第22話 望む者、望まぬ者
名を聞けば、大夜皇朝すべての女性が青ざめ手が震える。その領地は鬼が住むとされ、一歩踏み入れることは冥界に入るのと同じ意味を指す。
その地の主は、鎮陵王。
”我々は、王爺の妃を見つけることはできないのだろうか?”
そう考えると、隠雪の気持ちは重くなっていた。自分たちの主である王爺がどれほど素晴らしい力を持っているのか、知っている者は少ない。自分たちは知っている。王爺に命を救われているからだ。
しかし、自分たちがそれをいくら言ってまわっても、簡単に信じてはもらえないだろう。
鎮陵王は隠雪のそんな気持ちは意にも解せず、横を向いて何気なく言った。
「本王は結婚自体には全く興味がない。ただ、16年間できそこないであった聖女が、悟りを開いただけでどんな神秘性を生み出すのか、それを知りたいだけだ。誕生日に突然悟りを開き、賢くなり、さらには鳳凰の運命さえも背負って帰還する。
伝説によれば、鳳凰の運命を背負った女性と結婚すると、皇帝となるための道が開けるというではないか。
そんなことが可能なのか、それにしか興味がない。」
「だとすれば、皇太子が来た目的も明らかです。」
鎮陵王の言葉にさらに気持ちが重くなりながらも、低い声で答える隠雪。
「もし、聖女が本当に悟りを開いたのなら、皇太子は聖女を東宮(皇太子のための住居)迎え入れるでしょう。そして、おそらく聖女もそれを受け入れるでしょうね。
今回の宴には、大夜国をはじめ、大禹国と四昭国の皇室、さらにはいくつのもの小国の代表も来ており、鳳凰の運命を背負って帰還した仙気門の聖女の動向を見守っています。」
ここまでは素直に言葉を述べられたが、次の言葉には隠雪も不機嫌になる。
「しかし、聖女はそんなお偉方など一切見なくてもいいのです。自分の伴侶となる王爺だけを見ていればいいのです。」
「本王は、そんな馬鹿なやつらと一緒にされた挙句に、その中から選ばれることなどまったく興味がない。」
しかし、聖女の16歳の誕生日を祝うために、まさか各国の諸侯、皇室子孫、天下の貴族まで招待するとは思わなかった。
この世には、大国が3つある。大夜、大禹、そして、四昭。だが、その大国をもってしても、ここまでの大規模の宴をひらいた皇室はなかった。
最近の仙気門はますます傲慢になってきている。百年前、仙気が開山し宗派を興した時には、本当に仙山隠宗の佇まいと能力を持ち合わせていたが、今の代に関して言えば、評判は落ち、見栄とこけおどしの塊となっている。
そんな仙気門も腐っても鯛である。100年間で培った名声はいまだに大きく、各国に対する発言力も十二分にある。
その仙気門が聖女の寿宴で婿選びなど始めようものなら、夜君陵は躊躇なく仙気門を叩き潰すだろう。
隠雪がなんとか食い下がろうとする。
「噂によれば、聖女はとても美し、、、」
彼女が言葉を終える前に、鎮陵王が口をはさむ。
「それで腹は満たされるのか?」
”王爺、男はみんな美しい女性を追い求めるものではないのですか?腹のことなどあとでいいでしょう、、、王妃がいなければ後継ぎもできない。王爺の国の未来はどうなるのです?”
