第30話 最も汚れているモノ④
「そんな……兄ちゃぁーん!」
チールの叫びが響く。
その叫びを聞きながら、泉の中の俺は何者かに纏わりつかれていた。
「人型の……なんだ?」
全身が肌色だが顔のない、まるでマネキンのようなソレ。
俺に触れられないことに焦っている様子が伝わってくる。
「残念だったな! 今の俺は世界一安全なのだ!」
そう、俺を包んでいる優しい光は精霊の発した怪しい光ではなく、ノノの『結界』なのだ!
仕方なく、本当に仕方なくチールのために姉の異変の原因を調べるために泉に入ってみたのだが……泉の底にあるものは……。
……もう十分だな。
後はマネキンの正体だが……。
「兄ちゃん……うえぇ……うえっ!?」
「チールよ、兄は無事だぞ!」
泉からマネキンとともに浮上し、その安全を伝える。
ノノさんはいつも通りボーっとしている。
「……あなたは何者ですか?」
「精霊さんこそ……いや、お前こそ何者だ?」
目の前の美しい女性……の姿をした何かに問いかける。
「……潮時、ですか。村長は……いえ」
おや、思いのほか諦めの早い。
というか村長の名前が出てくるということは、やはり彼もグルだったということか。
「私は……そう、あなたたちで言うドッペルゲンガーを生み出す存在。この子たちの母」
そう言って、マネキンを呼び出す美女。
彼女の言う通り、マネキンを撫でるその手は……まるで母親のような手つきで……。
「私に戦う能力はない。殺すがいい」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 姉ちゃんは!? 姉ちゃんはどうなるんだ!?」
チールの姉、ピュール。
もちろん、村長の家にいたアレはドッペルゲンガーが化けた存在だろう。
「……それは……」
「……?」
驚いくべきことに、ドッペルゲンガーの母は……真実を言いあぐねているようだった。
この小さな少年の怒りが、切なさが……わかるとでも言うのだろうか。
泉の中で俺が見た物。
それは、様々な生物の骨。
恐らくあれは、ドッペルゲンガーを生み出す贄にされた後、そのまま殺されてしまった者たちの骨だろう。
「……あなたの姉は……」
「……うぐぅぅぅっ! うぇぇぇ~……」
チールの方は……大方予想はついているのだろう、涙が止まらない。
このまま聞かせてもいいのか? どうすれば……!
「……お前の本当の姉は! 私が殺してやったわ!」
「――っ! 姉ちゃん……嘘だ……」
ドッペルゲンガーの母は……遂に覚悟を決めたようだった。
「くっくっく……! その声、その表情! 姉によく似ているぞ!」
「おまえ……!」
「お前の姉も最期まで……お前の名を呼んでいたわっ! 『チール、チール』とな! お前がチールだったとは!」
「おまえぇぇぇーっ!」
ドッペルゲンガーの母は泉の水を噴き上げさせ、そこから何かを取り出す。
「憎々しいが、私自身戦う力はない。そこの男にはとても敵わぬ。そこで、だ」
手に持ち、掲げたのはかつて餌となった人間が使っていたであろう、ボロボロの剣。
「敵を討つチャンスをくれてやろう! ここに……この胸にある魔核を壊せれば私は死ぬぞ! ほれ、やってみろ!」
「……うぐぅっ!」
人で言う、心臓の部分を示しながら挑発するドッペルゲンガーの母。
血走った目で彼女を睨みつけ、剣を取るチール。
「はっはっは……あーっはっはっは! 人間なんてっ! 人間なんてぇっ! 早く殺せぇーっ!」
何でだろうか、魔物が何でこんなことをするのだろうか。
わからない。わからないけど……その目の奥にあるのは悔しさと……悲しみのような気がして。
くいくいっとノノが俺の服を引っ張る。
……わかってるよ。
「死ねーっ!」
「待つんだチール! その核は本物じゃないぞ! 本物は……泉の中にあったこれだ!」
そう言って別の魔石を掲げる。
「……え?」
「なっ!? 何を――」
「そいつは悪い魔物だからな! お前をだまそうとしていたんだ! さぁ、こっちの魔石を壊すんだ!」
戸惑うチール、そしてドッペルゲンガーの母。
「……う、うわぁぁぁっ!」
しばしの逡巡の後、チールが俺の出した魔石を破壊した。
同時に、眩い光がドッペルゲンガーの母を照らし出し――。
「こ、これは――ぐぁぁぁぁーっ!?」
断末魔を上げ、跡形もなく消えてしまった。
「うぅぅぅ~っ! うぅ……」
やがて、チール少年も精魂尽きたか倒れこんで気絶してしまったのだった。
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