第3話 テスト勉強と水面下での戦い

「ほんとにやばいんだって!!、助けてよお兄ちゃん!!」

 僕は今、妹の日和ひより。もちろん、足は地面についていない。

 これはある意味壁ドンと言っても差し支えないのではないだろうか。


 ....僕の心がこの状況を壁ドンだとは認めたくないと叫んでいる。気がする。

 そもそもなぜこのような状況下にいるかというと、日和の足元に放置されている問題集のせいだ。

 そう、こいつはGW明けに行われる中間テストに危機感を覚えて焦っているのだ。

 現在時刻は朝の6時40分、あまり騒ぐと近所迷惑になりかねないギリギリの時間だ。

「騒ぐんじゃないバカ。あと僕を降ろせ」

「勉強教えてくれるって言うまでこのままだよ」

 強引すぎる。それとくすぐったいから両脇に入れてる手を揺するのはやめて。

 吹き出しそうになる口をぐっと絞める。


 ――――沈黙が続くこと早5分。

 僕の脇の耐久値はもはや限界を迎えようとしていた。

「わかったから、教えてあげるから降ろして!!」

「ありがとーっ、お兄ちゃん」

 ギュッと胸を押し付けて抱きしめられる。

 顔にピンク色の髪が押し寄せてくる。

 何度でも言おう、こう見えて一応お兄ちゃんです。はい。


 日和と他愛もないやり取りをしていると、部屋の入り口前に誰か立っているのに気付いた。

「何してんの二人とも。しかも、パジャマのままで」

「ぐすっ、居るなら見てないで助けてよ。遥ねぇ」

 ノックの主は、舞園家の長女のはるか北山路きたやまじ学園の3年生。生徒会長をしている。先日、彼氏に振られ傷心真っ盛りである。

「仲がいいのは良いことだけど、行き過ぎたスキンシップは控えなよ?。わけじゃないからね」

 ....兄妹だからこそだめだと思うんですけど。


 何とか解放された僕は、朝食を作るために台所へと向かった。

 台所には、母さんが新聞を読みながらコーヒーを啜っている。

「おはよう。母さん」

「ん?、あぁおはよう。歩」

 ごく普通の家族の朝の会話をし、台所の前に立つ。


 今日の朝食はご飯とみそ汁、そして昨日の夕飯の残りの笹かまを入れた豚キムチでいいか。あと賞味期限ぎりぎりのおかめ納豆があったような。――――それも出すか。

 ちなみに豚キムチに入れた笹かまは、先日お隣の夏野おばさんから頂いた。上京している息子さんがふるさと納税を支援する仕事をしているらしく、全国の変わり物食材や有名処の食材が大量に送られてくるのだとか。だからこうしておばさんの家だけじゃ処理しきれない食材をお裾分けしてくれている。実にありがたいことである。


 我が家の味噌汁は代々九州麦味噌を使用している。というより個人的にこの味噌で作る味噌汁が一番好みだから使ってる。甘みが強く、疲れた日の朝とかに程良く体に染みる。

 この人らは、料理に対して無頓着むとんちゃくだから何の味噌を使ってるとか一切興味がないと思うけど。

 食卓に座り、朝食を待っている三人を見る。

 新聞を読む母にスマホを凝視しメッセージをひたすら返す姉。そして、教科書を顔の上に載せ寝る妹。―――お前は、勉強しろ。



 舞園家に引き取られてそろそろ9年目を迎えようとしている。

 4歳の時、不慮の事故に合い僕は両親を亡くした。

 が、その事故が影響で僕は2年間目を覚まさず入院していたということだけ教えてもらった。

 目を覚ました僕を優しく抱きしめてくれたのが、こうして僕を育ててくれている母さんだった。

 本来は引き取り手になるはずだった親戚側が、受け入れを断ったらしく予定ではそのまま孤児院に行くはずだった。しかし、実親の旧友であった母さんが受け入れを申し出てくれたことで、そのまま舞園家の一員として暮らすことが決定した。


 10歳までは血の繋がった親戚だと思っていたが、まったく血縁関係にないことを母さんから告げられた時はさすがに驚いた。

 この事実を知っているのは、母さんと僕そして遥ねぇの3人だけだ。

 日和は普段から過度なスキンシップが目立つから、知らせるのは一旦保留となっている。中学生になっても一緒に風呂に入ろうとしてきたり、勝手に人のベットで添い寝をしようとしてきたり度を超えた行為をすることが多い。もし、何をされるか分からない。要注意だ。

