第3話 百鳥朝凰 聖女覚醒
男は暗い目を一瞬光らせ、腕の中の少女を見つめた。暖かくて柔らかい身体は微動だにしない。彼女が恐れていないことは明らかだった。
現時点で彼らが墜落死することはほぼ間違いない状況で、彼女は恐怖の色を見せていない。先ほども虎の餌になろうかという時に、余裕をもって虎の後ろにいる男を見た。また、地面が崩れ落ちる瞬間も、すかさず彼の腕の中に飛び込んできた。
針のような森のてっぺんからわずか100mほどの高さのところで強風が突然やむ。
「ドーン」
2頭の虎が彼らより先に落ちた。1頭は底に直接、1頭は木に落ちてその尖った枝に刺されて即死した。そして、虎の重みがかかった木はゆっくりと倒れていった。
その時!
南离はいきなり男のベルトを掴み、細い身体を反転させ、彼の背中に飛び乗った。そして、後ろから肘と膝で彼の背中を押し、うつ伏せにさせようとした。
こうすれば、彼は必然的に自分の落下をどうにかしなくてはならない。つまり、南离が生き残る希望が見えてくるのだ。
彼女は従来そんなに慈悲を持ち合わせてはいない。
そんな南离は、男の背中に乗っているため彼の暗く力強い目にさらに暗雲が立ち上っているのが見えていなかった。
彼女の意図は察しがついていたのだが、まさかこの生死に関する大事な局面で、自分を犠牲にしてまで自身が助かろうとする彼女の行動が信じられなかった。
「本当に君はいい度胸をしている」
男は一言ずつ、歯を食いしばりながら口に出した。それ言うや否や彼は強い内力で腕を振り、南离を振り落とした。
南离が空中で反応する前に、彼は手を伸ばして彼女の胸倉を掴みぼろきれのように投げ倒し、ひっくり返して彼女の背中に仰向けに寝た。
礼尚往来(礼を受ければ礼を返さねばならない)
彼は南离の美しさなど気にも留めなかった。
南离は歯を食いしばった。
「卑劣!恥知らず!」
「お互い様だ」
傍から見れば密着して落ちているときは、二人は親密に見えたかもしれないが、実はお互いに殺意を抱いていた。二人とも相手をクッションにして生き残るチャンスを伺っていたのだ。
「王爺(古代殿下に対する尊称)、下にいらっしゃいますか?」
果てしなく深く巨大な穴の上から、誰かが心配そうに叫んでいた。その声には内力がこめられており声自体は届いていたが、激しい風のせいですでにぼやけており、南离の優れた聴力がなければ内容まではわからなかっただろう。
”王爺だったのか。”
南离は今の状況を逆転させようともがいていたが、男に点欠を突かれてからは体に一切力が入らず、何もできなくなっていた。
男の功夫は底知れず彼女は現代の近接格闘術。
”私、終わった?まさかこの時代に来たばかりなのに、もう死ぬのか?21世紀の天才兵器開発者として、こんな間抜けな死に方はカッコ悪い。
まぁ、絶世の美男に押しつぶされて死ぬのも悪くないか、、、って、何を考えているんだ。自分を利用しようとする者はみんな敵だ。いくら見た目が良くても許せない”
その頃巨大な穴の上では、衛兵の格好をした数人が心配そうに下をのぞいていたが、残念ながら薄暗くて何も見えなかった。
「いかがいたしましょうか。ここは一度仙気門に行って、門主に助けを求めたほうがいいかと思われますが。」
秀麗な顔立ちをした衛兵が言った。
「聖女に会いに行こう。聖女は我らの王爺の婚約者にあたる人だ。助けになってくれるはずだ」
「しかし、聖女は16年間何の変化もなかったのに、本当に今日の今日で悟りを開くのでしょうか?」
「間違いない。これは天師の占いだからな。悟りを開いた聖女は、賢く、機敏だから、必ずや王爺を助けることができるはずだ」
秀麗な衛兵はそう言いながら、目の前の同僚の腕をつかんだ。
「まず、陰影と陰雪に会いに行こう。彼らは王爺に代わって贈り物を届けるために仙気門に向かっていったから、もう先に着いているはずだ。」
彼らは衛兵二人を残して、残りの者は軽功使って仙気門に向かっていった。
庭園にはたくさんの花や木が植えられており、そこに色とりどりの蝶が飛び交い、非常に美しい景色を生み出していた。その庭園の一角に建てられたとある建物の中で、仙気門門主夫人、洪氏と二人の可愛げのある侍女が、ピンクのシルクカーテンがかかった大きなベッドに横たわる若い少女を緊張した面持ちで見ていた。
少女のまつげは太く綺麗な曲線を描いており、まるで二つ並んだ扇のようで、目元に神秘的な影を落としていた。肌は雪のように白く透き通り、唇はピンクでうっすらと潤いを感じさせる。並外れた美貌である。
しかし、額には白い包帯が巻かれ、真っ赤な血がにじみ出ていた。夫人は思わず隣の侍女の手を握り、声を少し震わせた。
「方草、私の初雨は、目覚めたら本当に覚醒して知恵が戻るのか?」
方草という侍女は少し早口だが、確信をもって言った。
「奥様、絶対に当たりますよ。あの知一天師の予言です。あの方の予言は外れたことがないんです。しかも何百話もの鳥が外から突然飛んできたことは一度もありませんでした。これは小姐(地位がある家の娘に対する呼び方)が悟りを開いた兆候ではないでしょうか?
