3-5 レッド

 クティの私物だというアイパッドをテーブルの上に置き、廃墟での動画鑑賞会が始まった。

 マーゴとクティはソファに座り、なぜかその隣に久留島が座らせられた。双月と緒方はソファの背後からアイパットを見つめているし、風太とイルは少し少し離れたところからこちらの様子をうかがっている。

 どんな状況だと頭の中で数十回突っ込みを入れたが、どうにもならない。考えても疲れるだけという結論に至った久留島は、真面目に動画に目を向け始めた。


「ホラースポットに凸して、動画撮影、落書き、器物破損、盗みもろもろ、迷惑行為を繰り返してる迷惑動画配信者がコイツら」


 そういってクティが見せた動画には、いかにもといった風体の二十代前半くらいの若者たちが映っていた。三人組のグループらしく、コンビニで買った缶ビールと落書き用のスプレー片手に廃墟凸している姿が何個も動画に上がっている。

 動画の視聴率は微妙だ。知名度があがったら即訴えられそうな行動をとっているので、人気が微妙なのは本人たちからすれば幸いだろう。


「知名度微妙なくせして、横の繋がりは広いみたいで、コイツらの関係者が頻繁にマーゴの家に凸しては荒らして帰るんだよ」


 廃墟を家扱いしているクティに突っ込みを入れたい衝動にかられたが、他のメンバーが真面目に動画を見ているせいで口に出せない。特にマーゴは親の敵でも見るような怨念のこもった顔で動画を見ている。夢に出そうなくらい怖い。


「ここに来ると心霊現象動画が簡単にとれるって、コイツらの身内に広まったみたいでな」

「ボクが丹精込めて、幽霊が一杯来るようにしたからね! そりゃ心霊現象はいっぱい起こるよ! 今だって二十人くらいいるし!」

「ど、どこに!?」


 思わず久留島は周囲を見渡した。

 院長室はマーゴが過ごす部屋らしく、廃墟にしては家具が揃えられている。それでも壁や天上は汚れているし、変に家具だけ真新しいために他とは違う異質さがある。

 そんな、どこに幽霊がいてもおかしくない室内をぐるりと見回すと、クティと目があった。クティは楽しそうに口角を上げる。


「知りたいか?」

「知りたくないです!!」

 力いっぱい叫ぶとクティは愉快そうに声をあげて笑った。


「前はもっといたの! でも変な奴らがカメラにスマホもって押しかけるから、ビックリして何人か逃げちゃったし、驚いてうっかり成仏しちゃったんだから!」

「成仏はいいことだろ」

「よくない! ボクのご飯なのに!」


 双月の突っ込みにマーゴは両手をぶんぶんと上下に振りながら答えた。幽霊視点でみれば食べられる前に成仏出来てハッピーだが、マーゴ視点で見れば丹精込めて作った野菜を盗まれたような気持ちなのだろう。幽霊って野菜なんだっけ? と久留島はさらに混乱した。


「幽霊って意外とあっさり逃げたり、成仏するんですね」

「お前だって、家にいきなり知らない奴らがカメラやら酒やら持って押しかけてきたら逃げるだろ。幽霊にとって一番の逃げ道は成仏だ。この世の存在はあの世にはいけないから、後腐れなく問題解決できる」


 納得できるような、出来ないような説明だが深く考えることはやめることにした。知らない人が自分の家に勝手に入ってきたら怖いというのだけはよく分かる。


「それで、マーゴはコイツらをどうして欲しいわけ?」

「ここに一生来ないようにして欲しい。ムリならボクがサクッと……」

「お前、生きてる人間に手を出したらレッド入りだからな」


 マーゴの発言を遮るようにして双月がドスのきいた声をだした。マーゴは目をパチパチと瞬かせて、隣に座っているクティを見る。


「レッドって、特視が使ってる外レ者の危険度だっけ?」

「そー。レッドは人間に害がある。交渉が難しい外レ者って認定だから、変なことすると双月が切り刻みにくる」

「えぇ……ボク、生きてる相手とは相性悪いからなあ……双月相手だったら勝ち目ない」


 しょんぼりと肩を落とすマーゴの背をクティがポンポンと叩く。生きるか死ぬかの話をしている割には会話が緩い。双月も脅しがきいているのか分からない状況に眉をつり上げていた。


 レッドとはクティが言っているように特視が決めた外レ者の危険度だ。分かりやすい弱、強といった単語を使わないのは、強の認識を与えられた外レ者がパワーアップすることを避けるためだ。

 そのため特視では、グリーン、イエロー、レッド、ホワイトという色の四段階で外レ者を分類している。グリーンが危険なし。イエローが場合によっては危険だが交渉可能。レッドが危険かつ交渉が難しい。ホワイトが怒らせるな。という分類になるらしい。


