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ころこね

第1話

あの子らが言った。

「あいつは、何も言わないから何でもしていい」

と。

私はすぐに、

『いいわけない!』

と反対しようとしたけどパクパクと口を動かすだけで声が出なかった。

(嫌われたくない)

その気持が強かったからだ。

もしあのとき私がちゃんと「いいわけない!」と言えていたら。

未来は変わっていたかもしれない。

――

「彩花、ばいばい」

「ばいばい、美久」

友達を校門まで見送り、図書室に行く。

戸を引き、中に入る。

いつも通り、野球部たちが先生に絡んでいる。

私は邪魔をしないように、手を伸ばし本を返却し近くの椅子の横にバッグを置く。

(さて、今日はなにを読もうかな)

貸出カードを曲げながら、日本文学のコーナーに入る。

(ん。今日もいる)

スラリと背の高い男子。

慣れた手つきで次々と本を開いてはもとに戻している。

(毎回思うけどなにしているんだろ?)

気になっているが聞けない。

首を振り考えを飛ばす。目の前にあった本を開く。


おわかれ致します。あなたは嘘ばかりついていました。私にも、いけない所があるのかも知れません。


――

読んだことがある本だった。太宰治の[きりぎりす]だ。

(―今日は太宰治の本を借りよう。他にまだ読んだことがないのは)

上から目を下ろす。

(おっ、あれにしよう)

手を伸ばし、[津軽]を取ろうとしたが、

「あ、あれ?」

届かない。ぎりぎり本の下は触れる。浮き上がらせようと膝を伸ばしていると、さっきの男子がひょいと取ってしまった。

(先に取られちゃた。…仕方ないよね、取るの遅かったから)

[津軽]から手を引き、真ん中の段にある[雪国]を取ろうとしたとき、

「あの、どうぞ」

声をかけられた。

首を曲げ声の方を向くと同時に[津軽]を渡された。

「えっ?なんですか?」

驚いた。こんなことは初めてだったからだ。

「俺この本一回読んだことがあったから。あなたが読んでください」

早口で男子はそう言うとそそくさと図書室を出て行った。

「あっ、ありがとうございます」

お礼をする間もなくだ。

(優しい人だった。名前はなんて言うのだろう。名札が裏についていなかったら分かっていたのに)

なぜか、体が熱くなっている。

こんなこと初めだ。

「明日も来るよね。その時に聞こう」

そう決意すると、席に戻りポケットからシャーペンを出しカードに日付と題名を書いた。

「先生、借ります」

カードと本を出す。

「佐野さん、最近よく来るね」

「そうですか」

「うん。…何かあったの?」

「なにもないですよ」

「そうなの?」

「はい、なんにもないです」

そこから、十分ぐらい先生と話し、席に戻る。

いつも通り、借りた本を開き終了時間【17時半】まで読み通す。

私は読むのが遅いので、70ページぐらいしかいかない。

でも、1ヶ月前と比べ20ページも増えてるから良し。

お気に入り猫の栞を挟み、バッグの外ポケットに入れる。

体育館を避けながら、学校の外に出る。

少し歩き、バス停に行く。

その時、本を出しバスが来るまで読む。

「…明日はなに読もうかな」

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