第13話 双頭悪蛟
南离は大きく目を見開き、夜君陵の手元を見つめていた。
今の今まで自分の胸が、特別製の偽の皮膚で覆われていることに気付いていなかった。通りでいつも少し胸が締め付けられるように感じたわけだ。この偽の皮膚がまわりの本物の皮膚を引っ張っていたからだ。
何か重要なことが、言葉通り自分の胸の中に隠されているはずだ。そうでなければこんな手の込んだ仕掛けをするはずがない。
隠されているものが自分にとって役立つものかどうかはわからないが、興味はひかれた。だが、夜君陵はどうする?古代武術なんてどうしろっていうのよ。点穴の対策なんて考えたこともない。役立つものだとしても、彼に獲られたら元の子もない。
いくら知識があっても、動くことも話すこともできないこの状況では、彼を止める術がなかった。南离は訴えるような視線を送り続けていたが、夜君陵は完全に彼女を無視している。
”なんで無限がないのよ、、、”
夜君陵は、彼女の胸の突起を引っ張るのをやめた。自分にとって彼女の秘密よりももっと重要なことがすぐそばにあるからだ。
目の前の女は、それこそ捨てられた子犬のように少しでもこっちの興味を引こうと、目を潤ませながら必死にまばたきを繰り返していた。
”王爺、許して。”
彼女は彼のことを全く恐れてなどいなかった。
大夜国において、一般人どころか権力者さらには皇帝でさえ、彼に対して嫌悪あるいは畏怖の感情を持ってない人間など一人もいなかった。嫁入りしてきた娘たちは、府邸にいても、怖がって誰も近寄ってこない。
親が泣き止まない子供をなだめるのに、次のような言葉が当たり前にでるほどだ。
「泣いてたら、呪龍に食われる鎮陵王が来るぞ。」と。
”なぜこの女は自分を恐れない?”
彼女の反応に困惑しながらも、彼女の頭を叩きながら告げた。
「静かにしていろ。本王の邪魔をするなら、ただでは済まん。」
それを聞いた彼女のまばたきが一層激しくなる。彼は目尻を軽く持ち上げながら聞いた。
「解穴してほしいか?」
懇願するようなしっかりしたまばたき1回をする南离を見て、軽くため息をついた。
「では、定穴だけ解穴してやる。お前はうるさいから、唖穴はそのままだ。よいな?」
彼女の確認も取らず、夜君陵は南离の経絡を2か所突いた。
体からこわばりが急に消え、逆に脱力する。確認するように、折れていない手を眺めながら、指をギュっギュッと握りしめてみる。
その際南离は、押された経絡の場所と力加減を思い出し、なぜかすんなりと理解できた気がした。もしかしたら、この身体の素材がとてもいいのか、修練すれば経絡も極められそうな気さえした。
”とりあえず、しばらく殺される心配はしなくていいかな?”
一息ついた彼女は、先ほどまでのことを気にすることもなく彼を追いかけ、自分の胸ほどの高さもある棺に近寄った。
見ると、夜君陵はこの棺が誰のものかわかっているようで、棺に覆いかぶさるような姿勢で、図紋だらけの蓋に何かを書いていた。
「これがまさか、仙気門の裏山に埋もれていたとは想像もしなかった。3年も費やして探したのに、見つからないわけだ。」
鎮陵王の顔は、思慮の海に深く沈んでいるようだった。
”これって、まさか中の死体のことじゃないわよね?埋蔵品のことかな?そもそも、誰の棺?仕掛けもそんな凝ったものでもないけど。”
好奇心だらけの南离は色々と質問したかったが、唖穴のせいでただ見守ることしかできなかった。しばらく様子を眺めているとあることに気付き、目を大きく見開く。
”この墓地には大した仕掛けがなされてなかったから、何もないかと思っていたけど、一番の仕掛けは棺にしてあったのか。”
南离は、子供のころから色々な機械仕掛けのものを見るのが好きだった。武器を作り始めからはなおさらである。罠や仕掛けのメカニズムは変遷はあれども原理は早々変わらない。
