捜査編(Aパート)

 警視庁組織犯罪対策ソタイ四課の中村警部補は、強面揃いの四課において、ベビー・フェイスの異名を取る優男である。

 ヤクザというのは当然押し出しが強く、自分より弱い態度に出る者とそうでない強者を見分ける能力に長け、前者を嗅ぎ分けるや否や、警察だろうがなんだろうが容赦なく弱みを突いてくる。

 中村はその優男ぶりに反し、何故か相手にそうした弱みを突かせない。不思議とヤクザという人種と相性が良いのだ、というのが持論だ。だからといって、死体となったヤクザとまで絡まされるのはぞっとしない、といつも思う。

 殺し──それもヤクザ組織黒崎会の大幹部・佐藤勇作が殺された一報は、早朝に届いた。

 その日、貸し切り状態になっていた料亭の裏手側──その料亭が借りている駐車場の奥側で、首にナイフが刺さった状態で佐藤が見つかったのは、料亭が閉店になった後のことであった。

 その日、佐藤は自らの渡世の親である故・黒崎の妻、あかねと会っていたが、彼女は二十分ほどの会談のあと、飛び出すように帰ってしまったという。佐藤はそれを追うように傘も差さずに出ていったが戻らない。

 佐藤は子分を車で呼び出し、店の前に乗り付けて移動していた。会計も先に済んでいることだし、なにより佐藤がヤクザだということは周知の事実だったので、料亭の人間は不審には思ったが深くは詮索せず、そのまま店を閉めた。

 その日は雨が降っており、駐車場近くは街灯も少なく暗かったため、発見されたのは早朝五時。雨が上がって、夜が白んできた頃だった。

 通報を受けた機動捜査隊キソウの初動捜査により、佐藤が黒崎会の若頭であることが判明し、朝早くから捜査四課の黒崎会担当である中村が呼び出されたのだった。

「参りましたねぇ……ほんとに死んでるじゃありませんか」

 寝起きに叩き起こされて死体の見分、というのは刑事の宿命のようなものだが、いつでもうんざりしてしまう。寝癖だらけの髪をぼりぼり掻き、遺体ホトケの前でとりあえずの手を合わせてから、シートをめくる。佐藤に間違いない。スーツの袖口からも見える、入墨の見切りの特徴も一致する。

「現場責任者は誰です? 仁義を切っときたいんですが」

 組対四課が懸念するのは、黒崎会の跡目争い──そこから派生する内部抗争である。もしこれが佐藤と敵対する誰かの犯行だとすれば、黒崎会の頭を抑えなければ市民に危険が及ぶ可能性がある。殺人事件という括りで言えば、現場責任は捜査一課にあり、四課はそれに相乗りするような形だ。一課に筋を通す──まるでヤクザのような理屈ではあるが、話を通す重要性は、どの時代どの組織も一貫している。

「誰かと思やぁ中村警部補キャップじゃねえかい。出世してっか?」

 鑑識班の制服を来た中年の男が、きさくに声をかけてくる。その声に、中村は少しばかり眠さから覚醒した。

「これはこれは、廣瀬さんじゃありませんか! ええと、日本橋の時以来ですね」

「相変わらず慇懃だなおめえは。俺は警視庁ホンテンの鑑識課に出戻りよ」

 廣瀬は鑑識一本で都内を渡り歩いているが、年も離れた先輩ということもあり、何かと可愛がってもらった仲だ。縦社会であるが故に、現場で見知った人間がいるのはありがたい。

「廣瀬さん、現場責任者は誰です? 黒崎会は跡目でモメてましてね。一課といえども、不用意に触ると面倒なことになるかもしれないんですよ。情報共有もしておきたいですし」