 そうこうしているうちに、朝食の準備ができた。

「誰か、朝食できたから運ぶの手伝って」

「はーい」

 日和が椅子から立ち、台所に近づいてくる。

 僕たちは手分けして料理を食卓に運ぶ。

 4人で食卓を囲い、ご飯を食べる。

 これが僕たち舞園家の日常である。


    ◇


 朝食が終わり、僕は日和と二人で中間テストの試験勉強をすることになった。会場は僕の部屋である。

 日和の部屋は大半が本棚で占有されている。ラノベやちょっと如何いかがわしい本が大量に仕舞われている為、勉強する場にはちょっと相応しくない。ちなみに僕が普段読んでいるラノベもここにいっしょに仕舞わせてもらってる。


「何の科目がやばいんだ?」

「えっとねー、数学と英語と日本史かな」

 多いな。

「数学は僕の得意科目だから教えられるけど、英語と日本史はそこまでだしなぁ」

「そこをなんとか」

「僕もテスト勉強する予定ではあったし、わからないとこあったら一緒に考えてあげるぐらいならできるけど。それはどう?」

「うーん、もう一声」

 値切りみたいに言うなよ。ハァ~っと僕はため息をつくとほかの方法を考える。

 ほかには、勉強教えれそうな人に頼むぐらいしかないけど、僕の数少ない知人に勉強教えれる人なんていたかな。

 妥当な人選で行くと先輩である田中部長か鏡ヶ咲きょうがさき先輩になるが、あの人たちも僕らと同じように中間テストはある。わざわざ時間を作って勉強を教えてもらうのはさすがに忍びない。

 そうなるとやはり同級生ということになるか。いうても同級生の友人って星崎さんぐらいなんだけど。あの人勉強できるんかな?

「教えてくれそうな人に電話してみるね」

「うん。よろしく」


    ◇


 玄関のチャイムが鳴るのを確認した僕は、玄関モニターをつま先立ちで覗き込む。

 ツーサイドアップの金髪の女性が画面いっぱいに映し出される。星崎ほしざきさんだ。おずおずと電話した所、二つ返事で了承してくれた。

「いらっしゃい。星崎さん」

「おじゃまします」

 玄関の扉を開け、招き入れる。

「わざわざありがとね。妹の勉強に付き合わせちゃって」

「いいよいいよ、友達じゃん。これぐらい何てことないって。そういえば、これ。はい」

 彼女は、左手に握られていた紙袋を渡してきた。中にはと包装紙に書かれている箱が3つ入っていた。

「こっちが急に呼んだ側なのに、頂けないよ」

「お母様がどうしても持っていきなさいってうるさくて。だから....ね?」

 紙袋を押し付けられる。

「じゃあ、あとで皆で食べよっか」

 多分、彼女のお母さんも一緒に食べる用で彼女に持たせたんだろうし。


「それよりさ。何か私を見ていうことあるんじゃない?」

「おはよう?」

「うん、おはよう」

 ・・・・。――――どうやらあいさつのことではなかったらしい。

 彼女の姿を観察する。

 ライトイエローのオフショルダーブラウスに、ダークグリーンのカーゴパンツを身にまとっている。まだ中学生を卒業して間もない彼女だが、雰囲気は完全に大人の女性と遜色そんしょくない。

 仄かに香る柑橘系の香水が彼女のイメージとマッチしている。

「服……似合ってるね」

「よろしい」

 正解だったようだ。


 彼女を自分の部屋まで招待する。

「ここが僕の部屋だよ。中に日和がいるから一緒に待ってて」

「はーい」

 星崎さんを部屋に招き入れた後、僕は台所へ向かった。もてなす用のお茶と先ほど貰った紙袋のお菓子を取り分けるためである。

 初めて見るし、苺が主役という商品についてネットで調べてみよう。

 ほう。栃木のお菓子なのか。商品名は恋するいちごっていうのね。

 とちおとめをフリーズドライ加工し、表面にホワイトチョコで加工したものらしい。

 試しに一つ食べてみようかな。

 包装紙を外し、箱を開ける。中には、半分にカットされた苺が1つ1つ梱包されている。

 一口嚙んだ瞬間、サクッという音と共に苺独特の甘酸っぱい味と香りが口の中に広がる。―――これは、美味しいけどフルーツ感あんまりないかも?。フリーズドライ加工してるからそれはそうか。