「マーゴは生きている人間には無害ってことでグリーン判定だったんだ。生きてる人間に害を与えるようになったら、即レッド入りだ」

「えぇーなんで。ボク、生きてる人間に対しては普通の人間と変わらないんだから、イエローでいいでしょ」


 マーゴは不満だと全身で訴えるが双月の視線は冷ややかだった。緒方は困った顔をしているが双月の発言を否定もしない。


「判断基準は一般人から見てだからな。マーゴでも一般人からすれば十分脅威だ。人間は殴ったら死ぬからな」


 クティはそういって笑うと流しっぱなしの動画を見る。

 殴ったら死ぬ。その言葉が具体的な相手、現在動画に映っている三人組に向けられた言葉だとわかりゾッとした。


「レッド判定食らおうと、特視はマーゴをどうこうできねえから気にすんな」

「舐めるのも大概にしろよ」


 双月の低い声に久留島は肩を跳ねさせた。しかし怒気を向けられたクティは涼しい顔で笑っている。愉快そうですらあった。


「舐めるに決まってんだろ。お前らはマーゴをどうにも出来ない。だってコイツは俺のお気に入りだからな。俺がお前らに協力しなくなったら困るだろ? 特視の皆様方?」


 完全にバカなにした顔でクティは笑うと足を組んだ。ほら、言い返してみろよと余裕綽々の顔が告げている。双月は音がするほど奥歯を噛みしめ、緒方はそんな双月を慰めるように背中を撫でる。


「その通りではあるんですけど、クティさんとしてもマーゴ先輩がレッドになったら面倒でしょう。クティさんに関しては今までのこともあって、一線は越えないと信頼していますが、マーゴ先輩に関しては違う。マーゴ先輩の行動によっては交渉や討伐を考えなければいけません。今まで上手くやってきたんですから、こちらとしても殺伐とした関係にはなりたくありません」


 緒方の説得にクティは考えるそぶりを見せた。人ごとのように話を聞いていたマーゴもかすかに眉を寄せる。


「双月に追いかけまわされたり、センジュカに祟られたりするのは嫌だなあ……」

「大鷲にも監視されまくりますよ」

「えぇープライバシーの侵害。ボク、クティさんと違って健全に生きてるのに」

「俺が不健全みたいな言い方すんな」


 マーゴの両頬をクティは容赦なく引っ張る。「いしゃい、いしゃい」と涙目で訴えるマーゴと本気で怒っているわけではなさそうなクティのやり取りは、仲の良さを感じさせた。


「嫌だったら今後も生きてる人間には手を出さないでくれ」

「そうだねえ。特視に恨まれるのは面倒くさいし、ものすごぉーく腹立ったけど、コイツらも怖がらせるくらいで許してあげるよ」


 マーゴはそういうとニコニコと笑う。いくら迷惑動画配信者とはいえ、眼の前で人外に殺されるところは見たくない。久留島は胸を撫で下ろした。


「追い払うっていっても具体的にどうするんだ?」

「二度と来たくないってほどに脅かせばいいだろ。ちょうどよく化け狸と、暗闇に瞬間移動できる奴もいるし」


 クティの視線を受けて、離れた場所に立っていた風太とイルがビクリと体を震わせる。風太は気丈にもクティを睨み返したが足が震えている。イルは見た目は大学生だと言うのに小学生の背に隠れて小さくなっていた。


「おいおい、そんな怯えんなよ。仲間だろ俺達。俺は将来有望な外レ者は大歓迎だ。短命で薄情で、バカな人間に俺達の存在を刻めつけるには仲間は多いに越したことはない。まあ……」


 クティはそこで言葉を区切ると笑う。今まで見たのが序の口だったと分かるほど、上から押しつぶすような獰猛な笑みだった。


「俺に逆らわないったいうのが、絶対条件だけどな」


 真っ青になった風太とイルを数秒見つめてから、クティは綺麗な笑みを浮かべた。今にも息の根を止めてきそうなプレッシャーはなくなったが、あの圧を感じたあとだ。何事もなかったようにクティと話せるはずもない。

 ガクガクと震える二人を見つめて、クティは微笑んだ。虫も殺さないような綺麗な笑みが、これほど恐ろしいと思ったのは初めてだ。


「協力してくれるよな?」


 選択を食べるという外レ者は、こちらに選択を選ばせるつもりがないらしい。

 必死に上下に頭を振る風太とイルに、緒方と双月は可哀想にという視線を向ける。


「よーし! 頑張って不法侵入者追い払うぞ!」


 マーゴだけが元気いっぱい、拳を天に向かって突き上げた。

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