3-2 厄介な相手

 クティが指定した集合場所はよりにもよって廃病院だった。いかにもなにかでそうな寂れた建物が遠くに見え、それが目的地だと気づいたとき、久留島の表情は無になった。逆にイルは目を子供のように輝かせていた。

 

 ナニかいるという恐怖で生まれたイルからすると、いかにもなにか出そうな場所は実家のような安心感があるそうだ。久留島には全く理解できない感性だった。

 同じ外レ者でも風太の方は、建物が近づくにつれて落ち着かなくなった。理由を聞けば、自分より強い動物のテリトリーに入ってしまったような不安を感じるとの答え。

 

 話を聞いた双月と緒方は勘が鋭いことはいいことだと風太を褒め、それに気を良くした風太は誇らしげに胸を張った。子供らしい愛嬌のある姿だったが冷静になって欲しい。

 風太の勘を双月と緒方が否定しないということは、廃病院は風太よりも強いナニかのテリトリーということである。

 大丈夫なのかと双月たちを問い詰める前に、無常にも車は廃病院についてしまった。


 車から降りたくなかったが、車で一人残るのも怖い。仕方なしに久留島は車から降りた。イルは遊園地に遊びに来たような顔ではしゃぎ、キョロキョロとあたりを見回している。

 風太は完全に警戒していて、久留島の背中に張り付いていた。久留島を頼りにしているのであれば可愛げもあるが、ナニか出てきたら盾にしてやろうという魂胆が丸見えだ。


 それでも、自分より怯えている存在がいると多少は落ち着く。久留島は周囲を見渡した。

 廃病院は五階建ての大きな建物だ。もとは立派な病院だったのだろうが、窓が割れ、壁はひび割れ、植物のツタが絡まっている。緒方が車を止めた駐車場らしき場所は、コンクリートが割れて草が飛び出し、いたるところにゴミが置かれと散々な有り様だ。


 立地が悪かったのだろうかと久留島は周囲を見渡した。病院の周辺には鬱蒼とした森がある。人が暮らす市街からも離れているうえ、周囲を取り囲む木々によって、昼間にもかかわらず暗い印象がつきまとう。

 いかにも出そうな雰囲気。オカルトマニア、廃墟マニアがが目を輝かせる場所だろが、久留島にはそういう趣味は一切ない。一人大はしゃぎするイルに素直に引いた。


「元気そうだな。久留島零寿」


 気づけば後ろから名が呼ばれた。久留島の服が勢いよく引っ張られ、体がムリヤリ回転させられる。背後に張り付いていた風太の仕業だ。

 おかげで風太に文句を言う前に、久留島に声をかけた人物と強制的に対面することになった。


 そこに立っていたのは廃墟に似合わない派手な男だった。耳、首、指とゴテゴテとアクセサリーをつけており、ジャケットはピンクで中に来ているのは柄物のダメージシャツ。腰にはベルトやらファーがついていて、ダメージジーンズからは男にしては白い肌が覗いている。履いているブーツもスタッズがこれでもかとついたデザインで、とにかく派手でごちゃついていた。

 にも関わらず、不思議とまとまって見える。巳之口の奇抜な派手さとは違い、男には衣装に飲まれない独特な雰囲気があった。


「人を驚かせないと生きていけないのか」


 呆れた顔で近づいてきたのは双月。その隣の緒方も苦笑している。

 気づけば大はしゃぎしていたイルは、緒方の背後に張り付いていた。あれほど浮かれていたのに、その顔からは血の気が失せている。

 風太が先ほど以上に強く久留島のスーツを握りしめる。両親からもらった一張羅が破けないかとヒヤヒヤしつつ、久留島は恐る恐る男を見つめた。


 藍色の髪に翠と黄色が混じったような独特な瞳。口角を上げて笑う姿はまさに悪役といったところ。

 顔が整っている奴には気をつけろ。そう双月が言っていたことを思い出し、久留島は唾を飲み込んだ。


「クティさん、新人に圧かけるのやめてくださいって」

「俺の圧ぐらいでビビるなら、これから先やってけねえだろ」


 緒方の非難にクティと呼ばれた人物は手をひらひらと振って答えた。それから久留島に整った顔を近づける。

 いくら整っていようと男のドアップである。久留島は身を引こうとしたが、それより先にクティの瞳に目を奪われた。久留島の内側を覗き込むような眼差しに恐怖を覚えるのに、体が動かない。

 久留島が動けないことをいいことに、じっくり観察したクティは口角を上げた。


「おい、久留島。クティさんは強くて怖いっていえ」

「はい?」


 意味のわからない要求に久留島は固まった。その時間が長くなるにつれ、クティの機嫌が目に見えて悪くなる。


「お前は言われた言葉を復唱することもできねぇのか?」

「で、できます! クティさんは強くて、怖い!!」


 怖いに特に力の入った、叫びのような復唱にクティは何故か満足そうな顔をした。


「特視なんかやめて俺と一緒に来ねえ? 特別に欲しいもん、何でも用意してやるぞ。女も金も幸せな人生も」


 そういってクティはさらに久留島に顔を近づけた。相手は男だとわかっているのに、先程よりも甘い声、上目遣いのキラキラしたイケメンを見ていると落ち着かない気持ちになる。

