第4話 美男は下、彼女は上

バキバキッ


もうそろそろ惨めに死んだだろうと門主夫人が思っていた頃、その南离本人は紫色の服の男に抱きしめられて、針のような木の枝に体を切りつけられながら落下していた。


頭を下にして落ちているため、体だけではなくその綺麗な顔にもいくつもの傷ができていた。夏場で薄着の彼女のスカートはすでにビリビリに破け、地面にたどり着くころには上に着ている服も衣服とは呼べない状態になるだろう。


”顔と体がボロボロになるだけではなく、裸で惨めに死んでいくのか、、、”


南离は歯を強く食いしばって目を閉じ、底に落ちて死ぬのを待ち構えた。


「ドーン」

彼らは激しく底に落ちた。


しかし、想像した痛みはなかった。南离は自分の体の下に人のぬくもりを感じた。そう、どこか慣れ親しんだぬくもりだった。


南离がパッと目を開けると、美しい男の顔が目の前にあり、彼女は彼の胸元でしっかりと抱き留められていた。


彼の黒い瞳が彼女を静かに見つめていて、眉毛を少しひそめながらこう言った。


「本王の胸元は居心地がいいのかね?」

「え?」

「さっさとどけ」

「あ!」


南离は慌てて体を起こそうと手をついたが、その手の先には男の下腹部があり、さらに慌てることになった。


彼女が立ち上がると、気まずい空気を紛らすようにあたりを見回した。地面はふくらはぎに届きそうなほど厚く積もった葉で覆われていることに気付く。どうりで二人とも死ななかったわけだ。


しかし、この冷血無情な王爺は、なぜ最後の最後になって自分の体をクッション代わりに使うのをやめたのだろう。


南离は訝しげに彼を見た。


彼はまだ地面に横たわっていて、体がほとんど落ち葉に埋もれている状態だった。


「あの、、、お体は大丈夫ですか?」


まあ、彼は最終的には自分を助けてくれたのだから、落ちるまでの経緯は気にしないことにした。そして、彼を引き起こそうと手を伸ばした。


しかし、彼は目をわずかに細めて、自分に向かって差し伸ばされた手を見つめていたが、その目は南离が何を考えているのわからない感じだった。


彼女は初めて彼に手を差し出した人である。そして、彼を恐れず、初めて彼の胸に飛び込んできた人でもある。


二人の身体の触れ合いは初めてのこと。この初めてのことに免じて、彼は最後の土壇場で彼女の体を反転させ、自分がクッション代わりになったのだった。

正直、自分でも信じられないことだった。



差し出された手はとても細く小さくて、自分の半分もなかった。

その手をパッと払いのけ、彼はこう言った。


「汚い手で触るな。」

「ふんっ、人の好意も知らないで!」

「好意?お前がか。」


美男はゆっくりと起き上がり、皮肉そうに彼女を見ながら言い返した。初めは彼をクッション代わりにしようと考えたやつが、よくも好意なんて言葉を口にする。


南离はすでにこの男と無駄口を叩きたいとは思っていなかった。彼が立ち上がったその時、南离は初めて、彼のその背中の下に、目の吊り上がった虎が押しつぶされていることに気付いた。


虎は裏返しになった敷き革のごとく、手足を広げ背を下に向け、そのお腹が二人のクッションとなっていた。柔らかくて分厚い肉布団が、幾層にも積もった落ち葉と相まって二人の命は救われたのだ。


しかし、最大の理由は、この紫衣美男の予測不可能な功夫のおかげである。彼女が一人で落ちてきたら、たとえ落ち葉があり虎がいたとしても、腕と足は折れていたであろう。


ただ、南离は絶対にこの男に礼を言いたくなかった。誰もが自分に利することを求めており、知り合ったばかりの他人の命を救うために自分自身を犠牲するだろうか?


”誰がそんなこと信じる?”