 一足先にお菓子を堪能した僕は、3人分の麦茶と大量のお菓子を持って自分の部屋へと向かった。


 部屋の扉を開けるとそこには、問題集をテーブルの端に追いやってラノベを読み漁る二人の姿がそこにはあった。

 おい、勉強しろよ。何のために集まったか分からなくなるだろ。

「……何してるの」

「それはこっちのセリフだよ。遅いよ、待ちくたびれちゃったよ」

 どうやら僕が戻るまでの間暇つぶしをしていたらしい。

 2人に麦茶の入ったグラスを渡す。カランと氷が音を立てる。

「それじゃ、勉強始めようか」

 僕たちは各々問題集を机に広げ勉強を開始した。


    ◇

 

 壁に立て掛けられた時計は12時を指し示している。僕たちの勉強会は佳境に差し掛かろうとしていた。

 このまま勉強続けてもいいけど、さすがにお昼の準備はしないと…か。

 2人の方を見ると、星崎さんが日和に英語を教えていた。うん、助詞とか助動詞とか入れる位置難しいよな。

 因みに数学は、三角比を図形で説明していた所、日和がギブアップを宣言したため強制終了となった。テストは諦めるとのことだ。

 まぁ、無理にやろうとして他のテストが疎かになるよりかは、ひとつの教科を捨てて別の教科に専念するのもひとつの手ではあるが、一年の一学期中間でする手段ではないと思う。