それに知一天師は、小姐が16歳になる日に覚醒するなら、血の光を見ることになるだろうと言ってました。見てください。小姐は今日が誕生日なのに、庭園の石に頭を打って怪我をなさいました。これは天師がおっしゃっていたことと一致します。」
彼女はそう言いながら、ベッドの上の少女を期待を込めて見つめた。
仙気門は世界でも有数の医学の門派であり、各国の王室さえ彼らに礼儀を示している。門主の娘は聖女であり、聖女の地位は王女に匹敵し、数千人に愛される存在といえる。
しかし、今の門主にはこの娘一人しかいないが、この娘は子供のころからできそこないで知性に欠けていた。幸いなことに、知一天師が彼女の13歳の時に占いをして予言を告げた。それは、、聖女が16歳の誕生日に突然悟りを開いて、凰の使命を受けて戻ってくるということであった。
仙気門の誰もがこの日を待ち望んでいたし、各国の王室もこの日を心待ちにしていたのである。
ベッドの上の少女はまつげを揺らし、ゆっくりと目を開けた。
「初雨、やっと目が覚めたのね」
洪氏はすぐに駆け寄って彼女を抱きしめた。
「お母さんのことわかる?」
南初雨の目には戸惑い、不信、驚きに満ちていたが、すぐに恍惚として両手を伸ばし、母親を抱きしめながら叫んだ。
「お母さん!」
洪氏は瞬く間に涙が溢れてきた。
「ああ、神様。天師は本当に素晴らしいお方だ。今日、私の愛娘は悟りを開くだろうとあのお方はおっしゃっていた。今日はなんて素晴らしい日なの!」
彼女はすぐ方草に言った。
「すぐに門主にこの素晴らしい知らせを伝えて」
方草と方華はそれに応じると喜んで走り去った。
部屋には母と娘だけが残され、抱き合って泣いていた。
しばらくして、初雨が落ち着くと重要なことを思い出し、母親の洪氏の手を握って尋ねた。
「お母さん、南离はどこ?」
洪氏は16年間できそこないだった娘が目を覚ました矢先に、あの少女について尋ねてくるとは思っても見なく思ってもみなく、少しの間呆然としていた。
「なぜ彼女のことを聞くの?」
その少女のことを思い出すと、洪氏の目には僅かな悪意が浮かんだ。
母を見て、初雨はゆっくりと言った。
「お母さん、もう何のもの間、この世では父さんには私、一人娘しかいないと思っているんでしょう?」
「もちろん、母さんはあの女の子が仙気門の栄光をあなたと共有することは絶対に許せないわ。あの卑しい娘は私の初雨と比べ物にならない」
ならばと、南初雨の美しい瞳には狡猾な鋭さが現れ、はっきりと言った。
「お母さん、彼女を徹底的に排除してください。私と彼女は共存できません。」
洪氏は唖然とした。長年できそこないであった娘が目覚めると、別人のようで違和感さえ感じた。が、すぐに彼女は愛娘の頭をなでながら、低い声で言った。
「母さんはもう覚悟を決めたわ。昨日の夜あの娘を殺すために人を雇って、、、」
彼女はその美しい顔に凶悪な表情を浮かべながら、首を切る仕草をして見せた。
「母さんはあの娘をまともに死ぬことすら許しません。」
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