3-4 養殖場

 所々欠け、衝撃を与えたら崩れそうな階段を恐る恐る登っていくこと数階。最上階にてクティは足を止めた。久留島たちがついて来ていることを確認すると、無言で先へと進んでいく。双月はその態度に顔をしかめたが、久留島はその態度になれてきた。警戒心強めな野良猫みたいなものだと思えば可愛げもある。


 最上階に足を踏み入れた瞬間、他の階と空気が違うと感じた。他の階で感じた、ナニかがいそうな薄気味悪さがないのだ。

 キョロキョロと辺りを見回していると、同じように戸惑うイルが目に入った。風太は鼻を引き尽かせた後、鼻の頭に盛大にシワを寄せた。


「なんか居る……」

「それ、僕の専売特許なんだけど」

「ふざけてる場合じゃなくて、ここの主みたいなのがいる」


 イルの茶化しを流し、風太は久留島のスーツの裾を掴んだ。今日だけで伸びてしまった気がする。初給料でもう一着スーツを買おうと決めた。


「マーゴだろ。ここのフロアは掃除されてるし、マーゴが活動拠点にしてる場所なんだろうな」


 辺りの様子をうかがいながら緒方がいった。言われてみれば他のフロアに比べると綺麗に片付いている。廊下に物が落ちていることもなく、埃っぽさも感じない。道中にあった空き缶やら懐中電灯やら、不法侵入の痕跡も見つからなかった。


「こっちだ」


 周囲を観察していると、先に進んでいたクティが声を張った。見れば来い来いと手招いている。双月が渋々といった様子で近づき、久留島たちはその後に続く。近づいてきたのを確認したクティは扉を開けて部屋の中に入った。

 他の部屋に比べて豪華な扉には「院長室」というプレートが入っている。ホラーゲームであったらラスボスがいそうな場所に久留島が唾を飲み込んでいると、双月があっさり扉を開いた。


 中は廃墟とは思えないほど整えられていた。他の部屋ではボロボロだったカーテンはしっかりしたものがかけられ、比較的新しい絨毯にソファが置かれ、なぜか部屋の隅にテントがはられていた。

 クティはソファの前で腰に手を当てて立っている。クティの背中で見えないが、ソファに誰かが座っているらしい。


 のぞき込むとソファにはジャージ姿の青年が座っていた。大学生くらいだろうか。茶色の髪にクティと同じく独特な瞳をしている。顔立ちはクティに比べると平凡だが、愛嬌を感じさせる親しみやすさがあった。

 そんな青年が水筒を両手で掴んで、えぐえぐと泣いている。なんとも奇妙な光景だ。


「……マーゴ、どうした?」


 状況を理解できなかったのは双月も一緒だったらしく、しばしの間を置いてから絞り出された言葉がそれだった。その言葉で青年、おそらくマーゴはクティ以外の存在に気づいたらしい。勢いよく顔を上げ双月の存在に気づくと、水筒を放り投げて双月にかけよった。


「双月、雄介~! も~聞いてよ! 酷いんだよぉ!!」


 そういいながらマーゴは勢いよく双月に抱きついた。結構な勢いだったが双月はびくともしない。体幹すごいなと久留島が慄いている間に、緒方は慰めるようにマーゴの頭を撫でていた。

 身長は双月の方が低いので、大学生が高校生に抱きついてワンワン泣いている図になる。現場が廃墟ということも含めて、なんだこれと言いたくなる状況だ。


「マーゴ、なにがあったんだ……」


 若干めんどうくさそうな顔で双月が問いかけると、双月の肩に頭を擦り付けていたマーゴが勢いよく顔を上げた。眉は下がり、目は涙目で、事情は全くわからないのに味方をしてあげたくなるような魅力があった。

 怪しく一筋縄ではいかないクティを先に見ていたので、久留島は安心した。マーゴであれば変なことは言わなそうだ。最初はどうなることかと思ったが、案外あっさり事態は解決しそうだと胸をなで下ろす。


「ここボクの家なのに、皆勝手に入ってくるんだよ!! まとめてぶっ殺していいかな!?」

「よくない!!」


 思わず久留島は叫んでいた。その叫び声で初めて久留島の存在に気づいたらしく、マーゴはきょとんとした顔で双月越しに久留島を見る。「誰、この人」という顔は、幼い頃実家で飼っていた犬を思い出したが、発言は全く可愛くなかった。

 見た目に騙されるなという双月の言葉が、ものすごく身にしみる。


「マーゴ……いつからそんな物騒な発言をするように……クティか? クティが悪いのか?」

「俺のせいじゃねえ。元々コイツは元人間のくせに倫理感バグりまくってただろ」


 双月が額に手を当てて呻くと、クティが心外だとばかりに腕を組んで鼻を鳴らした。元がどんな人間だったかは知らないが、クティからも影響を受けているのは間違いない。だが、口に出したら怖いので黙っておく。


「マーゴ先輩、なんでそんなぶっ飛んだ発想に」


 緒方が慰めるようにマーゴの頭を撫でる。先輩と言っているのにあやす仕草はまるっきり子供扱いで、どういう関係? と問いただしたくて仕方なかったが、今の状況で聞けるわけもない。イルに「知ってる?」と視線だけで問いかければ、首を拘束で左右に振られた。

