捜査編(Dパート)
都内最安値のコーヒーを出すレトロモダンな内装のコーヒーチェーン店。その一角のボックス席に腰掛けつつ、窓の外をみやりながら、つばめは頬杖を付き、事件のことを思い返していた。
さくらはというと、お昼を兼ねたいという理由からホットドックにかぶりつきながら、手帳に書きつけた事件の情報をまとめている。
「キャップ。やはりあかねさんが犯人だと見ていらっしゃいますか!?」
「まあ十中八九そうでしょうね。動機は別としても、状況的に見て彼女が怪しいわ」
「そうでしょうか? あのユウトさんという若いヤクザが怪しいと見ました! 何しろヤクザです。それに、着物を捨てたのも彼だと言っていました!」
理屈でいえば確かにそうだが、ユウトが殺した線は薄い、とつばめは見ている。カンに近い予測ではあるが、実行犯は恐らくあかねで間違いない。
「彼はあかねさんと近い位置にいる人だとは思うけど。仮に彼が殺したのなら、あかねさんと別れた直後の佐藤さんを殺しに行ったということになる。そんなの、ずっと監視でもしていない限り無理があるわ」
「では共犯でしょうか?」
「協力関係にあるのかもしれないけど、共犯かはわからないわね。それはまあ、
「何がわからないのでしょうか!?」
「刺創の向きからみて、一度は縦から突き刺して、そのあと地面から並行に何度も刺した。これはまあ、理屈で分かるわ。佐藤さんが地面に顔をつける形で倒れたあと、体の横から刺した。でも、わざわざそうした理由がわからないのよ。殺すだけなら、首以外を狙えばいいわけだし」
「えっ、お分かりになりませんか?」
さくらが手についたケチャップを紙ナプキンで拭き取りながら、首を傾げて言った。
「……えっ? もしかして、わかるの?」
雪か槍でも降るのかと思った。さくらは刑事として致命的な欠陥を抱えており、人を疑うことを知らないほど素直なのだ。推理についても芯を食った話をすること自体が珍しい。それを、つばめがわからないことに目星がつくなど初めてのことだった。
「わかるも何も! とっても簡単なことです! 被害者は地面に転がっていたのですから、地面に対して垂直に傷をつけようとするなら、体を跨がなくてはいけません。よって思うに、犯人は体を跨ぐことができなかったのではないでしょうか!」
「跨ぐことができないってあなた……どんな状況?」
さくらはホット抹茶ラテをふうふう冷ましながら、またも事もなげに言った。
「簡単なことじゃないですか! そういう服装だったんです。あかねさん、着物を着てらしたって仰ってたじゃないですか! 着物は裾捌きといって、歩くのが少し難しいんです。とっさに人を跨ごうとするのは、難しかったんじゃないでしょうか!」
確かにそれなら、わざわざ体の横から刺そうとした理由もつく。全く思い至らなかった。さくらは素直なだけあって、理屈が分かっていれば的を得た発言をすることもあるのだ。しかし謎はまだ残っている。
「ところでキャップ。小柄なあかねさんが犯人だとすれば、どうにかして佐藤さんの首を攻撃したことになります! 私が想像するに、ジャンプでもしないと難しそうですが──それはどうやったのでしょうか!?」
つばめはさくらに顔を近づけて、真顔で囁いた。
「……わからない?」
「……わかりません!」
つばめはさくらの背中に手を回して、指を立てて彼女の首へ指を突いた。
「オトコとオンナよ。わざわざ首の後ろを攻撃する機会なんて、自分が押し倒されてその反撃をした時くらいしかないわ」
さくらは少し顔を赤らめて、なるほど、とコチコチになりながら顔を遠ざけつつ、ボールペンで手帳にメモを始めた。
「そ、それなら、帯が地面に押し付けられるので……何か残ってたかもしれませんね!」
「処分されてなけりゃね……まあ、残ってないものを悔やんでもしょうがないわ。それより、どっちにしろ凶器を残していった意味が通んないのよね……」
その時、つばめのスマホが震えた。相手は廣瀬だ。店内であるにも関わらず、つばめは通話を開始した。何かわかったのかもしれない。
『おう、三条。検死結果が上がってきたぜ』
「あら重畳。で、どうだった?」
『刺創についてだが、ありゃあ地面から垂直の傷のほうが致命傷だ。つまり、それ以外の傷はその後についたものだって推測になる。あと、ここからが肝なんだがよ。垂直についた傷とそれ以外の傷は、ありゃあ別の刃物が使われてるぜ』
「別の刃物?」
『刃渡りが微妙に違うんだ。それに、傷口内部に、リグナムバイタって木の繊維が残ってるのも気になる』
「キャンプで使う木かしら?」
『薪に使う品種じゃねえみたいだがな。そうそう、中村
つばめは唇に触れながら、しばし思考を巡らせた。だいたいの材料は出揃ったが、さらにわからなくなったことがひとつ。真の凶器がまだあるというのなら、犯人はなぜそれを隠し、わざわざナイフを現場に残していったのか?
『三条キャップ。電話代わりました、中村です』
眠そうな声に若干の同情を感じながら、つばめは改めて用件を聞くことにした。
「どうしたの、中村キャップ」
『ちょっと面倒なことになりましてね。黒崎会の堀内ユウトが自首してきたんです』
「なんですって?」
つばめはがば、と思わず立ち上がる。そして、その行動が最後のピースになって、かちりと脳内でパズルが完成したような気がした。
「堀内ユウトはシロよ。指示なのか自らの意思か──それはわからないけれど……」
『でしょうね。今何人かで尋問してますが、自分がやったとしか言わないんです。やったならやったでどうやったのか言いそうなもんですがね……僕の見立てじゃ、誰かかばってますよ』
それを聞いてつばめは唇をなぞり、指を鳴らした。全てが繋がった。スマホの通話を切断すると、つばめは残りの湯気の失せたコーヒーを煽り、一気に飲み干した。
「中村キャップ、ありがと。また後でね。……さくらちゃん、出るわよ」
「どちらに出るのでしょうか!?」
「決まってるでしょ。秩父山中のあかねさんがいるキャンプ場よ」
「と言って、三条警部補はキャンプに出発し……ってダメよさくらちゃん。いいのよここは別に『容疑者への事情聴取のため臨場し』で。まるでわたしがキャンプ行っちゃうみたいじゃないの」
「ダメでしょうか!?」
さくらの書く捜査報告書の原稿が赤ペンで添削されて返ってくるのは、もはや恒例行事になってしまっている。今日は六時を過ぎて残業中だ。さくらは放っておくといつまでも帰ろうとしないので、きちんと仕上げるのを見届けねば心配で仕方ない。
「わかったから、ここまで完璧にしておいて。あとはわたしが引き受けるから」
鋭く元気の良い返事と共に、再びさくらが机に向かうのを見届けて、つばめはコーヒーカップを持ち上げ啜ってから、椅子を回転させて『こちら』へ目線を合わせた。
「さて。あかねさんの犯行はシンプルだったけど、それ故に今のところ決め手になる証拠が見つかってないの。だから私、逆に罠を仕掛けることにしたわ。どんな罠か──ヒントは『ユウトは何故自首したのか』。みなさんも考えてみて頂戴。三条つばめでした」
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