第20話 専属侍従の選考

 ひと通り元侍従“ワザヲキ”の情報が出揃ったところで、向かいに座っていたマリアが、改めてデヲシヒコに奏上した。

「やはりお兄様のお身体がご不自由な内は、マリアがそば付きの任を引き継ぎますわ。特にお兄様が暗殺の標的になってると聞いた以上は、常に傍らでお世話する者が必要になります。あのお部屋の広さなら二人位、寝食を共にお世話できます。それにマリアでしたら、お兄様に対して不敬にも不義にも当たりませんから、一番の適任ですわ」


 下座に控えるカラスも、俺の方を向きながら奏上した。

「恐れながら先程申し上げました通り、これまでそれがしカラスめが専属侍従を務めて参りました。マリア様がそば付きになられました折に、侍従長の任に戻っておりましたが、此度の任命には何をおいても専属侍従の任に復するべきでございました」


 両者ともに、俺の身を案じて護衛の任に当たりたいと、デヲシヒコに訴えているのだ。


 デヲシヒコは改めて、俺の率直な希望を求めた。

 さすがに今回の件を受けると、綺麗ごとだけでは済まない現実が突き付けられている。

 俺は暫し、目を閉じて様々な想定を頭に浮かべてみた。


 そして静かに奏上した。

はやはり、何故に暗殺の標的とされたのか?この謎を解くことが先決のように考えます。その為には早急に、この宮に立ち入る者の身元や忠誠を十分に検分し直して、宮の安全な体制を再構築すべきであると考えます。そして…その任には侍従長のカラスが最も適していると考えます」


 そこまでデヲシヒコに奏上すると、カラスに向き直り申し付けた。

「この宮に外部の者の手が及んでいては、いつだけではなく父王ちちぎみに矛先が向くかもしれない。それを未然に防げるのはカラスしかいないと思う。この任を受けてはくれないか?」


 カラスは、改めて深々と平伏して言った。

きみも同じお考えでございますれば、身命を賭して必ずやその任を全うさせて頂きます」


 その言葉に、デヲシヒコも大きく頷いていた。


 更に、俺はマリアにも声を掛けた。

「マリアの申し出もすごく嬉しく思うよ。だけど今回は隠密の内に暗殺を謀ったために、幸運にも未然に防げたに過ぎないんだ。次の暗殺が実力行使で行われたら、もマリアも殺されてしまうだろう。だからマリアのそば付きって話も危険過ぎるんだ…」


 マリアは残念そうに俯いてしまった。


 デヲシヒコは俺の方を見遣ると、再度訊いてきた。

「それでは結局、ヲシリの専属侍従はいなくなってしまうぞ」


 俺は改めて、奏上した。

「それでは本日、手隙きの侍従を例の“謁見の間”に集めてください。直々に面接を行って、専属侍従を選任したいと存じます」


 早速、侍従長カラスが指揮を執り、手隙きの侍従達を集めて、若王わかぎみ様の専属侍従を選考する旨のお触れを伝達した。

 すると間もなく、三々五々と“謁見の間”に侍従達が集まって来た。


 俺は上座から一段下がったところに座する場所を定めて、隣には妹のマリアも介添えとして同席した。

 下座には応募する侍従達の席を整えた。


 どうやら務めている年月がそのまま序列となるように、前列から席次を決めているようだ。

 ざっと30名程の侍従が集まって来ていた。

 下座で差配していたカラスは、何やら渋い表情を作りながら準備が整ったことを伝えてくれた。


 俺は集まった侍従達を見渡して声を掛けた。

「皆の者、急遽呼び付けたにも関わらず、これだけの人数が集まってくれて嬉しく思う」


 侍従達一同を労った後に言葉を続けた。

「今回集まって貰ったのは、の専属侍従の選抜である。よって希望しない者は遠慮なく退室するように」


 侍従達一同を見渡したが、席を立つものは一人もいなかった。

「それでは引き続き質問をしていくので、該当する者は挙手にて応ずるように。先ずをよく知らない者は挙手してくれ」


 後方からパラパラと手が上がったが、挙手と言う風習がないのか?まちまちの方法で手を上げていた。

 手を上げている後方の者の面々に目を遣ると、手は上げていないものの、明らかにこの場にそぐわない立派な体格をした者が目に入った。


 俺はいま挙手している者と別格な体躯を誇る見知った男に、最前列に並ぶように申し付けた。


 最前列に座を移したのは、男性二名女性四名であった。


 その内一人の男性のことは、良く知っていた。

 早朝には毒蛇を薙ぎ倒し、かつて“やしろ攻略戦”では護衛を務めてくれた“オクウ”であった。


 俺は何故に、衛士えじの者がここに参集しているのかを聞いた。


 オクウは畏まって、奏上した。

「今朝の出来事で、それがしの任が宮の内にあると存じ、朝一番に衛士えじ長には転属の願いを出して参りました」


 俺は脇に控えるカラスを見遣ると、全く知らなかった様子で首を横に振っていた。


衛士えじと侍従じゃあ役割が違うのだから、剣術に秀でていたところで即戦力として専任に出来る訳が無いだろうに…)


 内心で大きく溜息を吐いていた。


 侍従長であるカラスのところにも、未だ転属願いが届いていなかったらしく、不満げな表情を浮かべていた。


 俺は一旦思考をリセットして、最前列に居並ぶ他の五名に目を移した。

 そして、改めて質問を続けた。

「まずは前列の五名に問う。一つは何故に侍従の任に就きながらの事を知らないのか?もう一つはよく知らないにも関わらず専属の侍従に志望するのか?以上二点の理由を端の者から順に申してみよ」


 向かって左から視線を送った。


(下手に記憶のない頃に親しくしていた者を近くに召して、不審がられるのも面倒だからな…)


 一人目の侍従は女性…侍女であった。

は、侍従に召し上げられて日が浅く、業務も見習い中ですので余り他人の顔と名前も一致しておりません。しかし侍女として参内した以上は、いずれは王族の方々に直接お仕えしたいと存じます」


 俺は侍従長に目を向けると、それに応えて頷いて見せた。


 二人目も侍女であった。

は、先日まで末子の御子の乳母めのととして、宮に参内致しておりました。主に御子様と共に部屋に控えておりましたので、若王わかぎみ様にお会いする機会が極端に少ないため、良く存じてはおりませんでした。今後も王家に、忠節を尽くし続けたいと存じております」


 今度はマリアの方に目を遣ると、やはり頷いて見せた。


 三人目は男性の侍従であった。

 途端にカラスから、殺気走った空気が流れてきた。


は…」


 視線が突然鋭くなったかと思うと懐手に何かを取り出し、まさにこちらに走り始めようとした矢先であった。

 端に控えていたオクウが真っ先に動き、手刀で男性侍従の握っていた得物を叩き落とすと、その場で取り押さえた。


 後方でも一名の者が扉の外に飛び出したが、警護の衛士えじに直ぐに取り押さえられた。


 侍従長のカラスは恭しく奏上した。

「この者と飛び出して行った者は、共に“ロイロト”と称していた侍従と同時期に、侍従の“ワザヲキ”に推挙されて召し出した者でございます」


 俺は静かに頷いて命じた。

「この両名については、しっかりと詮議するように」


 そして再び最前列の侍従を見遣ると、一番目と四番目の侍女が座りながら腰を抜かしていた。


(まぁ、無理もないな…)


 俺は両名に手を貸して退室させるようにと、前列のベテラン侍従達に指示を出した。


 そして最後の…五人目に座っている侍女にも同じように尋ねた。

は宮に仕えて三年になりますが、世代の狭間で裏方仕事が多く、直接王家の方々にお仕えする機会はございませんでした。も侍従として参内した以上は、陰日向関係なく宮に忠節を尽くしたいと存じます」


 俺は再度重ねて尋ねた。

「いま凶行に及ぼうとした侍従を目の前にして、何ぞ思うことは無いか?」


 五人目の侍女は、平伏して答えた。

「状況が分からず、身を賭して若王わかぎみ様をお守り出来なかったことに恥じ入るばかりです。それでも専属の任を与えられましたら、その時こそは身命を賭す覚悟でございます」


