第12話 半裸と死に装束

この装束は見た目通り上質なものだった。手触りは柔らかく、この寒気の中でも、特有の温かみさえ感じる。


見た目はともかく彼の身体は温まるはずだ。さらに自分の手を擦り合わせて、温まった手のひらを彼の胸に押し当てた。

不思議なことに、夜君陵の身体はあっという間に体温を取り戻していった。わずかではあるが唇にも血色が戻り始める。


”これ、もしかして相当に上物ってこと?ということは、一緒に埋葬されてるものは一体何なの?”



夜君陵は意識が定まっていない間でも、温かい手が自分の胸に触れていることに気付いた。真冬の凍った湖に落ちたような感じで、凍死するんだろうと覚悟していたが、この手が自分をそこから引き揚げてくれたように思えた。


温かい手が胸から離れようとするのを感じ取り、夜君陵はその手を掴み、掠れた声で叫んだ。


「母上」


死人たちの衣装をもうちょっと観察してみようと立ち上がろうとしていた南离は、胸に当てていた手を引っ張られ、勢いで彼の胸の中へ倒れこんでしまう。


南离の動きによる衝撃は彼にとっては全く気にならないものだったが、目を覚ますには十分だった。ゆっくりと目を開けると、南离の美しくも厄介な瞳が見えてきて、一瞬思考が止まる。


南离はからかうような笑みを浮かべながらも、優しく言った。


「プッ。王爺、私はあなたの母上ではありませんよ。でも、あなたのお気に入りにはなれますよ。そんな弱った身体じゃまだ遊べないでしょう?体力が戻ったら、上物の寝床を探して、そこで300戦くらいいかがです?」


夜君陵の表情は一瞬にして、助けられて安堵したものから一気に冷え込み、南离の体を押しのけた。


「フン、不埒者が。」

”なんなんだ、この女は。口を開けば開くほど、常識外の言葉しか出てこないのか。”


「命の恩人に対して聞く言葉じゃないわね。傷つくわ~。」


体を起こした夜君陵は、その時初めて身に着けている服が自分のものではないことに気付く。


「君が着替えさせてくれたのか?」

「私じゃなけりゃ誰、、、」

「どこから服を、、、」


と言いかけて、南离の後ろにある光景を見て夜君陵は全てを察した。

彼女の後ろには、立派な棺とそのまわりで跪いている人影がいくつもあった。そのうち二人は薄着で、他の人影は今自分が着ているものと同じだったからだ。


激昂した夜君陵は立ち上がり、凄まじい怒声を彼女に放つ。


「誰が本王に死に装束を着せろと言った!」


南离は南离で、彼の視線が自分の後ろに向けられた瞬間に行動を開始していた。素早く後方転回を2回、そして、大きく後方宙返りして棺の裏側へと逃げ込んでいた。


「ちょっと鎮陵王、理由も聞かずに怒らないでよ。着替えてなかったらあなたはとっくに凍死してたのよ?」


棺の裏から柔らかい声が聞こえてくるが、夜君陵の耳には届かない。鼻息は荒く、歯はギリギリと音をたてながらも、その怒りをこらえながらかすれた声で質問する。


「どうしてお前は着替えていないんだ?」


「死体の服は不気味なのよ。なんか憑いてたら嫌だし、不吉そうだからやめておいたわ。」


元々南离は服を着替えるつもりだった。命さえあれば見てくれなどどうでもよかったのだ。ただ、彼の着替えに苦労してる間に体が温まって寒さが気にならなくなってしまった。それならわざわざ気味の悪い服など着ない方がいいと決めたのだった。


返事を聞いた夜君陵の表情はみるみる険しくなっていく。

棺の向こう側から聞こえるクスクスとした笑い声は、うすら寒いこの墓地では全く場違いなもので、それがさらに夜君陵の怒りを助長する。


”不気味?不吉?わかっててやったのが余計に許せん!”