現代で、罠に使われるものの多くは科学技術を駆使したもので、古典的なものは少なかったため、最初のうちはネットで探すことしかできなかった。
無限の素材集めをしていた頃になると、古代の伝説の残る遺跡や墓穴を探検して仕掛けや罠を解除しながら、その作りを研究していた。
残念ながら、訪れた場所のほとんどは盗掘者が荒らした後で、解除を諦めたのか力づくで破壊されており、南离が見つけた時には元の形が全く分からなくなっているのが当たり前だったが。
精巧に作られた素晴らしい仕掛けを目の前にして、好奇心のあまりに興奮が高まり、思わず手を伸ばす。
ペチッ
鋭い痛みに我に返った南离は手を引っ込めた。
唖穴を突いておいたのは夜君陵にとってよかったかもしれない。さもなければ凄まじい怒りと抗議が飛んできていただろう。
夜君陵は、一切の手加減抜きで南离の手を引っ叩いたため、その手の甲、指にいたるまで、全面が強烈なしっぺをくらったように赤くなる。
「言ったはずだ。邪魔するなと。さもなければ、、、」
険しい表情で彼女を睨み、幽暗な瞳で一瞬だけ殺意をこめる夜君陵。
南离は急がずゆったりと微笑みを浮かべながら、ゆっくりと中指を立てた。
夜君陵にはその動作の意味はわからなかったが、どうせろくな意味ではないだろうと思い、目を細めながら無視を決め込むことにする。
視線を棺の蓋に戻し、緊張の面持ちをしながらじっと観察を再開した。彼も、この棺の仕掛けがそう簡単なものではないとわかっているようだ。
棺には双頭の蛟の体が全体に巻き付いたような彫刻がなされており、二つの頭は蓋の真上にくるように配置されている。夜君陵は手を伸ばし、片方の頭についた双眼を押そうとした。
その動作をみた南离は、反射的に夜君陵の両腕を掴んで引っ張った。
作業に集中していたのをいきなり邪魔されびっくりしながらも、彼の視線が彼女の手から顔へと移る。その瞳は暗く、見られるだけで畏怖がこみ上げてくる。
凡のものなら感電でもしたかのように手を放すだろうが、彼の視線なぞ気にも留めず、さらに手を引き寄せる。
南离は双蛟龍頭を指差しながら、口の周りや、まぶた、鼻、顔の部位を総動員して動かし、道化師と思われても構わないような勢いで、何かを訴える。
ため息を一つつくと、夜君陵は彼女の唖穴を解除した。
「ふぅ、しゃべれないってのは不便ね。」
何か呆れたような様子の夜君陵を気にもかけず、南离は仲のいい兄妹のように彼の肩を叩きながら言い始めた。
「これは気軽に手を出していいものではありません。双頭悪蛟って見てわかりませんか?」
「双頭悪蛟だと?」
夜君陵は聞き返しながらも、南离が叩いた肩の部分を手で払っていた。
”ちょっと何よ。私の手が汚らわしいってこと?せっかく助言してあげてるのに、何、その態度。”
心の中で悪態をつきつつも、より興味のある棺の方に集中することにする。
「一身二首、これは伝説に出てくる悪蛟です。四つの眼球どれでもいいので、一つを覗いてみてください。」
言われるがままに夜君陵が頭に顔を近づけると、一瞬蛟の目が光る、
蛟龍の飛び出した眼球は、血走った本物の目のようだった。しかも、その血管のようなものは眼球の中を泳ぐように動き回っている。目の端までつながっていないため、血糸ともいうべきか。太さは髪の毛とほぼ変わりなく、パッと見では見落としてしまうだろう。
彼女はすでにこの眼球の危険性について気がついていたが、彼の大きな体が邪魔でじっくりと観察できなかったため、ここぞとばかりに身を乗り出そうとした。
そこに後ろから手が伸びてきて、彼女の肩を掴み棺から引き離した。
身を乗り出そうとして前に体重をかけていた南离の体はバランスを崩して、彼の胸元に収まる。
「王爺、そうゆうのは寝床にいってからにしましょ?」
彼女が上を向くと、頑丈そうな顎越しに彼の表情が見える。
しかめ面だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます