第20話 専属侍従の選考
ひと通り元侍従“ワザヲキ”の情報が出揃ったところで、向かいに座っていたマリアが、改めてデヲシヒコに奏上した。
「やはりお兄様のお身体がご不自由な内は、マリアが
下座に控えるカラスも、俺の方を向きながら奏上した。
「恐れながら先程申し上げました通り、これまで
両者ともに、俺の身を案じて護衛の任に当たりたいと、デヲシヒコに訴えているのだ。
デヲシヒコは改めて、俺の率直な希望を求めた。
さすがに今回の件を受けると、綺麗ごとだけでは済まない現実が突き付けられている。
俺は暫し、目を閉じて様々な想定を頭に浮かべてみた。
そして静かに奏上した。
「
そこまでデヲシヒコに奏上すると、カラスに向き直り申し付けた。
「この宮に外部の者の手が及んでいては、いつ
カラスは、改めて深々と平伏して言った。
「
その言葉に、デヲシヒコも大きく頷いていた。
更に、俺はマリアにも声を掛けた。
「マリアの申し出もすごく嬉しく思うよ。だけど今回は隠密の内に暗殺を謀ったために、幸運にも未然に防げたに過ぎないんだ。次の暗殺が実力行使で行われたら、
マリアは残念そうに俯いてしまった。
デヲシヒコは俺の方を見遣ると、再度訊いてきた。
「それでは結局、ヲシリの専属侍従はいなくなってしまうぞ」
俺は改めて、奏上した。
「それでは本日、手隙きの侍従を例の“謁見の間”に集めてください。直々に面接を行って、専属侍従を選任したいと存じます」
早速、侍従長カラスが指揮を執り、手隙きの侍従達を集めて、
すると間もなく、三々五々と“謁見の間”に侍従達が集まって来た。
俺は上座から一段下がったところに座する場所を定めて、隣には妹のマリアも介添えとして同席した。
下座には応募する侍従達の席を整えた。
どうやら務めている年月がそのまま序列となるように、前列から席次を決めているようだ。
ざっと30名程の侍従が集まって来ていた。
下座で差配していたカラスは、何やら渋い表情を作りながら準備が整ったことを伝えてくれた。
俺は集まった侍従達を見渡して声を掛けた。
「皆の者、急遽呼び付けたにも関わらず、これだけの人数が集まってくれて嬉しく思う」
侍従達一同を労った後に言葉を続けた。
「今回集まって貰ったのは、
侍従達一同を見渡したが、席を立つものは一人もいなかった。
「それでは引き続き質問をしていくので、該当する者は挙手にて応ずるように。先ず
後方からパラパラと手が上がったが、挙手と言う風習がないのか?まちまちの方法で手を上げていた。
手を上げている後方の者の面々に目を遣ると、手は上げていないものの、明らかにこの場にそぐわない立派な体格をした者が目に入った。
俺はいま挙手している者と別格な体躯を誇る見知った男に、最前列に並ぶように申し付けた。
最前列に座を移したのは、男性二名女性四名であった。
その内一人の男性のことは、良く知っていた。
早朝には毒蛇を薙ぎ倒し、かつて“
俺は何故に、
オクウは畏まって、奏上した。
「今朝の出来事で、
俺は脇に控えるカラスを見遣ると、全く知らなかった様子で首を横に振っていた。
(
内心で大きく溜息を吐いていた。
侍従長であるカラスのところにも、未だ転属願いが届いていなかったらしく、不満げな表情を浮かべていた。
俺は一旦思考をリセットして、最前列に居並ぶ他の五名に目を移した。
そして、改めて質問を続けた。
「まずは前列の五名に問う。一つは何故に侍従の任に就きながら
向かって左から視線を送った。
(下手に記憶のない頃に親しくしていた者を近くに召して、不審がられるのも面倒だからな…)
一人目の侍従は女性…侍女であった。
「
俺は侍従長に目を向けると、それに応えて頷いて見せた。
二人目も侍女であった。
「
今度はマリアの方に目を遣ると、やはり頷いて見せた。
三人目は男性の侍従であった。
途端にカラスから、殺気走った空気が流れてきた。
「
視線が突然鋭くなったかと思うと懐手に何かを取り出し、まさにこちらに走り始めようとした矢先であった。
