七色の鍵をおいて

藤泉都理

七色の鍵をおいて




 ああ、これは白日夢だ。

 その自覚はある。

 今、俺はハッキングに勤しんでいるはずだからだ。

 大企業だろうが、大国家だろうが関係ない。

 依頼主が望む情報を盗み出し、提供し、金を得る。

 その繰り返し。

 今も。

 三台のパソコン画面に挟まれて、キーボードを軽やかに叩いている。

 はずなのに。

 俺は地図と鍵を持って町中を歩いていた。

 目的地は、卍という見知らぬ記号が記された場所。

 卍。

 どこかで見た事がある記号だったが。何だったか。


 右へ行って、まっすぐ行って、また右へ行って。

 まっすぐ行って、左へ行って、まっすぐ行って。

 首を大きくのけ反らなければ頂上が見えないほどの長い階段を、登って登って、足が棒になるほどに登って。

 俺を出迎えてくれたのは、古めかしく、仰々しく、緻密な木造建築。

 この歴史を感じさせる木造建築からか、もしくは、この木造建築を含む空間からか。醸し出されるのは、静謐で厳粛な空気。

 入る資格がないと二の足を踏む俺に話しかけてきたのは、作務衣姿で丸坊主の男性だった。


 鍵をお捨てなさい。

 そうしたら、あなたは入れますよ。


 男性は言った。


「いや、俺は」

「おや。あんなに長い階段を登って、身体を酷使してここまで来たのに、何もなさずお帰りになるのですか?」

「ああ。ここまで来られただけで十分だ。です。それじゃあ」

「そんなに鍵は大切ですか?」

「ああ。俺の。何の鍵だったか。わかりませんが。大事な鍵なので、捨てられません」

「そうですか。これがそんなに大事ですか?」

「え?」


 いつの間にか、男性は俺が手の中に収めていた鍵を持っていた。


「返せよ」

「嫌です」


 にっこり。

 男性は天真爛漫な笑顔を見せると、鍵を握り潰しては、空へと放ったのだ。


「わあ。綺麗ですね。流石は、大切にされていた鍵だ」


 男性は粉々になった鍵を放ったあとにできた虹を見て、拍手を贈っていた。

 俺は、というと、大事な鍵を破壊された怒りで、男性に殴りかかろうと地を蹴って、男性との距離を縮めようとしたのだが。


「まあ。あなたはすぐに鍵を創り出すでしょうし。まだまだここには来ないでしょうが。いつかは。来る日を私はここで待っていますよ」


 ひらひらりと。

 華麗に飛び遊ぶ蝶のように片手をはためかせ、男性は姿を消した。











「お。今日も仕事が早いねえ。流石は、優秀なAIロボットちゃんだ。俺たち人間と違いますなあ」

「どうも」


 データを自分の電子機器にダウンロードした人間の相棒は、依頼主に渡してくるわと言って、この閉塞空間から出て行った。


「仏教やヒンドゥー教において幸運や吉兆を意味する。日本の寺院の地図記号でもある。か。ん?お寺体験?座禅?写経?滝行?護摩行?」


 あの記号を調べる中で突然映し出された動画広告を消そうとした。

 のだが。




「本当に、あんたは待っているのか?」




 俺は微笑を浮かべてのち、三台すべてのパソコンの画面を落として、自分の電源も切った。


 もう少し待っててくれよ。

 そう、呟いて。











(2024.9.19)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七色の鍵をおいて 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画