自分の肌に触れる服に耐えられなくなった夜君陵は、今着ている服を力に任せて引き裂き、そばに落ちていた自分の服に着替え始めた。着ている間にも、彼女の温かい手が自分の服を脱がせていたのかと思うと、なぜか胸の中が熱くなる。


”クソっ。どこの出かもわからぬ不埒な女に肌を晒すなど。”


怒りと羞恥心が交互に襲い掛かり、夜君陵の心中は混乱を極める。


「不吉とわかっててやったのか。ふざけるな!」

「みんな当たり前にご存じでしょ?」

「さっさと出てこい!すぐさま殺してくれる!」


南离はコロコロと可愛い声で答えるが、彼の怒りを鎮める気は一切ない。

夜君陵の声は怒りを抑えてはいたが、その怒りは髪の毛が逆立つのではないかと思えるほどだ。


普段はこれほどまでに激昂することはない。この女が現れてからなぜか感情が振り回されている。訳が分からない。


「私をただ可愛がってくれるのならいつでも出ていきますよ?でも、そんな怖い顔をされたら、出ていけませんよ。」


変わらぬ状況に焦れた夜君陵は棺を一気に飛び越えようと、大きく跳躍する。が、南离の姿を見つけようと下に向けた瞬間、その表情が変化する。


”まさかこんなところに、、、?”


それは彼が3年間探し求めていたものだった。部下を各地にやり、手を尽くして探していたものがこんな墓地にあるとは思いもよらなかった。

あまりもの衝撃と歓喜に、夜君陵の頭から南离のことなどすっかり抜け落ち、棺のそばに降り立った彼は、蓋の上に刻まれた図紋を調べることに夢中になってしまった。


一触即発の状況からいきなり動きがなくなって不思議に思った南离が、棺の方を見ると、こちらに背を向け棺を熱心に調べているようだった。状況はよくわからなかったが、声をかけてみることにした。


「ちょっと、王爺。殺したい相手をほっといて何やってるんです?いきなり放置とか拍子抜けなんですけど?」


夜君陵のこめかみに血管が浮かび上がり、大きく武骨な拳が南离に飛んでくる。南离は当然のように体を捻って躱したが、彼は続けて叫んだ。


「黙ってろ。殺すつもりなら、さっきはただ消えろとは言わなかった。」

「えっ?どういうこと?」



「そうだ。さっきあなたが霜に覆われていた時、自分から離れろと言っていましたよね?あれって、氷の魔人になったら、あなたは自我を失ってしまうってことですか?」


”氷の魔人?やはり、この女は生かしておけないか。”


そんな彼の気持ちは露知らず、溢れる好奇心をさらに向ける。


「氷をまとったら、あなたは吸血鬼になって人の血を吸うんですか?」


”もう我慢ならぬ。いや、何故我慢しないとならぬ?”


実は夜君陵自身でさえ、何故自分が我慢しているのかわかっていなかった。さらに言えば、寒毒の発作が起きた時、なぜ自我を取り戻せたのか知りたかった。


疑問に頭を働かせながらも、手を伸ばして彼女の襟をつかんで手元に引き寄せる。疑問を解決すべく声をかけようとした時、襟をつかんだ手に違和感を覚える。視線を向けた先には彼女の胸があった。


南离もつられて自分の胸を見る。


彼女の服はすでにボロボロで、彼に掴まれてさらに破れ目が大きくなる。違和感の原因はそこではない。奇妙なことに下着に隠された胸の肌の一部が盛り上がっているのだ。それは、皮膚の下から何かが出てきているようにも見えた。


夜君陵の目が輝く。


”なんだこれは。ずっとこの女は怪しいと思っていたが、体にも何かあるのか?”


夜君陵の視線に照れながらも、南离は口を開いた。


「もう、王爺。私の胸が気に入ったのなら言ってくれればいいのに。見てるだけ、、、」


南离は言い終わることができなかった。唇が開かない。それどころか体が一切動かない。


あまりの不埒な言動に呆れた夜君陵は、一瞬で定穴(体が動かなくなる経絡)と唖穴(唇が開かなくなる経絡)を点穴していた。


「んんん~~~~~んんん~んんんんん」

”ちょっと、早く解穴しなさいよ!”


「やっと静かになったな。最初からこうするべきであったか」


満足気に頷いた夜君陵は、南离の胸から出た突起を掴んだ。その感触は、皮膚で何か硬い布のようなものを包んだような感じで、今まで触れたことのあるものとは全く違うものだった。

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