第9話 葬送曲と狂騒曲
こうして、第二の策も無事に果たすことが出来た。
(もう言い訳できないな。これは現代知識チートそのものだ。それが冤罪を晴らす手段だったとしても…)
そんな不本意な思いを振り払い、下座の二人に問い正した。
「これでも、悪神に取り憑かれたとの疑いを掛ける気ですか?」
取り乱していた二人だったが、真っ先に口を開いたのは
「わたしは、この女の
(さすがに悪い者ほど、逃げを打つのが速いものだな……)
俺は呆れ気味に、今回の主犯格のサグメに対して、冷ややかな視線を向けていた。
しかし、もう一人の
「神に信を問うには、く……
(はぁ……。この
俺が呆れながら、そんな風に考えていると、斜め上の発言が飛び出した。
「このうえは
(????????)
逆に
当然ながら本来は、罪人が自白しない時に煮え立った熱湯に怯えて罪を自供させるもので、実際に手を入れさせるのは
今の流れでは、目の前の二人こそ、悪事を自供させる対象である。
(やはり二人とも、真っ黒に手を染めているんだな……)
俺は心の底から失望していた。
「そこの
デヲシヒコが正論で、老
ところが、老
「此処に侍る二人は長年、神に仕える巫女でございます。神の御意思に逆らうはずが御座いません」
(明らかに正気を失っている。先程、巫女の地位を詐称したことが露見したばかりなのに…)
俺は心の底から嫌なものを見せ付けられてしまったことが、残念でならなかった。
それに一国の王の目の前でする振る舞いとして、既に一線を越えてしまっている。
不敬罪でも十分に死罪を問える状況を、自らで作り出していることにすら気が付けていない。
(少しでも救いがあるなら、助けられたかも知れないのに……)
俺は諦念の感に襲われているのを、肌身に感じていた。
「そこまで言われるのでは、仕方ありません。
俺がそう言うと、三者三様の反応を見せていた。
下座の二人の
向かいの席に着座している
上座の
俺は
(マリアには、これから起きるだろう光景なんか見せたくないからな)
マリアは俺のことを心配して、最後までここに残ると頑張っていた。
しかしデヲシヒコの命令を受けると、悲し気に俯いて侍従長のカラスと共に退出していった。
暫らくすると、侍従達数人がかりで大振りな青銅の祭事器を運び込んだ。
「それではこれより、
俺がそう宣言すると、一同の視線が一点に集まっているのが分かる。
侍従長のカラスに支えられながら、祭事器の前まで進み出た。
侍従が二人掛りで蓋を取り外すと、中からグツグツと熱湯が煮立つ音が聞こえてきた。
(茶番だな……)
俺は左の袖を捲り上げ、左手を祭事器の中へと手を入れて見せた。
(熱っ!)
沸騰している熱湯に手を入れて見せると、一拍置いて手を引き出して濡れた手は急ぎ拭った。
「神の加護をご照覧あれ!」
芝居がかった言い回しで、皆が見えるように左手を掲げて見せた。
赤くなった左手は、それでも
下座に控える二人の
パチパチパチパチパチパチパチパチ…。
すると向かい合わせに座っていた
「さすが
軽やかに一仕切り褒め称えると、視線を下座に控える二人の巫女に視線を移し、非情な死の宣告を行った。
「
「この者達への
すっとその場を立ち上がると、
「ウシ國が直接処罰しては、
それだけ伝えると、改めてデヲシヒコに
俺は下座に控える二人の
二人は異常なくらいに体を硬直させ、小刻みにガクガクと……まるで壊れたブリキの
やがて再び
「それでは最初に
先程までとはうって変わったように、さすが高位の巫女の威厳を伴って厳しい口調で命じた。
名前を呼びつけられた老
侍従達が再び蓋を外すと、先程とは明らかに違う沸騰音が漏れ聞こえてきた。
(これって……)
俺は静かに目を閉じた。
俺はあの祭事器に仕掛けが有るのを知っていた。
巧妙に仕掛けられた二重底の空間は蓋を開ける際に、下に押し下げられ減圧状態になる。
これによって、沸点は下がり約60℃程度での熱湯が生まれる。
それでも十分に熱い温度であるし、ゆっくりし過ぎれば当然に
程よい加減を探るだけでも、丸一日掛かってしまった。
肝心なこの青銅の祭事器をどうして入手出来たかは、別の機会に触れることになる。
最後の
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
恐ろしい断末魔を残して、バタン!と大きな音が聞こえたところで、俺は目を開いた。
そこには既に事切れた、老巫女イヅノメの骸が横たわっていた。
その投げ出された腕は、骨まで見えるほどに肉が焼け爛れており、先程まで蒼白だった顔は土気色に固まっていた。
それを見据えながら、
「神の御心に背きし巫女は、その罪深さ故に天に召された。次は…」
「きいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
下座に控えていた
(まるでオカルト映画のワンシーンが、スローモーションで流れているみたいだ……)
開き切った扉の向こうには、
真直ぐに駆け抜けていく姿が、遠く遠く小さくなっていくまで、いつまでも俺の目に映っていた。
「
デヲシヒコは大声量で、周囲の者達に命じた。
侍従を始め、屋敷の周囲を警護していた
外に控えていた侍女の巫女達は全て捕縛されていたが、
(まぁ、もはや逃げ込める場所なんて無いだろうが……)
それでも俺はここまでしてきた一連の証明に、悔恨の念を以って何度も何度も回想するのであった。
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