いつの間にか食べ終えた御膳は下げられて、主室に仲良く二つの夜具が並べて敷かれていた。


(まぁ、マリアと同衾って訳でもないから、問題ないのだが…)


 マリアとのお喋りタイムを満喫して、長かった一日を終えて就寝することにした。


 翌日、目が覚めるといつの間にか、身支度を済ませたマリアが俺の脇に座っていた。

「お兄様、おはようございます」


「あぁ、マリアもおはよう…って、大分早くから起きてたの?」


 俺が驚いてみせると、屈託のない笑顔で頷いて見せた。

 よく見ないでも、隣に敷かれていたはずのマリアの夜具も綺麗に片付いていた。


(きっと、あの専属侍女さんが手伝ったんだろうなぁ…)


 そんな事を考えていると、扉の外から噂の侍女さんから声が掛けられた。

「おはようございます。ヲシリ様も目を覚まされましたでしょうか?昨日、若王わかぎみ様の専属侍従の任を受けた者を連れて参りました」


 続くように戸口の外からは、別の女性の声が聞こえてきた。

「おはようございます。若王わかぎみ様」


「おはよう。入って貰って構わないよ」


 俺は枕もとの着替えを取ると、手短に身支度を整えた。

 ちょうど服を着替えたタイミングで、マリアの専属侍女がウサギリを伴って入室した。


(やっぱり優秀だよな…きっとマリアがいなかったら、自分は戸口で控えたままだったんだろうなぁ)


 俺は松葉杖を片手に夜具から離れて、部屋の文机に備えられた座に腰掛けて、改めて振り返った。

 気が付くと自然な動きで、マリアは程よく離れた脇に座り、マリアの専属侍女は俺が使ってた夜具をテキパキと片付けていた。

 肝心のウサギリは、幾分か緊張の様子を浮かべながら、戸口から直ぐの場所で姿勢を正して座っていた。


「このたび若王わかぎみヲシリ様の専属侍従と言う、重要なお役目を仰せつかいました、侍女の『烏狭霧うさぎり』と申します。何卒よろしくお願い申し上げます」


 その一挙手一投足は、俺よりも隣のマリアからや、夜具を片付けながらのアスハの視線の方が、厳しく見定めているように感じた。


「急な任命で最初は大変だと思うけど、これからよろしく頼むよ」

 俺はなるべく、気さくな雰囲気になる様に心掛けて声を掛けた。


「噫ああっ。勿体なきお言葉。若王わかぎみ様に、ご不便をお掛けしないように、誠心誠意お勤めする所存でございます」

 改めて平伏しながら奏上していた。


 その様子を傍らから見ていた、マリアの侍女は珍しく、俺の方に向き直って奏上した。

若王わかぎみ様。お許し願えますなら、この者が侍従として一人前になるまで、シッカリと指導させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 俺はマリアが頷いているのを確認すると、即座にお願いすることにした。


 一通りの挨拶も終えて、二人は一緒に退室していった。

 俺はさすがにこのまま知らないままじゃあ不味いと思い、マリアの専属侍従の名前を訊くことにした。


 するとマリアは呆れたように、俺の顔をまじまじと見つめて答えてくれた。

「お兄様の事ですから、とっくにご存じだと思ってましたわ。わたしの侍女は『アスハ』と言いますのよ」


 そして続けて、こんな風に揶揄われてしまった。

「わたしの専属侍女がここで指導するのでしたら、いっそこのまま暫らく、同棲生活も悪くないと思いませんか?」


 俺は噴き出してしまい、指導はマリアが来た時だけで良いよと、やんわりと断りを入れた。


 朝食を摂ったのちは、再び“りはーびり”に汗を流した。

 平行棒に頼りながらも、その歩みはなかなか五歩の壁を突破してくれない。


 そして休息時には密かに続けていた、の訓練の時間だ。


 縁側に腰掛けると、体全身を巡る血流まなをイメージしていく。

 現在動かせない部分や鍛えたい部位には、より強く治癒魔術の効果が行き渡るように唱える。


「ヒール…」


 繰り返し念押ししておくが、俺の精神や思考は三十路のオッサンである。

 それでは何故、こんな中二病的な訓練をメニューに入れているのか説明しておこう。

 まずは転生先がどこであれ、俺が異世界転生に分類されるような実体験を持っていることだ。


(俺が転生した時の発声…あの生死を彷徨った衰弱激しい子供が出した声量だって、未だに理屈が通らないよなぁ…)


 そして文献にあるような古来の武将が落雷に遭って、ここまで回復したという記録を自分では目にした事がない点である。

 現代の最先端医療なら可能かも知れないが、自然治癒の力のみで、この短時間で松葉杖を使いながらも、移動できるまでになっているのも事実である。


 それに東洋医学では、気功と云う経絡を通る気の循環で体調を整える健康法も生み出されている。

 長い年月の蓄積による民間療法も、科学的に解明されていないという理由だけで無意味なものと切り捨ててしまうのは、短絡的な思考に過ぎる。


 併せて、関連のあるものに“プラシーボ”効果というものもある。

 科学的な実証はともかく、臨床試験の上での効果は実証されている。

 病に効く薬だと信じて飲めば、只の小麦粉を固めた錠剤…偽薬であっても、回復の効果が認められるというものだ。


 そして何よりも実体験として、効果が表れているとも感じられるからだ。


 だから静かに再び唱える。

 俺が治癒魔術師として転生したと信じて…。


「ハイヒール!」


 まぁ、これで一気に完全回復に至るには、レベル不足なのだろう。


(モンスターを倒すとか、分かりやすい仕様なら良かったんだけど、現れるのは悪人とか暗殺者なんだよなぁ…)


 そんなインターバルを挟みつつ、再び平行棒へと向かう。

 俺は慎重に、一歩一歩を大切に練習を続けている。


 いつも通りに右足を前に踏み込んでみて、重心を探りながら足の裏で地面の感触を確かめる。

 そして二歩目、ソロソロと前に踏み出す左足は、多少は膝を使った動きに変わって前へ進める。

 しかし相変わらずに、満足いく動きとはかけ離れていることを実感する。


(くぅっ…動けぇーっ!)


 地面に降ろした左足の裏から、微かにだが大地を踏みしめる感覚が伝わって来た気がした。

 左の足の裏全体で、改めてひんやりとして柔らかな土の感触を確かめた。


(なんか…こう、新感覚だ!)


 そのまま右足を踏み出すと、過去最高のを達成した。


 しかし、四歩目で再び力なく踉めき、手擦り棒にしがみ付く。

 それでも、何かを掴み掛けている実感を得ていた。


(きっと治癒魔術の効果に違いない!)


 そして俺は背筋を伸ばして、更に先を見据えた。



 五歩目、七歩目を目指して。

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