アンコントロールウェザース
花森遊梨(はなもりゆうり)
第1話
もう知ってるかもしれないけど、私は赤井丹。
化物の心を宿す小暑のせいで凍死しかけてから2ヶ月ほど経った。
今日は昔で言うところの白露今日の最高気温は17℃。暦の上では秋…という猛暑でこれから死ぬ前フリにしか聞こえない言葉とは裏腹にきちんと季節は進んでいる。最近憎たらしかった小笠原気団もようやく息切れだ
空は明るいスカイグレー。この前みたいに青い空に白い雲、見てくれは最高なのにちょっと日差しの中で輝いてるだけでホッケみたいに干物になって死ぬ日々は終わりを告げた。
普段愛用の赤パーカーは一休み。半袖にハーフパンツの外出用の服装。代わりにメンズキャップはピジョン・ブラッド、ややバタ臭い感じにまとめているからこそ、鳩の鮮血の名を冠するトロミのある紅色を輝かせる
「もしもし萌葱?」
ー…くたばれ
「今日はいい日だよ。久しぶりに河原に遊びに出かけない?」
ーくたばれイカれアカ女。朝っぱらからいきなり電話かけといて何を考えてるの?
「この前は寝坊して大学の授業を一回ダメにした時に起こしに来てくれたし、今回は私が萌葱を目覚めさせるとは、ロマンを感じるでしょ?」
ー今日ほどアンタが半永久的に目覚めなけりゃ良かったと思う瞬間はないね。
時は経って
ここは荒川 私の故郷の近くを流れる最悪の川だ。
河川敷ではやたら交尾してるしてる犬がいるし、川の水をサッカーや野球のグラウンドに撒くせいで河原がヘドロの匂いに塗れてるし、清掃に参加するとやたらコンドームが見つかる。ミニ水族館で有名なサイコ自然学習センターにはプライドと横柄さと下顎が極端に肥大化した人間のようなクリーチャーが受付に展示されているナチュラルサイコ学習センターと化している。おまけに河川敷でやたら交尾してる犬の半分は犬と同じ格好で交尾している人間のオスとメスということが判明し…
思い返しても荒川にはロクでもない人間が多すぎる、これで大雨が降れば洪水でロクでもない人間もろとも首都圏を水の底に沈め「日本沈没ー最速ー」は必至というからなさらロクでもない川である。しかしボランティアがわざわざ清掃をしたり手入れをしているあたり、少しはいいところもあるのかもしれない。私も恥ずべきことに幼少期と中学生の時に数回、そのボランティアに手を染めてしまった!これはもう好きでもない男と肉体関係に及んだも同然。こんな最悪な奴のところなんて枕元にある飲み掛けの酒瓶にナフタリン入れた上で逃げ出したいんだよ‼︎だけどヤっちゃったから逃げられなくなってるんだよ。荒川には全く良い所が無く、大嫌いなんだけど、捨てられない
「丹にとっては荒川は外れた障子とか夫婦みたいなもんなのよ」
「つまりハメれば治るって?」
「その通り‼︎丹ってガード固いようで将来好きでもない男の前で武装解除したまま寝入って襲われて翌朝頸動脈締め上げて交際を強いてそのまま数年後に決定打のない結婚をしそうだし…って痛い痛い痛い手首の稼働範囲をとっくに超えているってソレ!」
スカイグレーの空の明度は下がり、やがて水滴で景色が白く霞みだした。
ゲリラ豪雨襲来。
私の手元にあるのは水泳用ゴーグルだけだ。
魔法の力で雨雲を新宿駅の真上に移動させられる魔法の少女や、手刀で全部雨を跳ね除ける戦闘少女以外は雨の中、長距離移動するなら傘をさすなりかっぱを着るなりするだろう。
私がかけるのは水泳用ゴーグルのみだ。
私は普通の女の子だが「ちょっとの距離」の場合傘などささない、プライベートなお出かけのために雨が降るかどうかもわからないのに、折り畳んだ傘やカッパを持ち歩くなどありえない。集中豪雨な分短時間で止むゲリラ豪雨のためだけに余計な荷物を増やす必要などない。
だから水泳用ゴーグルをかけ、視界さえ確保できれば良いのだ。
ー死んでいる、ここに死んだ 女子がいるー
萌葱もゴーグル以外雨に対処する装備を持ってきていないことが判明したのだが、お互い何も言わなかった、お互いに荒川から私の家までの短距離に傘の必要性を感じていないのである。
雨の中、死んだホモ・サピエンスのメスがただ二匹。
ドン引きしないツボは間違いなく一致
雨の中、三人で悠然と自転車をこきながら
そう確信した。
ゴーグルだけつけて悠々と自転車
海軍向けの人材である
せっかくだから買い物もして帰ろう
なぜかワンワンも売ってる家具屋、王川
どこかの県ではもっとデカくて立派な店舗を構えているはずのロピ3
グーグノレ先生に「やばい」を予測変換につけられるスーパー、SV《スプリームバリュー》
いまだに集中を持続させる豪雨の中、
そんな三つの店舗が融合した青い目のアルティメットドラゴン的な店舗に立ち寄ることにした。
「透けてる!!」
「雨で濡れたから必然だね」
「だから待ちなよ!こういう店に入るなら体を隠して大至急!」視線をわずかに下げて、現状を確認する。パステルカラーの我ながら可愛い上下の下着がビッタリと張り付いた上着からはっきりと透けている。そのまま店の入り口に向かうことにした
「なんでこう、お前はその、恥って概念を知らないの!」
腕を強く引かれて(地味なグレーのスポーツ下着の)萌葱と向き直らされる
「こういうのは こっちが頼まれてもないのに恥ずかしがったりするからただの透けてる人が美味しいオカズになってしまうだけでしょ。萌葱のやつだってインスクダラムじゃそれ一枚着て踊ったりカメラの前で着替える動画を全世界に晒すという成人の儀式で有名なデジタルマオリ族の民族衣装じゃないこのまんまお買い物したって道ゆく男が全員自家発電機を起動させるわけでも」
「いいから 上着を羽織れ!!」
久しぶりに聞く萌葱の怒りに思わず背筋が伸びる
「ここはスーパー、荒川みたいな犬畜生の巣食う自然界とは違う、人間の世界なの‼︎」
萌葱がいつの間にか取り出した何かが顔面にヒットして、ビシャッと間抜けな音を発させた。
「入るんだったら人間のコスプレくらいちゃんとしろ!!」
手に取ってみるとビニールパックに包まれたブカブカのジャージのようだ。大学やバイト先でもないのに、こういうところにまで気を使ったりという面倒を厭わないあたり、萌葱のやつはよくやると思う。
この辺のオンオフがお互い逆ならもう少し怒らせることが減りそうな気もする。
アンコントロールウェザース 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224
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