第2話 勇者トドオカと四姉妹
ロンガリア大迷宮が発見されてから数十年。
それまで無辺の荒野に過ぎなかった迷宮の周囲には、迷宮を攻略しようとする探索者達の需要を当て込んだ商売が興り、やがてそれは一個の巨大な都市にまで発展した。
ロンガリア攻略都市、と呼ばれている。
魔物を殺したり、時に殺されたりするヤクザな稼業で一攫千金を夢見る者達が集う、胡乱な都市であった。
そんな都市に、ずいぶん長く身を置いている。
かつてはトドオカもそんな夢見る探索者の内の、名もない一人であった。
誰よりも果敢に探索し、誰よりも深く迷宮に潜る意欲があった。
ただ、そうしたかった。一歩迷宮に踏み入ったその時に、自分はこの迷宮を底の底まで踏み抜かねば決して満足しないのだろうと悟った。
『勇者』という呼び名は、その頃は単なる『命知らず』を揶揄する呼び名でしかなかった。
今は、違う。
「で、今度はどんな用だい、勇者殿」
ロンガリア攻略都市の一角。探索者相手の商売で年中賑わう酒場のカウンターに肘をついて、トドオカは闊達な笑みを浮かべる女店主を見返した。
「パーティーメンバーを探しています。二日以内に都合のつく方が四名。最低一人は
女店主が、エールの並々と注がれたグラスをカウンターに置く。
トドオカはそれを一息で半分ほど飲み干した。
酒は、嫌いではない。
「また仲間を追放したのかい? 今度は何やったんだい、勇者殿」
「私は何も」
説明は無駄だと思えたし、自分の置かれた苦境を誰かに同情される事にも意味を感じなかった。
理解されたいとは思わない。ただ、利害で繋がった関係だけがあればよかった。
だから、何も言うことはなかった。
「十五階層の深層探索に付き合える人材はそう多くないんだよ。ましてや、あんたはただでさえ条件が厳しいんだから」
この酒場の名を、『竜の首輪亭』という。
単に酒と料理を提供するだけでなく、探索者上がりの女店主がこうやって人材の斡旋も行っているのが、客足の途絶えない理由だ。
「今回は、十五階層以降の探索経験のある方なら経歴は問いません」
「へえ、どういう風の吹き回しだい」
普段仲間を募る時、トドオカは実力以上に経歴を重視する。
過去に自分の所属していたパーティーといざこざを起こしていないか。素行に問題はないか。後ろ暗い組織との関わりはないか。
そういった、迷宮外での不安要素を、可能な限り弾いたメンバーを理想とする。
そうして選定した者であっても、今回のような悲劇は起きる。メンバーの選定には神経質にならざるを得ないが、それでも今回は時間がない。
「火竜討伐の依頼です。期日は今日を含めてあと七日」
「王都からの依頼の件か──誰も関わりたがらないと思ったが、アンタが噛んでたわけかい」
「そんなところです」
「しかし解せないねえ、迷宮の底から竜が湧いたってのは有名な話だったが、何故期日まで設けて討伐を焦る?」
「わかりません」
トドオカはグラスに残ったエールを飲み干す。
「ただ、私は最後までキッチリやりきるだけです」
「酔狂だねぇ」
「そういう性分なだけです」
女店主は手元の資料をパラパラとめくりながら微かに笑う。
そしてはたと手を止めて、言った。
「経歴不問……ってなら、丁度欠員の出た四人パーティーがある」
「どなたですか?」
「『メオカ四姉妹』だ。聞いたことないか?」
その名は、トドオカにも微かに聞き覚えがあった。
なんでも最近になってこの都市に流れてきて、破竹の勢いで深層を踏破していると。
「ヨ=メオカの氏族の四姉妹……聞き覚えがあります。なんでも、十三階層のシャルルノーズを倒したとか」
十三階層を根城にする真祖吸血鬼シャルルノーズは迷宮に魂を縛られた不死者であり、彼を倒すことがこの都市において上級の探索者であると認められる一つの指標となっている。
「ああ、先日十五階層にまで探索を進めたらしい。実力は申し分ないと思うが……まあ、その、少々訳アリでね。だから今までアンタには紹介しなかったんだよ」
「そうですか」
『訳アリ』の探索者は珍しくない。
元々探索者を生業にする者など、脛に傷のある者が大半だ。
トドオカはその中でも信頼のおける経歴を持つ者を選別しようと努めてきたが、限界はある。
特に今のような状況では、背に腹はかえられない。
「では、明日にでもその方々を紹介していただきたい」
「あいよ。紹介料は……まあ友達価格で金貨十五枚ってとこかね」
相場の倍近い金額だったが、これもまた背に腹はかえられぬ。
トドオカは金貨の詰まった袋を店主に差し出した。
「毎度あり。こっちはサービスだよ」
「これは……?」
牛肉を香辛料で煮たありふれた料理だったが、見慣れない具が沈んでいた。