(うーん。模範解答を聞いてるみたいだな…)


 俺は最後に名前を訊いておくことにした。

の名は『ウサギリ』と申します」


 俺はオクウを残して、集まった侍従に散会するように命じた。


 全員が“謁見の間”を後にすると、残った者たちは“控えの間”に席を移した。

 まずはオクウが、何故侍従として今回の面接に参加したのか?経緯を確認した。

 戸口まで入ると、仰々しく平伏した。

若王わかぎみ様、今朝の一件でそれがしは宮の外からのみを警護する衛士えじの役割に疑問を覚えました。侍従にも剣の鍛錬を積んだ者が必要と思い、今朝方に転属願いを提出して受理されました。そんな折にちょうど若王わかぎみ様の専属侍従を募集する旨の参集の命が下ったので、罷り越した次第でございます」


 畏まった口調の奏上は、護衛の折とは雰囲気がかなり違って聞こえた。


 俺はカラスが、どこまで知ってるのか?と思い目線を移した。

 カラスは俺に説明するように、オクウの言葉を継いだ。

「これはそれがしの拙息で『奥烏おくう』と申します。今朝まで衛士えじとして宮に務めておりましたが、それがしにも無断で転属を願い出たようでございます」


 そしてオクウに向き直り、改めて嗜める様に言った。

「オクウよ、良く聞きなさい。衛士えじを以って宮に仕える。本来は宮での帯剣は王族以外は許されておらん。それ故に侍従は忠誠のを以ってお仕えするのだ。お前はまだ侍従の仕事を何一つとして学んでおらん内に、若王わかぎみ様の侍従としてお役に立てる訳なかろう」


 さすがに親子以前に、侍従長と新任侍従の関係では、返す言葉もないようで無言で俯いたままであった。


(確かに侍従としての経験だけなら、一人目の侍女と何ら変わらないもんなぁ…)


 しかし意外なところから、助け船が出てきた…マリアからである。

「しかしオクウが居なければ、先程のような不届きなものに対しては無力ですわ。それにお兄様に対する、暗殺の手が及んでいるのは明確な事実です。それに王族の侍従なら、一人に拘るべきでは無いと思います」


 その言葉にオクウは俯いていた顔を上げると、こちらを決意を秘めた真直ぐな瞳で見詰めていた。


 俺はマリアの発言に頷いて見せると、オクウに向き直って改めて挨拶をした。

「久しぶり…っと言っても、今朝以来かな?オクウのことはよく覚えてるよ。俺の身体は未だ十分に動かせないままなんだ。いろいろ面倒を掛けると思うけど、よろしく頼めるかな?」


 本当は何で転属までして?とか、何故カラスさんに相談なしに?とか、訊きたい事は山ほどあったのだ。

 しかし、改めて向かい合ってみて、オクウの真っ直ぐな姿勢と敬意にあふれた瞳を見てしまうと、拙速な判断をする事が何故か憚られた。

 その光景を見て侍従長のカラスも折れてくれた様で、オクウとは日常のスケジュールや約束事を取り決めると、一旦自室に下がらせた。


 今後オクウには、専属侍従の見習いとして任命して、例の“呼び鈴の紐”が伸びた先に繋がる隣室に詰めて貰うことに決まった。


 あとは本来の専属侍従を決めるだけだ。

 そしてオクウは、今回選んだ専属侍従の元で見習いとして侍従の仕事を覚えていく事となるだろう。


 五人の知己の無い侍従の内、三人目は暗殺者だった…。

 そして一人目と四人目は、経験不足でオクウの教育は難しい。

 残るのは、二人目の末弟の乳母めのとと五人目の裏方に徹していた侍女。

 この二人以外となると、ベテラン組からの推挙を求めることになる。

 しかも選定は、今直ぐにでも行わなければならない。


 俺は暫らく考えた挙句に結論を出して二人に意見を求めたが、特に反対の意見は無かった。

 そこで侍従長カラスに、専属侍従任命の手続きやオクウ配属に関する手配を命じて、自室に戻る事とした。



(果たして、俺の決断は吉と出るか?凶と出るか?)

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