 見目の良い奴は危ないと双月がいった意味がわかり、なんとか距離をとろうとしたところで久留島とクティの間に誰かが割って入ってきた。


「この節操なし! うちの新人誘惑すんな!!」

「誰が節操なしだ! ちゃんと美味そうや奴、金になりそうな奴、親しくしておいたら得しそうな奴を選んでるっての」

「余計タチわりぃじゃねえか!!」


 ギャンギャン吠える双月にクティは面倒くさいという顔をして腕を組んだ。視線が外れたことにホッとした久留島のスーツを誰かが引く。

 後ろを見れば風太が眉間にシワを寄せ、グイグイとスーツを引っ張っていた。風太が久留島を引っ張っていこうとする方向には、緒方とイルがいる。青い顔で早く来いと顔で表現するイルを見て、久留島はそそくさと移動する。

 このままクティと間近で対峙するのは危ない。そう察するには十分だった。気づいたときには莫大な借金を背負わされそうな雰囲気がある。


「お前が邪魔するから逃げられたじゃねえか。能力の使い方教えてやったの誰だと思ってんだ」

「お前が丸投げしてくる面倒事、解決してやってんの誰だと思ってんだ」


 双月とクティは一歩も引かずに睨み合っている。クティの表情は氷のように冷たい。久留島を見上げてきたときの甘ったるい顔とは雲泥の差だ。先程までの顔が演技だったと気づいて久留島は戦慄した。双月が間に入っていなければ、お持ち帰りされていたかもしれない。


「く、クティさんって同性好きなんですか?」

 小声で恐る恐る緒方に問いかける。緒方は嫌そうな顔をした。


「生まれつきに同性、異性って感覚は薄い。恋愛感情も希薄だ。人間のことは食料としか見てない奴も多い。クティもそのタイプ」

「……つまり?」

「お前が美味そうだし、有用だから機嫌とって側に置いとこうって思っただけだろ。非常食として」


 非常食という言葉に久留島の体は震えた。風太とイルが険しい顔で頷いている。そこは冗談だと言って欲しかった。


「お前ら、俺を頼ってきたっつうのに、随分な態度じゃねえか。俺はお前らがどうなろうとどうでもいいんだぞ」


 不機嫌そうなクティが高圧的に言い放つ。噛みついていた双月が悔しそうな顔で黙り込んだ。そんな双月を見て、クティは愉快そうにニヤニヤ笑う。

 車の中で言っていた、性格が悪いというのは事実なようだ。


「クティさん、そのくらいにしてください。説明もされずに、金、女なんていわれたら、どんな人間だって警戒しますよ」


 緒方がそう言いながら近づくとクティは鼻を鳴らす。眉間にシワが寄った姿を見るにまたもや機嫌が悪くなったらしい。機嫌の上がり下がりが激しく、苦手なタイプだなと久留島はクティから距離をとった。


「見えたなら教えてもらえますか?」

「……厳重保護。コイツみたいに村からでてきてる奴らもいんだろ。全員見つけて監視した方がいいぞ。変なのに利用されたら終わりだ」


 クティの言葉に緒方と双月の顔が険しくなった。風太とイルに説明を求める視線を向けたが、二人は意味がわからないらしく首を傾げている。


「えっと……俺に関係することなんですよね? どういう意味ですか?」

 恐る恐る問いかけるとクティは考える素振りを見せた。緒方も双月も黙ってクティの言葉を待っている。


「コイツは、知っても知らなくても体質は変わらないし、器用に使えるタイプじゃないから好きにしたらいい」


 やがてひらひらと手を降ると緒方と双月、久留島たちの方へと歩いてくる。

 クティが近づくにつれ、いつのまにか背後に隠れていたイルと風太が、思いっきり久留島の体を掴んだ。痛いと悲鳴をあげる久留島を見て、クティは愉快そうに目を細めて足を止める。


「そんな雑魚かわいがってないで、俺みたいな有能に媚び売れよ。いい思いさせてやるって」

 またもや近づけられた顔に久留島は慌てて距離を取った。クティは久留島の反応を面白がるように目を細めている。


「お前、いつからそんな人間に媚びうるようになったんだ」

 呆れた様子で近づいてきた双月をクティは鼻で笑った。


「俺はもともと生き残るためなら何でもやってきた。温室育ちの、名前も体も血筋も、全部与えられてきたお前らとは違うんだよ。媚び売るくらいで生き残れるなら安いもんだろうが」


 不機嫌そうにそう吐き捨てて、クティは今度こそ久留島の横を通り過ぎ、廃墟の中へと入っていった。

 後を追うべきなのだろうが追う気になれず、久留島は双月を振り返る。


 双月は眉間に深いシワを寄せ、不機嫌だと一目で分かる顔をし、地面を睨みつけていた。そんな双月を緒方は呆れや、仕方ないなという苦笑の混じった顔で見つめている。


「久留島、あの性悪野郎のいうこと絶対聞くなよ! イルと風太もなるべく近づくなよ!」


 双月に睨まれて久留島は反射的に頷いた。イルは首が千切れそうなほど頭を振っているし、風太は当たり前だという顔をしている。

 クティの第一印象はみんな悪いようだ。


「クティさんに心を許すのは危ないが、あんまり苦手意識を見せると機嫌悪くなるから、ほどほどにな」


 緒方は苦笑交じりに難しいことをいい、クティのあとに続いて廃病院の中へと入っていく。双月も無言であとに続いたものだから、残された久留島たちの三人は渋々あとに続いた。

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