その頃、門主殿内では、婦人洪氏が自ら夫に服を着せていた。
金色の雲の模様のはいった青い広袖長衣を身に着け、腰には金色の福紋帯、頭には藍色の宝石が嵌め込まれた冠をかぶる。色白で容姿を作る体の線は滑らかで美しい。
この男が仙気門門主、南立松である。
夫の着飾ったその姿を見て洪氏の顔が思わずほころぶ。結婚20年にもかかわらず、彼女の好意は結婚当初と変わっていないようだ。
洪氏はとても幸運だった。前世でどれほどの善行を積んだのか予想できないほどである。自分の主人は世界でも有数の尊貴な宗派の門主である、容姿もよく、能力も高い。42歳を迎えているものの、いまだ20歳の頃と同様体形が崩れる気配さえないからだ。
これほど素晴らしい男は自分だけのものだ。よその女になど決して子供を作らせてはならない。主人と愛娘に対する強い愛情からか、洪氏は少し焦っていた。
「旦那様、初雨に会ってきたのでしょう?あの子は今悟りを開き、鳳凰の運命を担い、さらには素晴らしい才能まで開花させました。あの子なら皇太子姫にもふさわしいのはないのでしょうか?ですから、鎮陵王との婚約をさっさと破棄してしまいませんか?」
立松は顔をしかめた。
「あの婚約をそうそう簡単に破棄できるわけがなかろう!」
「簡単ではなくてもやるべきです。親子3人で初めて大夜京都(大夜国の首都)に行ったあの時、初雨と夜君陵は出会いました。その時私たちには、彼が皇帝にかわいがられてはおらず、不吉な運命の持ち主だとは知る由もありませんでした。
1年後には、彼は呪龍の贄になるために、皇陵に送られます。あとには死体も残らないでしょう。そして、私たちの初雨は若くして未亡人になることになります。それだけならまだいい。皇帝があの子を鎮陵王と一緒に贄にするよう命じるかもしれないのですよ?それをあなたは黙ってみているおつもりですか?」
「そんなわけはない!」
「でしたら、旦那様は婚約を破棄するよう動いてくださるのですね?」
「破棄しないとは言っていない。ただ、やり方が問題なのだ。相手は呪龍の贄になるとはいえ、皇子であり王爺なんだぞ!」
洪氏は軽蔑するような目で言い返す。
「何が皇子ですか。何が王爺ですか。あの男の母親は道端から強制的に皇帝の宮殿に連れてこられた、ただの田舎者でしょう?」
「黙れ!」
立松は怒って、彼女を制する。
「何度も言ったはずだ。それは皇帝の私事であって、我々が口をはさんでいいことではない。仮に公然の秘密であったとしてもだ。そんな陰口をたたいていたら、そのうち大ごとになるぞ。」
主人に叱られ、このままでは説得できないと感じた洪氏は、一度落ち着いて作戦と立て直す。まだ諦めてはいけない。
「旦那様。確かに婚約破棄は大変なことです。ですが、やらなくてはいけないのです。」
立松もため息をつきながら言葉を返す。
「だから、破棄しないとは言っていないと言っている。私も破棄するべきだと思ってはいる。だが、強引にやりすぎてはいかんのだ。鎮陵王は呪龍の贄となる。だから、供物となるまでは絶対に傷つけたり殺したりしてはならんのだ。
考えてもみなさい。仮に鎮陵王が何か罪をおかして、被害者と一緒に皇帝の前にたったとする。皇帝はどっちの味方をすると思う?出身などどうでもよい。彼は唯一無二の貢ぎ物なのだ。贄となるまでは、絶対に皇帝は彼を守らねばならぬのだ。
そこで我々が強引に婚約破棄をしたとする。怒り狂った鎮陵王が暴れまわったりなんかしたら、皇帝はどうすると思う?」
洪氏は自分が気が付いてなかった事実に唖然としていたが、理解が追い付いてくると頭を切り替える。
「では、別の方法を考えます。ただ、旦那様。この件は私に任せてください。私がすべて何とかしてみせます。」
「お前、、、」
「信じてください。時には女性のほうが男性よりもいい解決法を見つけることがあるのです。あなたは先に貴客をお迎えください。私は今から手配を始めます。」
洪氏は足早に部屋を出ていくと、信頼できる侍女を数人呼び、続けざまに指示を出していった。
立松は自分のやるべきことを頭の中でまとめると、手早く行動にうつす。
「誰かあるか。皇太子の客院に向かう。用意せよ。」
宴まではまだ時間がある。まず皇太子の意図を探らなくては。自分の娘が知一天師のお告げで、鳳凰の運命を担うことは知られている。あの運命は、天下でも高貴な存在になるべきものだ。1年で未亡人になる者のものではない。
娘が皇太子姫になれば、ゆくゆくは皇后だ。仙気門は、皇帝の義理の家族の一門となる。仙気門門主の地位と、大夜国皇帝の義父という立場。この2つがそろえば怖いものなどない。
その頃、南离は見つからぬよう慎重に人を避けながら、厩に向かっていた。
仙気門の財力はすごい。厩でさえ大きい。しかも、今日集まっている貴賓もすごいのか、たくさんの馬車がとまっており、そのどれもが質の高いものだった。
厩の様子から、今日の宴の規模を想像すると、気が遠くなる。招待された客の水準も相当なものなのだろう。その中から、彼女は花孔雀のように派手に彩られた皇太子の馬車と、それに横付けされている夜君陵の馬車を見つける。
”あった。”
南离が馬車に近づこうとすると、別の門から人影が二人入ってきて、こそこそと夜君陵の馬車に近づいてきた。
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