第27話 誰もが恋敵

鎮陵王をあのような荒れ果てた偏院に泊まらせるよう手配したのは、誰もが知っている噂のせいだった。彼は鬼王であり、長年乱葬崗の上に建てられた王府に居を構えている。その体はすでに陰気に蝕まれ、性格までもがゆがんでいるとされていた。


南立松は、そんな噂のある鎮陵王と大事な貴賓が接触することは避けたかった。下手に顔を合わせて、気性の荒い彼が何かをしでかせば、門の不手際と言われかねないからだ。だから、偏院に泊まらせた。とにかく、彼の命が無事であれば、扱いがどんなものであろうとも、皇室から文句を言われることもない。


ましてや、皇太子と鎮陵王のやり取りを聞けば、皇太子は鎮陵王がひどい扱いを受けるのを楽しんでいる様子さえ見て取れる。


だから、大夜皇室は何とかなる。しかし、他国の来賓は別だ。内々の事情は来賓に知られてはいけないのに、誰が漏らしたのだ?立松は考えを巡らせていた。


目の前の美男子は、四昭国の第三皇子である。名を郁鳳池といい、四昭国第三皇位、王座に就く可能性が最も高い一人である。


南立松の心には、愛娘の婿候補が何人かいた。その中でも最上位にいるのが、大禹国の䔥王と、目の前の郁鳳池だった。しかし、門が属する国は大夜。この二人の鎮陵王と大夜国に対する姿勢を把握するまでは、鎮陵王の事情を軽々に知られてはならないと考えていた。


郁鳳池は、争いを好まない性格だと言われている。しかし、彼の母親は皇帝の最も寵愛する徳妃である上、彼の容姿も最も皇帝に似ているため、皇帝は彼のことを溺愛していた。それゆえ、彼の皇位は第三位であるにもかかわらず、母親が皇后である第二皇子の二人の中から皇太子が選ばれることになっていた。


容姿、実力、どちらも大夜皇太子はこの二人には到底及ばない。四昭の鳳、大禹の䔥、この二人は、世間のすべての男子がうらやむ才能、容姿、地位を持っており、世間のすべての女子が夢見る最高の夫の象徴であった。


しかし、仙気門は大夜に属している。

愛娘を皇后にするには、将来の皇帝である大夜の皇太子と結婚させるしかない。仮に娘が他国に嫁に行っても、仙気門の聖女であるということだけでは、皇后をの地位を争うには十分ではない。基盤も足りない。鳳凰の命格を背負っているというだけでは、国民を納得させられないのだ。


したがって、この三大国を見渡し、立松の考える将来の婿候補は、郁鳳池は大夜皇太子に次ぎ2番目、䔥王は3番目になる。


もし初雨が本当に悟りを開き、才能、手段、策略を駆使し、皇太子の心を掴みあの二人の支持を得ることができたら、彼女が皇后の座についた暁には、万人が崇める最高の存在になるだろう。


心中では紆余曲折のあった立松だが、何事もなかったように軽く頭を下げて言葉を返す。


「三皇子、ご心配いただきましてありがとうございます。鎮陵王は賑やかなのを好まれないとのことでしたので、偏院に泊まりたいとのご希望でした。この火事は、最近空気が乾燥していますので、ちょっとした不注意からのものかと存じます。すぐに消火いたしますので、鎮陵王の無事に救い出して御覧に入れます。ご来賓の皆様におかれましては、まず宴会場へお越しください。私が自ら鎮陵王をお連れしますので、宴会もすぐに始めたいと存じます。」


南立松はそう言って、洪氏を連れ急ぎ足で偏院に向かった。


郁鳳池は涼しい目で向こうの火を見て、悠然と微笑んだ。


「鎮陵王が自分から偏院に泊まりたいなんて言うとはな。」


彼は独り言のようにそう口にすると、笑顔のまま首を振った。


その傍らで、口元に赤いほくろのある、豪華な服を着た少年がクスクスと笑いながら言った。


「もし鎮陵王に何かあったら、三兄貴は聖女と結婚する機会があるんじゃない?」

「宏祺、私はここに婚約を求めてやってきたわけではない。この話はもうするな。」


郁鳳池の表情は真顔に戻っていた。そのまま踵を返して去っていく。その仕草一つ一つが竹のようにしなやかで見る者を魅了するものだ。彼が去った後には品のある松墨の香りが漂っていた。

