第2話 異世界転生?異世界召喚?

ふっと意識が覚醒した。

長く眠っていた後のような、茫洋ぼうようとした意識のままに静かに目を開いた。


「見知らぬ天井だ」

一度は口してみたいセリフを、掠れた喉の奥でぼそりと呟いた声は、1オクターブは高く聞こえた。


意識が少しづつ判然とし始めてくるとともに、その五感に飛び込んでくる情報が全く理解できなかった。

白くもやがかかった向こうに見えたのは、“見知らぬ天井”どころか、一種異様な光景だった。


想像以上に高い天井の手前には、“飾りのついた小さな茅葺かやぶき屋根”が天蓋のように掲げられていた。

(いや、見覚えが全くない訳ではないかな?)

強いて言えば、大相撲の土俵上の吊屋根とか?建築現場の地鎮祭とか?そんな違和感しかない場所に寝かされていた。


ちょっと期待していたような貴族屋敷の天蓋付きのベットとは、大きく趣きが異なるため、多少のガッカリ感は否めない。


周りに漂うもやは何らかの薬草を焚き占めた煙のようで、独特な薬膳の香りが鼻をついた。

そして、ヲワン、ヲワン、ヲワン…と耳に響く、読経どきょうのような数名の女性の詠唱が近くから聞こえてくる中、その奥からは一体何人の人数が?っと思わずにはいられないような、女性達の泣き声が室内を覆い尽くす様に聞こえた。


(????????)


「どういう状況?」

掠れた小声は虚しく、周りの詠唱に搔き消されてしまう。


何とか周囲を確認したいが、首一つ動かせない。

眼のふちには、辛うじて頭上のミニチュアの茅葺かやぶき屋根を支える朱塗りの支柱が目に入る。


そうしているうちに、徐々に意識もはっきりしてきた。

(そうだ!ここは今まで生きてきた世界じゃあない!)

少なくとも病院でも、葬儀場でもないのは間違いない。

それにこんな不思議な風習が、この情報化社会に確認されてないはずがない。


周囲の状況はあくまでも、断片的な情報だけだ。

しかし俺が知っている、現代日本社会ではないことだけは確かな気がする。


(この状況はまるで、何かの儀式のようではないか!)

俺だって、異世界召喚や異世界転生もののラノベも、たくさん読んでいる。


この状況は、異世界召喚の儀式に違いない。

若干、和の文化に近い気もするが、何も異世界が西洋風中世様式ばかりとは限らない。

なんらかの厄災に対する“勇者召喚”の儀式なのではないだろうか。


(うん!年甲斐もなく、血が沸き立つ)

俺の中に、何かしらの運命に導かれた使命感を感じる。


(きっと魔法か何かの神秘的な力で、自らの動かせない体を癒せるに違いない)

なんの根拠もない中で、自信たっぷりに思いの丈を吐き出してみた。


「ヒール!…ヒール!…えいっ、ハイヒール!!」

治れって想いをありったけ込めて、喉の奥から絞り出すように一際大きな声を張り上げた。


次の瞬間、今までの騒々しかった詠唱や泣声が一斉に止んだ。

シーンと静まり返る周囲…その一拍の後、状況は急転した。


キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、サワサワサワサワサワサワ…。

周囲から絹擦れの音が聞こえ、静かにささやく声が室内に広がっていくのを感じる。

同時に室内にいた大勢の人達が、慌てて動き出して行く様子は、横になったままでも手に取るように分かった。


今まで泣き声を上げてた一団は、蜘蛛くもの子を散らすように退室していく。

その足音で、室内の広さも大体想像ができた。


やがて周囲には再び、不気味な静寂に包まれていく。

余りのギャップに、思わず小声で呟いていた。

「オ・俺…、大丈夫だよね…」


天井の高さから、そこそこの広さがあると思っていたが、さすがに神殿や王宮のような広さではなさそうだ。

詠唱を唱えていた数名の女性達は、テキパキと何かを片付けていく。

(儀式に使っていた道具のたぐいとかだろうか?)