 …今後のこいつが心配だ。


「そういえば、昼ご飯どうする?、時間見てなくて、今から作ろうかと思ってるんだけど」

 二人に話しかけると、一斉に時計の方を向く。

「もうそんな時間なんだ」

「私は一旦家に帰ろうかな」

 その時、待っていましたと言わんばかりに扉が強く開かれた。

 そんなことをしたら壊れるだろ。やめろよ。

「話は聞かせてもらったわ!!」

 声の主は、遥ねぇだった。

「今から出前とるから星崎さん…だっけ?。君も食べていきなさい」

 スマホに寿司の出前のサイトを映しつつ、ババンとこちらに向けてくる。

 紋所かな?。水戸黄門の格さんのあの台詞が脳内をよぎる。

「お母さんには許可もらったの?」

 日和が訪ねる。ごもっともだ。

「えぇ、もらってるわ。何なら母さんからの提案よ」

「流石にお昼をご馳走になるのは申し訳ないですから、帰らせてもらいます」

 鞄と問題集を持って立ち上がろうとする彼女の服を僕はつかんだ。

「まぁまぁ。折角なんだし食べていってよ」

「でも…」

「あーあー。間違えてお寿司5人前頼んじゃったなー。食べきれないだろうなー」

 遥ねぇが棒読みで言い、スマホの決済後の画面をチラチラこちらに向けてくる。

「分かりました。それではご馳走にならさせていただきます」

 根負けした星崎さんは、問題集と鞄を置き直しテーブルの前に座った。


     ◇


 食卓で五人前分の寿司を皆でつついていると、母さんが神妙な面持ちで口を開いた。

「私。来週から5ヶ月間東京に出張することになったの」

「また?」

「学会の発表の件で協力を依頼されたの」

 母さんは、脳神経内科医として市の総合病院で働いている。

 東京の大学教授の人らと共に人間の脳や記憶障害について研究をしており、たびたび出張に出かけることがある。今回もその件かな。

「まぁ家のことは僕に任せて大丈夫だから。頑張ってね」

「ありがと」

 遥ねぇがパンッと手を叩く。

「話はそこらへんにして早く食事を再開しよ。このままだと星崎ちゃんが全部食べちゃうわよ」

 星崎さんのほうを見ると、彼女が手を付けていた桶が空になっており、僕の分桶に手を付けていた。―――何しとる?。

 申し訳ないと断りを入れていた数十分前の彼女は、別人だったんだろうか。

「せめて一声かけてから食べて欲しかったんだけど」

 彼女は僕が最後に食べようと残しておいたイクラの軍艦に箸をつけた。

「?。ほへんほへんごめんごめん、食べる?」

 口へ運ぼうとするのを止め、こちらに差し出してくる。

 それ本来僕の分です。あなたのじゃないです。

「......もうおなかいっぱいだから食べていいよ」

「やったぁ」

 この人一応お嬢様だよね?。最近のお嬢様は皆こんな食意地張ってるんかな。

 ―――さすがにこの人が例外か。

 2桶目をおいしそうに食べ進める彼女を横目に僕は緑茶を啜った。


「ごちそうさまでした。おいしかったですおばさん」

 星崎さんが手を合わせ、母さんに礼を言う。

 最終的に彼女は約30貫ほどのお寿司を食べた。食べ過ぎじゃない?。

「お粗末様でした」

 僕は桶を洗い袋にしまう。確か、後日回収に来てくれるはずだったよな。

「じゃあ、お母さんは部屋に戻って出張の準備始めるから。何かあったら言ってね」

「私もこの後出かけるから。ごゆっくり」

 お母さんと遥ねぇが自室に戻っていく。

「僕らはどうしよっか。勉強の続きする?」

「勉強はもう大丈夫。あとは教科書暗記すればいける気がするから」

 赤点とる奴が言いそうなセリフ第一位の言葉だ。

「まぁ日和がそれでいいならいいけど」


「といっても勉強以外に何かすることある?」

「私も勉強道具以外持ってきてないです」

 ボードゲームとかあったら遊べるんだろうけど、生憎そんなものないし。ホントにどうしようかな。

「それかいっそ3人でどこか出かけない?」

 外寒いぞ。五月前半といえど。

「出かけるったってどこいくんだよ」

 日和がはっとしたように、てのひらを拳で叩く。

「そういえばあたしほしい本があるんだった」

 本?。もしかして参考書でもかうのか?。

「なら、三洋堂に行こうか。帰りに隣のスーパーで夕飯の食材買えるから丁度いいし」

「決定だね」

 目的地は決まったな。

 服装どうしようかな。パジャマと普段着併用してるから、外出れる格好じゃないんだけど。

「さすがに着替えなきゃじゃん」

 僕は今、膝下まであるロングのTシャツと、ハーフパンツを着用した格好をしている。見る人によっては下履いてないようにも見えるかもしれない。

 大丈夫ですよ安心してください?。履いてますよ。ちなみにこのTシャツは遥ねぇのおさがりである。

「お兄ちゃん。....それ下履いてるの?」

「ひょえ!?。履いてないんですか?舞園くん」

「ちゃんと履いてるよ。ほれ」

 Tシャツを捲し上げ、ハーフパンツを見せる。

「きゃあ!!」

 星崎さんが手で目元を隠す。

 ちらちらとこちらを指の隙間から覗き込んでいるため度々目が合う。むっつりスケベの素質があるのかもしれない。

「履いてるならこのまま出かけられるじゃん」

 ……確かに。それはそうか。

「じゃあいこっか。星崎さん荷物持った?」

「えっ?、あっはい。行きましょう」

 二人が玄関を出ていく。

「母さん!。出かけてくる!」

 階段の下から大きな声で母さんの部屋向かって叫ぶ。

 部屋の中からはーいという声が聞こえる。

 僕は財布とカバンを持って、先に出て行った二人を追いかけた。


     ◇


 中学の時から日和は、真面目に勉強する姿なんてまともに見せたことはなかった。

 そんな彼女が僕と同じ北山路きたやまじ学園を受験すると言った時は、正直無謀すぎると思った。偏差値そこそこ高いし、実際当時の彼女の成績だとほぼほぼ不可能に近かったからだ。

 しかし、どうしても同じ学校に行きたいと泣きながら縋ってきた彼女に押し負け、僕は自分の勉強と彼女の指導を兼任しながら中学三年を過ごすことに決めたのを覚えている。

 定期的に勉強から逃げようとする彼女のお尻に、タイキックをし椅子に強制的に座らせていたことを今でも昨日のように思い出せる。最初は普通に痛がっていた彼女も後期に入る頃には自ら進んで蹴られようとしていた。―――あれ?、目的変わってないか?。

 妹の性癖をゆがめてしまった可能性を危惧きぐしつつ、僕は彼女との今後の付き合い方に考えていこうと思う。いつか。


 そうこうしているうちに、目的地である三洋堂についた。

「じゃあ、あたしは目的の本探してくるから。ここで」

 そう言い日和は一足先に店内に入っていく。星崎さんと二人、店前に取り残されてしまった。

「星崎さんは欲しい本とかある?。1冊ぐらいなら買ってあげるよ?」

「大丈夫だよ。一応財布は持ってきてるから」

 さすが星崎さんだ。

「じゃあ店内いこっか」

 そして僕らは、店内に足を運んだ。



 特に買いたい本も無い僕は、星崎さんの付き添いでラノベコーナーに来ていた。

 この人も意外とラノベ読むんだな。

 おすすめのコーナーには『おいしいスライムの育て方』というラノベが近日3巻発売予定と告知が貼られている。挿絵に描かれているスライムを使った料理が、どれもこれも無茶苦茶おいしそうな見た目をしているため、料理系作品として人気が出ているのだとか。