「あー……一課の担当は三条なんだが、今ちっと外してる」

「三条って……三条さんですか? 一課きっての有名人の」

「そう言うな。ヤツぁデキるんだぜ。近くにコンビニあったろ? 死体の顔は見終わったから大丈夫、朝飯をまだ食ってねえなんて言いやがってよ」

 はぁ、とどデカい溜息をついて、わかりましたなんて覇気のない返事をする。三条つばめ警部補。捜査一課の中でも別格の変人として名高いとの噂だ。

 会うのに気乗りしない。

 朝から変人などと言われる人種に会うのは、カロリーがかかる。中村は本質的に人嫌いなのだ。しかし仕事のためには仕方がない。

 コンビニの前まで来ると、背の低いスーツの女──髪留めで髪をアップにしており、足元はスニーカーだ──が、アンパンと牛乳を流し込んでいる。そのそばを通り過ぎると、自動ドアを明けた。

 よく通る、少しハスキーな声で、何やら店員に尋ねているものがいる。

「ごめんなさい、ここのコーヒーってデカフェはないのかしら? わたしね、朝から普通のコーヒー入れるとあんまり調子よくなくて……」

「すんまっせっす。うち、デカフェはやってねっす」

 金髪のバイトがよくわからない言い回しで断りを入れるが、客──細身の男で、髪型はツーブロック。前髪が長く左目が隠れてしまっている。ど派手な花柄のドレスシャツに、ベストを合わせたスーツスタイルで、その足元は高いヒールだ──は構わず喋っている。

「あらそうなの? でもその……スムージーと普通のコーヒーって雑味が多いから……どうしようかしら。ココア? これいいわね。甘くないやつなのこれ?」

「最初から甘いやつっす」

「えっ、そうなの? あらやだわ、そうよね。普通は甘いものね……あっ、じゃあこのペットボトルの温かいお茶にしましょ。ごめんなさいね迷っちゃって。コンビニって色々あるから困っちゃうわ」

 男はふふふ、とほほえみながらスマホを取り出し、バーコード決済を済ませて出口へ──つまり中村の前に歩いてきた。

「三条キャップですね?」

「えっ、誰? いやだわ、ごめんなさいね。仕事柄顔はすぐ覚えるんだけど……」

 中村は三条を案内するように出入り口のそばへ導くと、警察手帳クロパーを見せた。

「はじめまして。組対四課の中村です。三条警部補のお噂はかねがね」

 四課と聞いた途端、三条はぱあ、と表情を明るくして笑顔を見せた。

「あら。私、安田院課長とは教場が別だけど同期なの。捜査講習も一緒だったのよ。元気してる?」

「はあ、まあ。あの、僕四課で黒崎会の担当で。被害者ガイシャが若頭だったの、もう聞いてらっしゃいますか」

「いやだわ、中村キャップったら。階級が同じなんだから、別に敬語なんていいのに。……一応、初動捜査で判明したことについては把握してるわ。捜査も目星をつけてる」

 目星?

 本格的な捜査や見分が始まって、まだ一時間か二時間と言ったところだ。

「キャップ! 朝ごはん買えましたか!?」

 コンビニのそばに立っていた若い女が、ゴミを袋にまとめながら敬礼した。

「さくらちゃん、えらいじゃない。全部食べられたの?」

 さくらと呼ばれた女は褒められたのが嬉しかったのか、胸を張って応えた。

「例えご遺体を見た後でも、朝ごはんをしっかり食べないと捜査に支障をきたしますからね! 正直に申し上げますと、今回のくらいであれば慣れました!」

「よろしい。刑事は体力勝負だから、早く慣れるのよ」

 そう言いつつ、つばめはストローでスムージーをずるずる啜る。中村はそんな二人を怪訝そうに見ながら、つばめの言葉を促した。

「それで、目星は付いてるっていうのは…?」

「現場はもうご覧になったかしら?」

「ええ、まあ。首の後ろを刃物で刺されてましたね。廣瀬巡査部長ヒロチョウさんの見立てじゃ、首裏を刺されたことによる失血性ショックでほとんど即死だそうで」

「中村さんは、どんな犯行だったと考えてらっしゃるのかしら」

「僕の場合は最悪の想定になりますが、佐藤と跡目争いをしてる黒崎会の舎弟頭、河本の手によるものじゃないかと疑ってます。佐藤は若頭で、常識から言えば二代目は間違いないんですが、やつは人望が無くて……」

