第31話 最も汚れているモノ⑤


 ――翌日。


「色々ありがとな、兄ちゃんたち!」


 目を覚ましたチール少年。


 昨日のことを思い浮かべ、すっきりした口調で話すが……。

 誰が見ても無理をしているのは明らかだった。


「姉ちゃんはもういないけど……俺はもう大丈夫!」

「おう! 男なら気張って行けよっ!」


 男も女も関係ないが……月並みなことしか言えずに申し訳ない。

 これ以上俺たちにできることは何も思い浮かばない。


「それじゃあ……元気でな!」

「おう! いつか……いつか俺も兄ちゃんたちみたいに強くなって困ってる人を助けるから!」


 ◇


 少年の家を出て、ドッペルゲンガーの母が居を構えていた場所に戻る。

 大きな……人間が入るくらいの袋がもぞもぞ動いているが、気のせいだぞ!


「出てこい」


 そして、『封魔石』からその母を呼び出す。


「……いったいどういうつもりですか?」


 母から憤りの籠った疑問をぶつけられる。

 ま、本人は死ぬつもりだったみたいだし当然の疑問だろう。


 あの時、チール少年だけは気づかなかったが……彼が壊した魔石は俺が元々持っていた物。

 そこでタイミングよく『封印』したという訳。


 何故なら……このドッペルゲンガーを生み出す能力があまりにも魅力的だったからだ!


 自分の好きな子に変身させ……そして好きなことができるとか……!

 正直村長が羨ましすぎたからなぁっ!


「私としては、寧ろあなたに聞きたい。どうして自ら死を望むようなことを?」

「……それは……」


 ノノさんがえらくまじめに問いかける。

 そんなのどうでもいいでしょ! 知らない同族より便利な魔物! それで十分!


「……私は見ての通り、ここで罠を張り獲物が来るのを待つしかできないのだけど……正直、うまくいかなくて……」


 そりゃ……村から近いとはいえ、こんな場所にあったらなぁ……。


「そこにある日、村の長を名乗る男が現れてこういったの。『罪人を餌に持ってきてやるから、その姿を模したドッペルゲンガーを生み、村人として暮らさせてほしい』と。私としても、いたずらに人を襲うつもりはなかったけれど、背に腹は代えられず……罪人ならばとそれを受け入れました」

「罪人……?」


 確かに、ピューレさんは盗みを働いていたそうだが……。


「私の子たちは、血液や体から生体情報や記憶を読み取ることができる。しかし……人間の善悪の基準は……正直判らなくて……」

「……」

「そして村長に言われるがまま……あのような幼い子の姉を……」

「……そう」


 ノノも、何とも言えない表情をしていた。


 母としては、人間とうまく共存しているつもりだったのだろう。

 しかし実際は……村長の望む人間を殺し、更には好き勝手にできる人形を提供してしまっていたということか。


「我が子たちも、人間には逆らわず、危害を加えず、うまく生きていくように伝えていたから……それが裏目に出てしまった」


 本来は人間の敵であるはずのドッペルゲンガーだが、彼女らは人間と共存を望み……村の人々を守るべき長は私利私欲のためそんな魔物を利用して村人を食い物にし、幼い村の子は唯一の姉を奪われた。


「私は……幼子から大切な家族を奪ってしまった。私に母を名乗る資格はありません。どうか、このまま殺してください」




 これからどうすればいいのか、1つだけはっきりしていることがある。


「そんなことどうでもいいよ。お前は俺の僕だ、勝手に死ぬことは許さない」

「……うぅ……」

「まず、手始めに村長のドッペルゲンガーを用意しろ」

「……え?」


 大きな袋から、村長を蹴りだす。


「もごっ!? もごごごっ!!!」


 当然今までの会話全てを聞いていたであろう村長が、必死に暴れて抵抗する。


「そんで、そのドッペルゲンガーに命じろ。村を……特に子どもを守り、繁栄させろと」

「……!」


 母は無言でドッペルゲンガーを呼び出す。


「やめっ! やめろおぉぉっ! 貴様っこんなことしていいと思ってるのかっ!?」


 猿轡が外れてしまったか、村長が喚く。


「完全に自業自得じゃないか。村人の生活を守る、お前に罰を与える、ついでにこいつの憂さも晴らせる。良いこと尽くめだ」


 最も邪悪な者とは、何も知らない人を自分の利益のために利用する者だと……とあるギャングが言っておりましてな。


「さぁ、可愛い我が子……お食べ」


 顔のない、感情も記憶も心もないマネキンが村長ににじり寄る。


「やめっ! 本当にやめてください! 何でもするっ! 何でもするからぁぁぁっ……あぁーっ!?」


 マネキンが村長を包み込み、グチャバキッと……。

 ……グロっ!


 やがて、瞬く間に村長に似た――いやその顔は以前の醜悪なものではなく、穏やかな笑みを浮かべており、ふくよかな体も相まって……とてもいい人そう!


「綺麗な村長」

「ほんとだ! 綺麗な顔というか……人のよさそうな顔だな!」


 姫様に聞いた物語通りだ! ってことは、やはり母が泉の精霊で間違いないってことか……。

 水を自在には操れなさそうなのが残念……。


「これで……いいのでしょうか……? 少年のために――」

「ん? さっきも言ったが、そんなことは知らんぞ!」

「えぇ……」


 救われたと思ったか? 残念、勇者家業はとっくに終わっているのだ!

 それに俺は勇者じゃないし!


「これからお前にはたくさん、休む間もなく働いてもらう。後悔とか罪悪感を感じる暇などないくらいにな!」

「……はい……」

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