 確か日和持ってたような気が。今度借りて読んでみようかな。

「星崎さん何買うか決めた?」

「今迷ってるとこ」

 星崎さんの手には、高校生ぐらいの男性同士が上裸で抱き合った本、サラリーマンの男性が中学生男子を押し倒している本が握られている。表紙でわかる。これらは、紛れもなくBL本だろう。2冊目の表紙の中学生...僕に似てる気がする。―――深く考えるのはやめよう。

「星崎さんこういうの興味あるんだね」

「中学の頃、友達からおすすめされてはまっちゃったんだよね」

 何てことをしてくれたんだ、その友人は。

「意外と面白い作品多いよ。たまにもろ見えの挿し絵あるけど」

 それ、いわゆる官能小説というやつでは?。R18指定入ってると思うんだけど、何で普通に買ってるの。

「流石に節度は守ろうね」

「分かってます...っよ」

 ふんすと鼻息を立てて、彼女は親指をたてた。多分これは分かってない。

 冷やかな目で彼女を見ていると、レジの方から袋を両手に日和がこちらに近づいてきた。

「おまたせー、こっちは買い物終わったよ」

「買いすぎ」

「そんなことないよー。今日は少ないほうだよ。いつもは10巻ぐらいまとめて買うもん」

 日和....。だからいつもお小遣いが無いのか....。

「星崎さんは何か買った?」

 日和が星崎さんの隣に立ち、のぞき込む。

「へぇ、意外といける口なんだね」

「はい。それなりには」

「こっちの本私持ってるから貸してあげるよ。だからこっち買ったらいいよ」

 表紙に僕似の中学生男子が載った本を受け取り、本棚に戻した。

 

「買ってきますね。外で待っててください」

「わかったよ」

 僕たちは、星崎さんを残して店を出た。


 数分とたたずうちに、星崎さんが店内から出てくる。

「よい買い物ができました」

 買ったのはBL本だけど。

「それ普通に持ち帰るの?。家族に何か言われない?」

「大丈夫。離れに隠しておくから」

 何が大丈夫なんだろうか。普通にいつかはばれるでしょ。

「もしかして、他にも離れに隠してあるの?」

「うん」

 ばれるのも時間の問題な気がする。

「いざというときはお父様の私物ってことにするから。だから大丈夫」

 なにも大丈夫ではない。無関係の父親の尊厳が危ぶまれる状態だ。

 顔も知らぬ星崎さんのお父さんに心で激励を送る。

「じゃあ、ここでお別れだね」

「舞園くんこの後なにかあるの?」

「隣のスーパーで夕食の食材買うだけだよ。日和、申し訳ないんだけど星崎さんを駅まで送ってあげてくれないかな」

「りょうかーい。いこっか星崎さん」

「はいっ。それでは、舞園くん。さようなら」

「じゃあね」


    ◇


 舞園くんと別れ、私たちは最寄り駅に続く道沿いを歩いていた。

「いやぁ。今日はありがとね。ほんとに」

「中間テストはなんとかなりそう?」

「たぶん、いける」

 謎の自信はどこからくるんだろう。

 渡ろうとする横断歩道の信号が赤に変わる。

「あぁ。赤になっちゃった」

「ここの信号変わるの地味に長いからなぁ」

「まぁ、電車の発車時刻までまだ時間あるから大丈夫だよ」

 スマホの時間を見る。現在時刻は17時33分。次の急行の発発車時刻は57分、十分に時間はある。

「…そういえばさ」

 舞園さんがこちらに振り返る。

「星崎さんってお兄ちゃんのこと好きなの?」

 唐突に舞園さんが、話を振ってきた。

「え”っ!?」

 思わず変な声が出る。

 夕日に照らされた彼女は、影でどういう表情をしているのか読み取れない。

「どっ、どうしたの?急に」

「すっとぼけなくてもいいよ。普段の様子見てたらわかるからね」

「あはは...。舞園くんとはただのお友達だよ?」

「そう?。1年生内では結構噂になってるけどね。あの二人付き合ってるんじゃないかって。いつも二人一緒にいるし、昼とかほぼほぼ毎日一緒に食べてるでしょ?。やっぱ目立つんだよねぇ」

