第3話 ウシ國の王
「ヲシリよ!まこと無事であるか!!」
(九死に一生を得た!)
正直、人生最大のピンチを乗り越えたような心からの安堵感に、明らかにホッと気が緩んだのは間違いない。
大音響とともに視界に入ってきたのは、想像に違わない
厚手の上質なシルクに豪奢な文様をあしらったマントを羽織った偉丈夫が、俺の視界に入り込んできた。
それにしても…「お・お
口に出してしまってから、俺はしまった!と思ったが、その迫力につい声が漏れ出していた。
ここまでの緊張感から、凡そかけ離れた『お・し・り』という単語に、
(取り返しのつかない、軽率な発言をしてしまったかもしれない)
冷や汗が全身から噴き出してるかのような、焦燥感に襲われた。
(なんで考えなしに、声を出してしまったんだぁ!)
一難去ってまた一難、まだまだ危機が去った訳ではなかったのだ。
いやここは素直に認めよう。
自らの自爆で、新たな危機的状況を招いてしまった。
その危機感の源泉が、眼前の
何しろ男の体格はもちろんのこと、その風貌があまりにも現実離れしていたからだ。
屈み込んで、俺の視界に入ってきた
しかも海外で見るような単色ではなく、
頭上には長い髪を、巻き込むように束ねられていて、
更には胸にまで届こうか?という程の立派な顎髭が、横たわった俺の身体に乗っかっている。
(こういう立派な髭って、
まさに
(この人のほうが、よほど勇者に見えるじゃないか!)
男は低音に響く、野太い声音で、俺に対してこう言った。
「そうだ。
そして続く言葉には、優しくも温かみを感じさせる声音を
「そしてヌシは
そして今度は振り返って、先程の妖しげな巫女に向かって言い放った。
「聞こえたな、ヤマト國の巫女よ。何故そなたがこの場におるのじゃ?
ヤマト國の巫女と呼ばれた女は、他の巫女達を
「
そして
「
ヤマト國の宗女を名乗るサグメは、冷ややかな目線で俺の方を見遣りながら、そう言葉を続けた。
「
ウシ國の
「噫ああぁ」
ヤマト國の宗女サグメは、再び平伏した。
「
ウシ國の
「
「噫ああぁ」
ヤマト國の宗女サグメは平伏したまま、膝を擦りながら退室していく。
取り巻き数名の巫女達も同様に、静々とそれに続く。
そして最後の巫女が静かに扉が閉めると、外から声が掛けられた。
「ヤマト國の宗女を軽んじ召さるな、いづれこの國は
一拍置くと声音が改めて、妖艶に変わり言葉を続けた。
「
フッと扉の外の気配が消えた。
ひとしきりの静寂が屋敷におとずれた。
「ヲシリよ、障りないか」
ウシ國の
「お・俺は…」
ここまでの怒涛の急展開に、さすがに続く言葉が見つからなかった。
(この人にだけは真実を伝えたい…)
ただそんなその思いが、心の奥底から込み上げてくるのを感じていた。
きっと転生前の自身の父親だからだろうか。
しかし真実を告げることに、限界があることも自覚していた。
(俺は別の世界から転生してきた、ただのオッサンです)
そんな事実は、
それでも俺は、受け入れられる範囲で、事実を伝えようと決心した。
(そのうえで殺される羽目になったとしても、この人が決めた運命ならそれに従おう)
覚悟さえ決まれば、言葉は自然と
「ち・父上…いえ、ウシ國の王様でしょうか。俺はたぶん…あなたの息子ではありません。俺には、オ・ヲシリ?様の記憶が全くございません。今の俺には、こことは異なる世界で生きてきた記憶しかありません」
俺は一息にそこまで告げた。
そして、先程の巫女との会話を思い出し、続けて事実を
「もちろん、雷神様なんて、特別な存在でもありません。それに今は身体…からだも
限界だった、もっともっと伝えるべきことがあるはずなのに、言葉が続かなくなった。
なぜか、いい歳をして涙が
きっと、この幼い身体に精神が引っ張られているのだと思った。
(俺はこんなにも、心の弱い人間だったのか?この動かない体が恨めしい。そんな事情を言い訳にして、なんの対処も出来ないことが何よりも、ほんとうに情けない…)
ウシ國の王はただただ、黙って俺の言葉を聞きながら、その様子を見守っている。
俺が言葉を途切れさせると、広間はあっという間に静寂に包まれてしまう。
「ふはははははははは!」
突然、静寂が打ち破られたかと思うと、目の前のウシ國の王は、豪快に笑い飛ばしていた。
気が付けば、俺は放心状態で、キョトンとしていた。
「姿形が瓜二つと云えど、ヌシが
ウシ國の王はその立派な顎鬚を一撫でしながら、思案気に言葉を継いだ。
「
ウシ國の王は、何でもないことのように振舞ってくれた。
「
ウシ國の王は正面から、俺との眼を合わせてこう言った。
「ヌシさえちかごろなれば、今往くすゑなるも『ヲシリ』としての浮き世を全く、せなむや?」
耳から聞こえてくると声音と同時に、今の音がこのように脳内では聞こえてくる。
「お前さえ良ければ、今後も『ヲシリ』としての人生を、全うしてはくれないだろうか?」
(ん?なんだろう?なんだか自然と脳内の言葉のほうが強く伝わってくるようだ…)
さっきまでは耳で聞こえてくる声と、脳内で聞こえてくる言葉がダブって聞こえていた気がする。
心からの言葉だからこそ、ハッキリと区別して伝わってくるのかも知れない。
「はい、はい、はい…ありがとうございます」
動かない体で、それでも
「それではヲシリよ、今後は
父王は満足そうに、それでも少し安堵したような表情を残しながら、視界から外れていった。
入ってきた時とは違い、静かにその重厚なマントが床を擦る音と重厚な足音がゆっくりと離れていく。
ふっと歩みを止めると振り返りながら、改めて声を掛けてきた。
「ヲシリよ、暫らくはしっかり養生するよう。急ぎ安心できる者を
そう言い残してウシ國の王、いや
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ヲシリが征く そうじ職人 @souji-syokunin
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