第14話 可愛くない、、、
”誰がいつお前と戯れた?
戯れるにしたって、お前を選ぶことは絶対ありえん。”
彼女を容赦なく引っぱたきたいという衝動を抑えつつも、夜君陵は蛟にまつわる伝説を思い出していた。
「以前、悪水に降格された蛟龍がいた。名を詭といい、その龍眼には陣が描かれていたという。その陣を見たものは魂を抜かれ、彷徨い続ける屍鬼になるという伝説があった。」
南离は呆れたような顔をしながら聞いた。
「王爺の言う伝説は本当に伝説でしょ?どうせそんなに信憑性はないのよね。」
「では、お前がさっき言った伝説の悪蛟とは、本王の言うものとは別物ということか?」
鼻で笑いながら南离は説明を続ける。
「おっしゃる通り、私の言ったものとは異なります。私が言いたいのは、この棺を作った人は、あなたと同じように、あなたの言う伝説を信じていて、この悪蛟を彫刻したのではないかということです。
双頭悪蛟ですから、もしかすると危険、悪くすれば死門を意味する仕掛けかもしれません。」
現実主義の彼女がこの伝説を信じたわけではない。ただ、棺の制作者の心理を推理しただけだった。
その言葉を聞いた夜君陵は少し考えこんだあと、3歩後ずさった。
「では、お前がやれ。」
「あ?」
「何が「あ?」だ。そんなに詳しいなら、2刻(1刻は現在の15分)もあれば十分であろう。それまでに開けられなかったら、お前を生かしておくという話もなかったことにする。」
夜君陵の顔には、口角を吊り上げた嗜虐的な笑みが張り付いていた。
この笑顔は全く時と場にそぐうものではなく、南离は困惑していた。
「はいはい。やります。やらせていただきますよ。ただ、変な笑い方はやめてくださいね。集中の邪魔ですから。」
夜君陵の笑みはその場で凍結した。
”笑うとゾッとするわ。ん?今、彼笑ったの?”
夜君陵は人生で一度も笑ったことがなかった。最初から呪龍に生贄にされる運命で、どこに笑いが生まれるのだろう。そう思いながら彼は生きてきた。だから、笑いという感情すら知らなかったのである。
不気味な笑顔はすっと忘れて、棺の観察を始める。夜君陵は気が付いていないが、棺を開けるのを任せられた南离は、内心非常に興奮していた。
これほど洗練された古代の仕掛けに出会えることは滅多にない。しかも、棺である。開けて中から出てくるのは、何百年も朽ちずに残った歴戦の将軍か、はたまた超越的な地位を持つ女性か、そう思うだけでも南离の好奇心は沸き踊った。
棺の上で作業する南离を見ていた夜君陵だが、ふと思いついたような表情をしながら質問してきた。
「そういえば、お前の名はなんという?万が一、ここで死んだらお前の名を彫った碑を建ててやろう。」
夜君陵にしてみれば、彼女は今自分のために何かをしてくれている。部下に対して褒美を与えるのは当たり前だと思っての提案だった。
南离にしてみれば、死んでからもらえる褒美などないも同然。仮に死んで転生するにしても、同じ時空に飛ばされる可能性はなくはない。が、自分の碑をみて感動するものはまずいないだろう。
”まったく、、、自分のことしか考えてないわね。褒美を与えて自分が満足したいだけじゃない。”
「王爺、ありがとう!でも、私のような矮小な存在が、王爺の手を煩わせたくはありません。もし、私が犠牲になってそれを本当に申し訳ないと思うのなら、碑にこうやって刻んでもらえませんか?鎮陵王の寵姫、ここに眠る。ってね。」
良かれと思っての提案だったが、あべこべにやり返された夜君陵は何も話したくなくなっていた。
気持ちをすっきりさせた南离は彼のことをすっかり忘れて、作業に戻る。
細い指で蓋の一部をコンコンと2回叩いてみる。耳を近づけてさらに2回。中の反響音を聞いて閃いたのか、さっと棺の反対側に回り込む。
手を前に伸ばし、虚空に線を描くように手を動かす。手の通り道には線が浮かび上がり、一度南离が手を止めるとそこには八卦図ができあがっていた。
両腕を左右に広げ、八卦の陰と陽の両極を片手ずつでしっかりと握り、下に向けて真っ直ぐに叩きつけた。
ドン!
彼女の動きを見ていた夜君陵のこめかみに筋が浮かび上がる。強引すぎる。この仕事を彼女に任せるべきではなかったか。
しかし、自分で決めたことを早々覆していては、権力者としての示しがつかない。怒りと後悔が交互に同時にやってきた頃、彼女の八卦図が振り下ろされる。
それは、夜君陵が感情に任せたまま拳を振り下ろすのと同時だった。
生きるか死ぬかの瀬戸際にあった南离だったが、頭を上げて夜君陵に向かい、優しく微笑んだ。
そのまぶしい笑顔に思わず目が眩む。
汚い顔に、汚い服でこれなのだ。顔を洗い、手入れをし、化粧をして、いい仕立ての服を着せたらどれほどのものになるか想像もできないでいた。
ガチャッ
仕掛けが開く軽い音がして、棺の蓋は観音開きに開いていった。双首悪蛟の二つの鎌首はまるで生きているかのように棺の上を滑り、蓋の空いた棺の真上で直立する。その目は4つともグルグルと回転し始め、中に見えていた血糸がはっきりとしてくる。
そんな光景に南离は感激し、その目には興奮を隠せなかった。
4つの蛟の眼球から目を離し、まるで近所の子供を呼び寄せるかのように飛び跳ねながら手招きし、夜君陵を呼び寄せた。
「見て、これは蛟棺よ。私のそばにいてください。今開いたのは第1層の蓋、次は第2層の蓋を開けないといけません。」
夜君陵は、南离の乱暴なやり口に話をする気力さえなくなっていたが、諦めて彼女の横に歩み寄る。
第1層の蓋が開いたその下には第2層の蓋があった。今の様子だと入子構造になっているようだ。
第2層の蓋は1層のものと異なり、装飾は一切なされておらず、塗装も僅かしかしていない無垢材でできていた。丁寧な仕上げがなされているのか、木目ははっきりと見える。厄介なのは一枚板でできていることだ。継ぎ目や隙間が全くなく、立派な木材を使ったのはわかるが、どのような罠を仕掛けてあるのか調べる方法が思いつかない。
「これも何かあります。このまま開けようとすれば死ぬでしょう。」
「ならば、さっさと始めろ。」
南离は不満そうに唇を尖らせる。
”もうちょっと気の利いた言葉はないの?ほんと、可愛くない性格してるわ。”
気を切り替えながら、南离は第2層の作業を始める。蓋の木材は美しく仕上げられており、思わず無警戒に触ろうとしたが、覚えのある臭いを感じ取りその手を引っ込める。
蓋の上に鼻を近づけると、彼女は第2層の仕掛けを確信した。
”毒か。どれくらいの威力があるかわからないが、触ったらダメね。”
口をへの字にしながら対策を考え始めた瞬間、双首悪蛟が稲妻のような勢いで彼女に襲い掛かってきた。
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