端に控えていたオクウが真っ先に動き、手刀で男性侍従の握っていた得物を叩き落とすと、その場で取り押さえた。
後方でも一名の者が扉の外に飛び出したが、警護の
侍従長のカラスは恭しく奏上した。
「この者と飛び出して行った者は、共に“ロイロト”と称していた侍従と同時期に、元侍従の“ワザヲキ”に推挙されて召し出した者でございます」
俺は静かに頷いて命じた。
「この両名については、しっかりと詮議するように」
そして再び最前列の侍従を見遣ると、一番目と四番目の侍女が座りながら腰を抜かしていた。
(まぁ、無理もないな…)
俺は両名に手を貸して退室させるようにと、前列のベテラン侍従達に指示を出した。
そして最後の…五人目に座っている侍女にも同じように尋ねた。
「
俺は再度重ねて尋ねた。
「いま凶行に及ぼうとした侍従を目の前にして、何ぞ思うことは無いか?」
五人目の侍女は、平伏して答えた。
「状況が分からず、身を賭して
(うーん。模範解答を聞いてるみたいだな…)
俺は最後に名前を訊いておくことにした。
「
俺はオクウを残して、集まった侍従に散会するように命じた。
全員が“謁見の間”を後にすると、残った者たちは“控えの間”に席を移した。
まずはオクウが、何故侍従として今回の面接に参加したのか?経緯を確認した。
戸口まで入ると、仰々しく平伏した。
「
畏まった口調の奏上は、護衛の折とは雰囲気がかなり違って聞こえた。
俺はカラスが、どこまで知ってるのか?と思い目線を移した。
カラスは俺に説明するように、オクウの言葉を継いだ。
「これは
そしてオクウに向き直り、改めて嗜める様に言った。
「オクウよ、良く聞きなさい。
さすがに親子以前に、侍従長と新任侍従の関係では、返す言葉もないようで無言で俯いたままであった。
(確かに侍従としての経験だけなら、一人目の侍女と何ら変わらないもんなぁ…)
しかし意外なところから、助け船が出てきた…マリアからである。
「しかしオクウが居なければ、先程のような不届きなものに対しては無力ですわ。それにお兄様に対する、暗殺の手が及んでいるのは明確な事実です。それに王族の侍従なら、一人に拘るべきでは無いと思います」
その言葉にオクウは俯いていた顔を上げると、こちらを決意を秘めた真直ぐな瞳で見詰めていた。
俺はマリアの発言に頷いて見せると、オクウに向き直って改めて挨拶をした。
「久しぶり…っと言っても、今朝以来かな?オクウのことはよく覚えてるよ。俺の身体は未だ十分に動かせないままなんだ。いろいろ面倒を掛けると思うけど、よろしく頼めるかな?」
本当は何で転属までして?とか、何故カラスさんに相談なしに?とか、訊きたい事は山ほどあったのだ。
しかし、改めて向かい合ってみて、オクウの真っ直ぐな姿勢と敬意にあふれた瞳を見てしまうと、拙速な判断をする事が何故か憚られた。
その光景を見て侍従長のカラスも折れてくれた様で、オクウとは日常のスケジュールや約束事を取り決めると、一旦自室に下がらせた。
今後オクウには、専属侍従の見習いとして任命して、例の“呼び鈴の紐”が伸びた先に繋がる隣室に詰めて貰うことに決まった。
あとは本来の専属侍従を決めるだけだ。
そしてオクウは、今回選んだ専属侍従の元で見習いとして侍従の仕事を覚えていく事となるだろう。
五人の知己の無い侍従の内、三人目は暗殺者だった…。
そして一人目と四人目は、経験不足でオクウの教育は難しい。
残るのは、二人目の末弟の
この二人以外となると、ベテラン組からの推挙を求めることになる。
しかも選定は、今直ぐにでも行わなければならない。
俺は暫らく考えた挙句に結論を出して二人に意見を求めたが、特に反対の意見は無かった。
そこで侍従長カラスに、専属侍従任命の手続きやオクウ配属に関する手配を命じて、自室に戻る事とした。
(果たして、俺の決断は吉と出るか?凶と出るか?)
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