「んー……最悪ってことならそうかもしれないわね。でも、私の考えは少し違うの」

 つばめはスムージーを飲み終わると、さくらと一緒にごみを捨て、現場の方向へ手を差し伸べた。

「まだ遺体はあるはずよ。ちょっとご一緒しない?」



 現場はあらかたの情報を取り終わったということで、鑑識班の数は半数になっていた。規制テープをくぐり、つばめは遺体のそばへ立った。

 めくると、苦悶の表情を浮かべた佐藤が現れた。反射的に、しかし事務的にならぬように手を合わせる。刑事の基本だ。

「さくらちゃん。どう思う?」

「大変苦しそうに見えます!」

「……そりゃ亡くなってるんだからそうよ。よってハズレ。中村さんはどう思う?」

「顔に砂利がついてますね。うつ伏せで亡くなったんですか?」

「さすがね。彼は首の後ろに刃物を刺されて、うつ伏せのまま亡くなったの。でも、それだとおかしいことがあるのよ。何故犯人は首の後ろなんか刺したのかしら。さくらちゃん。凶器はなんだった?」

「刃渡り六センチのモーラナイフと呼ばれるキャンプ用のナイフだそうです。一般販売しているもので、販売ルートから追うのは難しいとのことでした!」

 佐藤の首には、モーラナイフが体と並行に突き刺さっていた。除去されたそのナイフの刃には、佐藤の血液が付いているので、凶器として使われたのは間違いない。

「特段おかしなふうには思えませんが」

「ところが変なのよね。死亡推定時刻は昨夜十時頃。この駐車場、砂利を敷いただけの殺風景なところで、ライトやカメラは無い。中村キャップ、あなたの言うとおり敵がナイフで襲ってくるとしたら、どんな風に後ろから襲いかかると思う?」

「そりゃあ、首裏にナイフですからこうやって振りかぶって──あ」

 中村は振りかぶって下ろしたときに、その違和感に気づく。佐藤は百八十センチはある。よほどの巨人であれば、刃を寝かせても届こうが、わざわざそうして寝かせて突き刺す意味はあまりない。不自然なのだ。

「それによ。妙な点がある」

 廣瀬が三人の後ろに立って、佐藤の傷を指差した。

「さくらちゃん、ちょっと遺体の首元見えるようにしてみな」

「はい! ……何度も刺した傷跡がありますね!」

「それよ。被害者の刺創の大半は横に寝かせた傷だ。致命傷に達してるものもある。だが一個だけ縦──中村がちょうどやったみてえな動きでついたんだろうって傷がある。おそらく、これがトドメになったんだと考えられる。正確なとこは検死待ちだがよ」

 つばめは近くにいた作業員に声をかけ、遺体を運び出すように段取りをつけ、大きく伸びをした。

「さて。中村キャップ、付き合ってくれてありがと。ここまで見てもらえば、少なくとも内部抗争じゃなさそうっていうことが分かったんじゃないかしら?」

「確かに……少なくともプロの殺しじゃなさそうではありますね」

 中村もそれなりの場数を踏んだ刑事だ。よって、この現場の不自然さも理解できる。仮にも組の跡目を取りそうな男を殺すのに、極道プロならばこんなずさんな殺しはしない。ヤクザの殺しはもっとスマートだ。そもそも現場に凶器を残すような真似はしない──。

「しかし、キャップ。ヤクザの殺しではないとすると、一体誰が容疑者なのでしょう? 通り魔でしょうか!? 緊急配備キンパイが必要なのでは!?」

「それにはちょっと時間が経ちすぎね。でもアテはあるの。さくらちゃん、さっそく行きましょうか」

 背中を見せて去っていく二人に、中村は慌てて立ち上がり声をかけた。

「三条キャップ。もし差し支えなければ、黒崎会につなぎを入れときましょうか? あと、必要なけりゃ構わないんですが、参考資料も用意しとくように四課ウチにも繋いどきますよ」

「ぜひお願い。なにが参考になるかわからないし、先方からあんまりやいのやいの言われるの、好きじゃないから」

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