最も重要なことは、今すぐここから脱出することである。頂上から落ちた時の直感は覚えている。この穴の中は何か不安を覚えさせる。彼女はいつも、その嫌な直感を信じてきた。


そう考えながら顔をあげた南离は、上を見て驚いた。空は濃い霧に覆われ太陽の光はほぼ遮られており、巨大な空洞の底は薄暗くどんよりとしていた。

”落ちる前、穴の上は晴れていたはずなのに。”


そこに突風が吹きこみ、南离は初めてここの気温が上より数度低いことに気付き、自分の服を見てため息をついた。

落ちた時に枝に引っかかって服が破れたことを忘れていた。改めて見ると、胸元から白い下着が見えていて、他にも広い範囲の肌が露わになっていた。


「その平らな胸で何が恥ずかしい」

男の嘲る言葉が飛んできた。


”16歳で発展途上だけど幼気な少女の身体を嘲るなんて許せない!”


内心では憤っていたがそれを抑え込み、顔を上げた時の南离の表情は柔らかいものだった。彼女は彼に近づいたが、身長が彼の肩ほどしかないことに気付き、一歩下がって彼に向かって優しく微笑んだ。


まわりは薄暗いのに、彼女の目はわずかな光を全て集めているかのように輝いていて、その魅力に目が離せなくなるほどだ。


胸元の開きを気にせず腰を捻りながら彼に半歩近寄り、彼女は唇を少しだけ開き静かに歌うように、そして艶めかしく告げた。


「今はまだ発展途上だけど、そのうち大きくなるわよ。まだそんなこと言わないで」


紫衣美男は不思議な感覚に眉をひそめた。

先ほどまで明らかにただの瘦せた少女だったのに瞬く間に気質が変わり、今の彼女は名満天下の夜姫よりも妖艶で美しく見えた。


さらに彼の頭の奥底から突然奇妙な欲望が湧き上がってくる。


南离が近づこうとする直前、彼の瞳がすっと冷ややかになり、まるで殺意をまとった激しい風雨かのように、美男は彼女に近寄った。


「死にたいなら、本王が手を貸してやる」


南离の瞳孔がすっと縮み、彼女は後悔した。功夫の鍛錬が足りず媚功の力が最大限まで発揮されなかったのだ。そうわかっていれば、油断していた彼の顔にパンチを2発かまして気絶させていただろう。


美男は微動だにしていないように見えたが、視界が一瞬ぼやけた時には彼はすでに彼女の目の前にいて、彼女の首に手をかけいとも簡単にその小さな体を持ち上げた。その冷たい指はゆっくりと細い首を締め上げる。


”本当に私を殺す気?いや、本気だ、、、”


殺さずにおこうと思っていたが、彼女は簡単に自分の感情を揺さぶることができる。そんな危険な女は生かしてはおけない。


南离は突然の殺意に驚いたが、喉を絞めてくる手は気にならなかった。ただ、目を大きく広げ、片手で自分の首を絞めてくる手を掴み、もう片方の手で彼の背中の向こう側を指さした。


「う、う、う!」

”うしろ、あなたのうしろ!”


一面に広がった地面の落ち葉が、1枚、2枚、3枚と次々に舞い上がり、徐々に渦巻のように大きくなっていく。それは次第に大きくなり無数の落ち葉を巻き上げながら彼らに向かってきた。


突然生まれた竜巻は、次々と落ち葉を吸い込み成長していった。その姿は葉を鱗に見立てた巨大な龍を彷彿とさせるもので、しかもその体を狂ったようにうねらせていた。

しかし、不思議なことに一切音はしない。耳が痛くなるほどの静寂の中で、これほどのうなりを見せる竜巻が発生することがあるだろうか。そう考え始めた時、悪寒が走った。


紫衣王爺の瞳は一層鋭くなり、一切の躊躇もなく彼女を投げ飛ばした。


南离は咄嗟のことに受け身も取れず地面に落ちた。落ち葉が残っていないところに落ちていたら、少なくない勢いで飛ばされたのだ。


”せっかく教えてあげたのに、何するのよ!”

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