 風太は思いっきり引いた顔をしている。


「せっかく、クティさんが、美味しいご飯の養殖場として廃墟買ってくれたのに」


 目を両手でこすり、女性であったら庇護欲をそそられそうな姿と声でマーゴは涙混じりに訴える。

 しかし、美味しいご飯が幽霊だと知っている久留島は、全く可愛いと思えなかった。


「ここを立派なホラースポットに育てて、幽霊が勝手に吸い寄せられる幽霊ホイホイにしようと思ってたのに!!」

「幽霊ってネズミホイホイのノリで捕まえられるの?」

「弱い幽霊だと強い幽霊とか、呪われた土地とかに引っ張られて、特定の場所から出られなくなることがある。あの兄ちゃんはここをそういう場所にしたかったんじゃないか」


 小声で風太に聞くと風太は眉間にシワを寄せたまま答えてくれた。自分で言った答えに引いているのがありありと分かる。外レ者から見てもマーゴの発想は引くものらしい。


「勝手にホラースポット作ろうとすんな! そういうのはこっちに報告入れろって言っただろ!」

「言ったら許可したか?」

「するわけねえだろ!」

「じゃあ、報告するわけねえだろ」


 双月の叫びに対してクティはニヤニヤ笑いながら答えた。バカにしてますと全身で語る態度に双月の額に青筋が浮かぶ。緒方がまあまあとおさえているが、いつ爆発してもおかしくない状況だ。久留島はそっと双月たちから距離をとった。


「上手くいくかも分からなかったから、実験もかねてるんだよ。いいじゃねえか。訳ありホラースポットをマーゴが管理するようになれば、定期的に見回りして除霊しなくてよくなるぞ。全部マーゴが食べるからな」


 こちらに利があるように聞こえるが、なにかが引っかかる。久留島と同じ事を緒方と双月も感じたらしく、双月の視線が鋭くなった。


「本当の目的は?」

「ひどいなぁ、疑うのか? 俺とお前らの仲だろ? 特視入りたてで、右も左もわからねえお前らの面倒みてやったじゃねえか。ひどいなあ、恩を仇で返すなんて」


 クティはそういいながらニヤニヤ笑っている。緒方と双月を煽るためだけに、わざと腹立つ言動をしているのがよく分かった。緒方はため息で終わったが、双月にはクリーンヒットしたらしく、今にも殴りかかりそうな形相をしている。


「クティさんのいうことが本当なら、確認のために彰さん呼ばないといけなくなるんですけど、いいですか?」


 彰という名前が緒方から出た瞬間、クティの反応が変わった。上から目線のにやけ笑いが引きつったものに変わる。泣いていたマーゴですら固まった。


「な、なんで彰様が関わるんだよ!?」

「なんでって、特視に所属している職員で霊視が出来る人間は出払ってるので」

「そうだなー。クティがいう通り、特視に利点がある話なら早急に確認しないといけないから、彰さんに協力仰いだ方がいいよなー」


 怒りで震えていた双月が、先ほどのクティと同じにやけ笑いで棒読みの台詞を言い始めた。それに対してクティは悔しさで顔をゆがめ、拳を握りしめている。

 久留島はこっそりイルに質問した。


「彰様って?」

「ヤバい人」


 答えイルから完全に表情が抜け落ちていた。風太は知らないようで首をかしげているから追加情報はない。とりあえず、外レ者の中でも有名な存在らしい。


「彰様がついてくるなら、リンさんも一緒にくるでしょうね」

「ホラースポット全制覇計画は白紙に戻す」


 緒方の追い打ちにクティは苦虫をかみつぶしたような顔をした。久留島としては全制覇というのが言葉通りの意味なのかが気になった。全国のホラースポットを手中に収めるつもりだったのなら、野心家過ぎて恐ろしい。


「だが、ここはもう俺の所有物だからな。マーゴの餌場がなくなって、マーゴが消えるのはお前らだって嫌だろ。さっき緒方もいってたもんな! 俺たちがいなくなったら寂しいって!」

「お前、このために言質とったのかよ!」


 悪いかとばかりに鼻で笑うクティを見て、再び双月の怒りボルテージがあがっていく。この二人、相性がものすごく悪いんだなと久留島はまた少し距離をとった。イルと風太も久留島と同じく距離をとっているから、気持ちは同じようだ。


「結局、何が起こってマーゴ先輩はこんなに泣いてるんですか」


 半ば放っておかれているマーゴの背中を緒方が撫でる。ぽろぽろと涙をこぼすマーゴを見ていると、初対面だというのに助けてあげなければという気持ちになってくる。

 説明を求めるようにクティを見ると、クティはガシガシと頭をかき、長く重たい息を吐き出す。これは演技ではなく、本当に困っているように見えた。


「ここ、迷惑動画配信者に目つけられたんだよ」


 だからこそ次に発せられた言葉に久留島は固まる。久留島の後ろで風太とイルが「動画配信者ってなんだ?」「さあ?」と会話しているのが聞こえ、そっちに混ざりたいと心底思った。

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