第5話 天才兵器開発者
いきなりのことに腹が立つよりも先に彼女は飛び起きて、全力で元の場所に戻ろうとした。
「馬鹿者」
耳元で低い声が響き、その直後腰が引っ張られ体が宙に浮いた。見ると、紫衣王爺は何回か跳躍して葉の竜巻を回避し、目の前に着地したところだった。
南离は何も言えなかった。さっき彼女が向かっていった先は高く天に向かっている絶壁で、絶路だった。
”確かに馬鹿者だ。でも、さっきは私を殺そうとしたのに何故助けてくれる?”
この男は、本当に他人の命なんて意のまま。気分屋で暴力的で無神経。人の心を読むのが得意な彼女でさえ次の瞬間彼が何をするのかわからないでいた。
「ボン」
低い破裂音がして彼女の注意が竜巻の方に向く。顔を上げた南离は思わず、周囲の空気で冷たくなった息を呑んだ。
彼らを襲おうとしていた葉の龍が絶壁に激突したのか、竜巻の勢いは全て消え大量の落ち葉が力なく落ちてきていた。
竜巻が消え去ったその先、大量に舞い落ちる落ち葉の隙間から雑草一本生えていない穴の絶壁が現れる。地面にぽっかりとあいた巨大な穴とともに。
入口からはヒューヒューと風を切る音が聞こえ、さながら穴に閉じ込められた無数の龍が中で戯れているようであった。
洞窟は真っ暗で中は何も見えなかったが、その音を聞いた南离の直感は何かがおかしい、ここに入っちゃいけないと告げていた。
”さっさと逃げよう。今すぐ!”
現代では探検好きで、当時の装備はとても充実していた。言うまでもなく、彼女にはまだ無限があった。無限は天下無敵とは言えないが、15年の歳月を費やし、最高品質の素材を惜しむことなく注ぎ込み、それを持ちうる最高の技術で自ら作り出した最強武器である。
無限があればどこでも探検できるが、今はない。悲しい現実に南离の心は痛んだ。
あの世界では、裏社会、素人、エリート軍人、殺し屋集団など知らぬ人はいない、無限。すなわち武器魔女、南离の武器。それがあるが故彼女を軽視できるものはいなかった。
誰もが彼女に武器を自分のためだけに作ってほしいと考えていたが、無限があるが故、誰も彼女を支配できなかった。
ある時、彼女が研究していた新しい鉱石で古の武術のためのブレスレット型兵器を作ろうとした時、気を失って目が覚めたらこんな瘦せっぽちの女の子になっていた。
当然ここに来たからには、元の世界に南离はいないはずだ。
兵器の天才はこうして姿を消し、かつての敵対者たちが彼女の死に乾杯しているのか、それとも死を悼んでいるのかは知るすべもない。
そう。彼女の顧客は須らく彼女の敵なのだ。武器開発界の天才魔女は金がすべて。人と肩書は何ら関係がない。ある日ある国に超強力な武器を売っても、次の日にはその敵対する相手にさらに強力な武器を売るかもしれないのだ。感謝された次の日には恨まれる、そんな日々を続けていた。
誰もが無限が欲しい、無限があれば彼女を思うがままにできる。しかし、誰も無限を奪うことができない。
「入れ」
南离は突然我に返り、冷酷な一言に怒りを覚え紫衣王爺を睨みつけた。
「冗談でしょ?入口に書いてあることが見えないの?」
扉すらない暗く深い洞窟の入り口には何も書かれていないが、南离はまくしたてるように言った。
「「侵者必滅」って見えないの?」
古代の地宮や仕掛けなどを作る時には、このような警告文が書かれているものだ。実際にはこの4文字はどこにもないのだが、自分の直感がここは入っちゃいけないと告げている今、南离は絶対に入らないための抵抗をしているのだ。
「本王が入れといったら入れ、入らなければ殺す」
紫衣王爺は無表情で言った。
彼女がさっき自分の生死に関わる危険を警告していなかったら、絶対に彼女を生かしていなかっただろう。
洞窟を怖がっていると思っていたが、意外にも彼女は彼の腕を抱き寄せ、まるで二人はとても親しいかのように小さな顔を上げ、明るく微笑んだ。
彼と目が合い彼女は再び金色の瞳を輝かせようとしたが、それに気づいた男は殺意を覚えた。
「お前はまた本王に妖術を使う気か、、、」
”ミスった”
媚功は妖術ではない。催眠術と魅力の組み合わせの進化版にしか過ぎない。彼女の術はすでに第4階達しており、一般人ならば失敗することはまずないのだが、この王爺には効くことはなかった。
すぐさま南离は術を諦め、肩をすくめて手を放した。
「王爺、私にはあなた様のような強い功夫はありません。中に入れば危険な目にあってあっという間にあの世に行くことになるでしょう。あなた様は比類なき功夫の持ち主、賢く力もあり、並外れた知恵を持っていらっしゃいます。あなた様が中に入り、私はあなた様の背後に危険が及ばないよう外を見張るのではいかがでしょう?」
”うまく騙されて。中に入ったら速攻逃げよう。
こんな危険な男からはさっさと距離をとるのが最善だ。”
紫衣王爺は冷ややかな目で彼女を見てこう言った。
「それで終わりか?」
「言い足りないことはいくらでもあるわ」
言い終える前に王爺は南离を掴み、暗くてどんよりとした怪しげな穴に向かって、お手玉でも投げるかのように彼女を投げ入れた。
穴にたどり着く前に、捨て台詞を残すかのように南离は怒って叫んだ。
「もし、ここで死んだら、絶対に化けて出てやる!」
「本王の名は夜君陵、都の南西の鎮陵王府に住んでいるから、出るならそこにしろ」
「夜君陵?知るか、変態野郎!」
「変態野郎、、、だと?」
鎮陵王のこめかみに青筋がたち、口元が怒りでゆがむ。やはり、穴に投げ込むのではなく絞め殺すべきだったか。
穴に彼女が吸い込まれた直後、彼は不思議な違和感を覚えた。洞窟に少女が消えた瞬間から急に気配を一切感じなくなったからだ。内力に優れた鎮陵王からすれば、腕利きの暗殺者相手でもこんなことはまずない。
気になった彼は洞窟の入り口の前に立ち、観察した。
これまでと同様に、穴の中は一切の光を反射せずただひたすら暗闇で、その空気はこの世の陰湿なものをかき集め濃縮したようなものだった。
中はとても入り組んでいるのか、強く方向が全く定まらない奇妙な風が吹いていて、風切り音は聞こえるが、空間の大きさが全く想像できなくなっていた。
しかし、彼の耳には人の気配が一切感じられないでいた。彼女の足音どころか呼吸音すら聞こえないのだ。まるで水滴が砂に吸い込まれて完全に消えたかのように、彼女は消えた。
せっかく殺さずに助けてやったのだから、この奇妙な洞窟の中で何か役に立つものを見つけてほしいものだと、彼は思っていた。
この女は勇敢で、内力がなくても身軽に動け、そして状況を瞬時に判断できる頭を持っている。ゆえに、洞窟に入った瞬間に彼女が姿を消すとは想像だにしなかったのである。
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