窓らしきものも開け放たれ、薬膳のキツい香りの煙も、徐々に換気されていく。

差し込む日差しとともに、煙がはれていくに従い、視界に入る色彩や詳細も徐々にハッキリと映ってくる。


そうしているうちに、一人の女性が這い寄ってきた。

眼のふちでその姿を見つめていると、その女性が目を見張りながら、俺の顔を覗き込んで来るのが分かる。

その人物は白装束に冠を被った妙齢の…まさに巫女さんそのものだった。


俺が黙って観察しているのを察してか、巫女衣装の女性はおもむろに口を開いた。

「畏み畏み申す。御身おんみ若王わかぎみなりや?火雷神ほのいかづちのかみ現身うつしみなりや?」


(異世界でも辛うじて言葉が通じる!)

そんな歓喜の考えがよぎったのは、あくまで一瞬だけのこと。


その言葉の仰々し過ぎる内容とは裏腹に、妙に艶めかしく聞こえる声色には、内に秘められた思惑が透けて見えてくるようだ。

目の前の妙齢の巫女さんから漂ってくる、そんな危険な香りが俺の肌をひり付かせる。


俺は何と答えたものか?と考えた挙句、ふっと改めて今の一言に気を留めた。


(若君?)

改めてあまり動かせない身体を探ってみて、改めて驚いた。


(色々となんか、小さくありません?)

俺の身体はまさに、子供の体格だった。

先程、絞り出した声がいやにかん高かったのは、まだ声変わり前だからに違いない。


(性別?)

そんなの真っ先に確認した。

まぁ…男の子だった。


いや今、考えるのはそこじゃない。

目の前の怪しげな巫女さん?は明らかに、こちらの答えを待ち構えている。


(この回答だけは間違える訳にはいかない!)

本能が激しく頭の中で、警鐘けいしょうを鳴らし続けている。


もしもここで、ほの?いかづちの神様です!なんて大噓ついたら、化けの皮が剝がれた時の反動が怖い。

そもそも神様をかたったら、死亡フラグまっしぐらでしょ。

この儀式は雷神らいじん様とやらの召還儀式だったのだろうか?


それでは、若君です!と答えてみたらどうだろうか?

確かに、この巫女さん?の畏まった所作しょさから、俺はある程度の身分の人物に転生したのかも知れない。

だが、何一つ“若君様”とやらの記憶がない。


どちらを選んでも、直ぐに噓がばれてしまうのは目に見えている。

それでは、正直に「分からない」と答えてみてはどうだろうか?…っと言うか、寧ろその選択肢を是非選ばせて欲しい。


だが眼前の巫女さん?からは、ある意味、狂信者にも似た目を向けられている。

正直、ここまで瞳孔が開ききった眼が、至近距離まで迫っている状況など、体験したことがある人がいるなら、是非とも対処法をお教え願いたい。


質問にあった、二択以外の回答などは一切、認めそうもない勢いだ。

明らかに雷神らいじん様の召還儀式を行っていた、と考えるのが自然な流れではある。


しかし、そんな回答をする気も無ければ、リスクしか見い出せない選択肢を取るのは絶対にお断りだ。


さらに言えば、未だに自分の身体なのに、何一つ動かせない。

縄で縛られてるわけでも、手枷をはめられている訳でもないにも関わらずだ。

こんな状態では、いざ逃げ出そうと思っても、それは無理というものだ。


(ひょっとして、一服盛られているのだろうか?)

あまりやりたくはないが、質問に質問で答えるというのはどうだろう?

今の置かれている状況が、あまりにも不明瞭だ。


ろくに体一つ動かせない状況で、頭だけが高速回転で動かしていたが、突然辺り一面の空気が変わった。


ドダン!!

重々しい足音とともに、重厚な扉が開け放たれた。


「ヲシリよ!まこと無事であるか!!」

唐突に地鳴りのように轟く大声量が、広間一面に響き渡った。


俺の顔を覗き込んでいた巫女さん?は身を翻すように視界から消え去った。

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