周囲に控えていた侍女もうっとりとした様相で、彼を見送った。


「ふん、婚約を求めに来たわけではないだと?信じるやつがいるか?」


宏祺という豪華な服を着た少年の、張り付けたような笑顔は、一瞬にして嘲笑に代わる。そばに仕えていた家来が静かに注意すると、彼は嫌味を見せないようにしているのか、人懐っこくてかわいい表情を作る。


もう一人の水色の服を着た別の男性は、彼をちらりと見ると、意味不明な笑みを浮かべる。


「宏殿下、三皇子と仲がよろしいのですね。」

「赫小候爺と夏朝国の君主との関係も良好であると伺いました。」


赫小候爺、夏朝国の君主の従兄弟である。皇室の諜報部によれば、赫小候爺夏殷赫と君主は男色の関係であり、后宮で混乱を起こしたとされ、疑惑を避けるために過去2年間研修のために首都を離れていたと聞いていた。しかし、今回この仙気門に現れるとは、誰も予想していなかった。


”もしかして、夏殷赫も鳳命聖女南初雨を狙っているのか?”


気が付いてみると、皆が聖女を狙う敵同士だ。


宏祺の言葉にやりこめられた夏殷赫は、その情報の速さと使い方に不快感を覚えたのだった。



来賓の間でのやり取りは、さほどの時間もかからずに南初雨の耳にも届く。


「小姐、郁三皇子は本当に素敵なお方です。もし彼から婚約を求められたら、小姐はお受けになりますか?」


初雨のそばに控える丸みを帯びたかわいい顔立ちの侍女、青杏は初雨の専属の侍女である。郁鳳池の熱狂的な信者である彼女は、彼の話となると目が桃色になり、ほかの話を一切しなくなるほどである。

今回の来賓の一人に彼が入っていると聞いた彼女は、すべてにおいて日頃より一層気が入っていたのだった。


もう一人の侍女青桃は、青杏の話を聞いて、口をすぼめる。


「郁三皇子は確かに格好いいけれど、我らが皇太子も負けてないわよ。そもそも、私たちは大夜国の人間よ。小姐はやっぱり皇太子殿下と結婚するのが一番よ。」


青桃は頑なな皇太子の信者であった。


「皇太子は確かにいいけど、郁三皇子はもっと小姐を大事にしてくれると思うわよ?」


青杏は納得できなかった。皇太子夜君浩は確かに見栄えもよく気品に満ちているが、その性格は傲慢で、郁三皇子ほど人を安心させる男ではないと思っていた。


「皇太子殿下が小姐のことを大事にできないなんて、どうしてそんなことを思うの?小姐はこんなに奇麗なんだから、殿下は絶対大丈夫よ。」


「静かになさい!」


鏡台の前に座って鏡を見ながら二人の話を聞いていた初雨だが、あまりの言い様に黙っていられなくなり、二人を制する。


彼女は振り返って二人の侍女を見た。青桃と青杏は幼いころから彼女と一緒に育ってきた。二人は彼女に忠誠を誓い、彼女は二人に情がある。本来ならば、門主の身内の目の前で、本人と他の男との婚約について口論するなど、杖で罰せられるべきものだったが、口だけで済まされているのは、三人の間柄ゆえである。


「この話でもうおふざけは禁止よ!私にはもう婚約者がいるの。その人は鎮陵王よ。いい?」


彼女の厳しい口調に、衝撃を受けた青桃と青杏は慌てて跪く。


「小姐、ごめんなさい。」


今までの初雨ならば悟りを開いておらず、さながら10にも満たぬ子供のようであった。だから、二人も彼女の前で悪ふざけをするのが日常だったのだ。しかも、その悪ふざけを理解できず、それを興味津々で尋ねたことさえあったのだ。


しかし、悟りを開いた南初雨は、二人には少し馴染めない存在になっていた。もちろん、主である小姐が悟りを開いたことは、専属の侍女である彼女たちにとって喜ばしいことである。誰でも、自分が使える主人は賢いほうがいいものである。


「あなた達は、私の言ったことを聞いていればいいの。わかった?」


主の不思議な反応に、青桃と青杏は立ち上がって顔を見合わせた。そして、青桃は主にそっと尋ねる。


「小姐、もしかして、鎮陵王がどんな方がご存じないのですか?」

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