「他所で仕入れてきた蚕の繭を入れてみたんだよ」
「食べれるのですか?」
「食用って聞いたよ……美味けりゃ店で出そうと思ってね」
要は毒味役にしたいのだろう。
トドオカは無言で匙を取り、湯気を立てる蚕の繭を口に運んだ。
「どうだい?」
「……こんなものが地上最後の食事になったら、死んでも死にきれないでしょうね」
「やっぱりねえ」
女店主はあっけらかんと言った。
トドオカはため息をつき、もくもくと料理を口に運んだ。繭を噛み砕いて中の蚕を咀嚼すると、牛肉の旨みと香辛料の心地よい辛さの奥から嫌な苦味が口いっぱいに広がった。
残す事も出来たが、そうはしなかった。
そう出来たらどれだけ良かった事か。
供された蚕料理を最後の一口までキッチリ胃に押し込んで、トドオカは店を出た。
***
メオカは、西方にある貴族の家名である。
元来土地を持たない遊牧民であったメオカの民だったが、その精強な騎馬勢力と旺盛な領土拡大によって西方一帯を支配下に置き、連合王国より貴族としての家名を与えられるに至った。
メオカの氏族の『王』は数十からなる部族との間に子を成し、その中から最も強い者を次代の王とする事で権威を保ってきた。
彼らの住む草原において、権威とは即ち力であり、強さであった。
彼らは他人種の血を取り込み、より強い子を残し、王にするのだという。
それ故に、メオカの領地には極めて多様な人種が住んでいる。
ヨ=メオカと名乗る彼女達もまた、そんなメオカに連なる部族の出身であった。
「イチル=ヨ=メオカと申します」
四人姉妹の長女は、顔を合わせるなり恭しく一礼した。
白い肌に乳色の髪をした、美しい少女だった。
西方の騎馬民族の出とは思えない、深窓の令嬢じみた出立ちの
「『勇者』の武勇、この都市に至るより前から聞き及んでおります。この度はわたくし達を道連れに選んでいただき、光栄の──」
「かったりーことやってんなあ!」
握手を求めるにしては、乱暴な所作だった。
「オレはフィア! よろしくな、トドオカ!」
深窓の令嬢じみた
その顔や惜しげもなく露出した肌には、よく見ればいくつも傷がある。常に前線で戦い続ける戦士だと、すぐに見当がついた。
「これっ!
「構いませんよ、これから生き死にを共にする仲です。畏まる必要はありません。……よろしくお願いします、
「にしし! あんた強えんだって? 一緒に戦うの、たのしみにしてたんだ!」
トドオカが振り返ると、息のかかるほどの距離に女の顔があった。
「ありゃ……なんてこった。ほっぺた触ってびっくりさせようと思ったんだが……」
栗色の短い髪をした少女だった。
両目はどこか眠たげに細められて、溶けるように力無く笑う表情が印象的だった。
「
「このぼくが触れもしないとはね。流石は音に聞く『勇者』さまというわけだ」
「驚くのはこちらの方です。まさかこの距離まで近づかれても気付けないとはね」
迷宮の闇に溶ける色合いの装束と、名うての
トドオカと同じ
「ふふ、ぼくに興味を持ってくれたかな? 光栄だね」
「実力はいずれ見せて頂くことになるでしょう。そう遠くないうちに」
「──そう、そして、トリを務める自分が次女!」
声は、頭上から聞こえた。
木の上だ。トドオカが視線を上げると、枝の上で腕を組んで仁王立ちする少女はその場から飛び降りた。
重々しく鎧を鳴らして、着地。
「こ、こら!
「自分はリヤン=ヨ=メオカ。自分がこの姉妹で最も優れている。トドオカ殿、よろしく」
ストレートの長い黒髪、白銀の全身甲冑に、巨大な盾。
パーティーの前衛を努める
一目で実力者とわかる姉妹の中にあって自らを最も優秀であると称する自負が、ハッタリとも思えない。
彼女もまた、相応の実力を持つことは想像に難くなかった。
「……これが、わたくしたち四姉妹です」
「賑やかそうですね」
どこか憔悴したような
これで四人。
人数は揃った。後は、彼女達が目的達成の為の実力を持つか、否か。
(悪評、か)
彼女達がいずれも高い実力を持つであろう事は、この段階から窺い知れる。
だが、それ故に酒場の店主の口にした言葉が気にかかる。
「トドオカ様、いかがいたしますか?」
トドオカの思案を打ち破るように、
ここで悩んでも仕方がない。
もはや、選べる手段は他にないのだ。
(なら、後はやるしかないな)
トドオカは一歩を踏み出し、四人の少女達を見返した。
ヨ=メオカの四姉妹。
果たして彼女達が、どれほどの実力を持つのか。
彼女達は、何者なのか。
目指すは迷宮。
第十五階層、火竜。
「では、早速迷宮へ。目標達成は迅速に。そして、仕事は最後までキッチリと」
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