 気が付かなかった。確かに毎日と言っていいほど一緒にはいる気がするし、席も近いから空き時間とかもよくしゃべっているけど付き合っている様子など周りに見せたことはない。

「一緒によくいることは否定しないけど。付き合ってはないよ」

 彼のことが嫌いというわけではない。好きということはあっている、友達としてではなく恋愛的な意味で。

 ただ、この思いを伝えるにはまだ時期が早い。何故なら、。それが解決できるまでは、心に秘めておくべきだと私は考えていた。

 もし、それが最悪の形で彼にばれてしまった場合、私は彼と一緒にいることができなくなる。―――それは、何としてでも避けないと。


「仮に私と彼が付き合ってたとして、あなたには関係ないんじゃないかな?」

「妹だよ?。まったくの無関係というわけにもいかないでしょ?」

「家族に恋愛事情首突っ込まれるの、嫌な人もいると思うけど」

「お兄ちゃん、優しいから。何でもかんでもすぐOKしちゃうから。変な人に騙されないか心配なんだよ。だから、相手がどういう人か見てあげてるの」

「妹がそこまでする必要あるのかな」


「私。―――お兄ちゃんのこと好きだもん」

 舞園さんの歩く足が止まる。

「お兄ちゃんが好き。家族としてではなく。一人の女として」

「えっ。でも、家族だよ・・・ね?」

「そうだよ。だから、この気持ちはずっと胸に秘めておくことにしてるの。ばれない様に。―――この関係が崩れないように」

 。手を少し伸ばすだけで届いてしまうものなのに、それに触れることは決して許されない。

 彼女が、今までどんな思いで共に暮らしてきたかなんて私には知る由もないのだ。私と彼はあくまで他人なのだから。

「だからせめてお兄ちゃんには、幸せになってもらいたいの。この先もずっと笑顔でいてほしいから。悲しい表情なんでもう二度とさせたくないから。」


 舞園さんは今にも涙が溢れ出しそうな目元を手で拭い私のほうを見る。

「星崎さんのお兄ちゃんに対する態度を見てると思うの。これは、入学してからの数日間で育まれた感情じゃないんだろうなって。きっと、二人は昔からの知り合いなんでしょ?。なんとなくわかるよ」

 まさか、事情を知っているとでもいうの?。私が何者か知っている人なんて、北山路きたやまじ学園にはいないと思っていたのに。

「確かに私は、舞園くんの昔を知っている。だけど、それは他人がどうこうできるような容易い話じゃない。私もあなたもね。これはいつか、彼が自分自身で乗り越えなきゃいけないの。ただ私は当事者の1人として、彼が無事に過去を乗り越えられるかどうか見届ける義務がある。だって、私はそのためにこの学園にきたのだから」

「?。乗り越える?。何の話?」

 もしかして、何も知らないの?。じゃあ、深く話す必要ないか。

「いや、今のは忘れて」

「....?。へんなの」

 ガタンゴトンと電車の音が聞こえる。

「やっば。これ乗らないといけない電車じゃないの!?」

「あっ。急がなきゃ」

 私たちは、駅まで急いで走ることにした。



「はぁはぁ。もっと時間見ながら歩くべきだったね」

「...そうだね」

 まだ肌寒い時期だというのに汗をかいてしまった。

 ハンカチで汗をぬぐいながら舞園さんは言った。

「私、まだあなたを認めたわけじゃないから。お兄ちゃんの彼女として」

「別に彼女じゃないよ?」

「でも、好きなんでしょ?。じゃあ一緒だよ」

 一緒かなぁ?。

「だから、私がチェックしてあげる」

「チェック?。何を?」

「お兄ちゃんに相応しいかどうかだよ」

 ドラマとかで見たしゅうとめみたいなこというんだ。この人。

「あはは...。お手柔らかにお願いね。じゃあ、私帰るから」

「そう。じゃあまた学校で。ばいばい」

「はい。さようなら」

 私は駅の改札のほうへと向かう。

「あと!」

 後ろから大きな声で呼びかけられる。後ろを振り返ると、舞園さんが手を振って何か言おうとしてる。

「私のことは日和って呼んでいいから!!」

 吹き出しそうになるのを堪える。何かと思ったらそんなことか。

 私は彼女に向って軽く会釈をし、乗る予定の電車が止まっているホームへと向かった。

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