記憶の中のマイカ
Φland
1
白い部屋で目覚めた。病室のような白い部屋。ここがどこなのか、自分が誰なのか、それは分からなかった。
はじめは自分の髪が長いことに気づいた。頬に髪がかかるのを、体を起こすときに感じた。それから自分の体を見下ろし、自分が女であることを知った。それを示す証拠は余りあるほどだった。なぜだか服は着ていなかった。
体に目立った傷はない。少し頭痛がするが、耐えられないほどじゃない。自分の体をベッドからおろし、部屋の中を歩いてみる。関節のすべてが言うことを聞かず、体を支える度に悲鳴をあげたが、しばらく動き回るうちに慣れてきた。
部屋の中にあったものは、どれ一つとして知ったものじゃなかった。棚の上に並べられた置き物の数々が、その規則性のなさと民族性の強さで海外のお土産であることは分かったが、それに関する記憶は存在しなかった。クローゼットにも知らない人の抜け殻が収められていた。
窓を見つけて、近寄る。カーテンを開くと外はどんよりとした曇りだった。でも、太陽の光は地表まで届いていて、雨が降る気配はない。木々が揺れているから、風は少し吹いてるみたいだ。
ガチャリと扉が開く音がして、突然一人の男が現れた。驚いて振り向くと、男のほうも自分の姿を見て、固まってしまっていた。それから、その男は泣きそうな、それでいて嬉しそうに顔を歪めると、両手で持っていたお湯の入ったボウルをそっと床に置き、自分の方に近寄ってきた。
何が何だか分からなくて、(この男は何者なのか、なんでこんな泣き笑いをしているのか)少したじろいだけれども、男は敵意の欠片も見せずに自分の上着を脱ぎ、自分の肩にかけてくれた。それから目をじっと見つめまた泣きそうな顔をした後、そっと抱擁をしてきた。拒むほどの何かは自分の中になかった。それとも、彼と自分は何か特別な関係なのかもしれない。男の腕の中でそう思った。
「おはよう」男が耳元でそう言った。
何か答えた方がいいのかもしれない。じゃないと失礼になる。男の言ったように、自分も朝の挨拶を試みようとした。「おはよう」と。でも声が掠れて上手く喋れなかった。辛うじて頭に響いた自分の声も、自分のじゃないみたいで変な感じだ。
ここまでの流れで推測するには、自分は長いこと眠っていたらしい。そして、ようやくその眠りから目覚めたときには記憶を失っていたのだ。
絶望?まさか。何も知らないのに、絶望しようがない。
記憶の中のマイカ Φland @4th_wiz_u
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