ファイル3 廃墟に住まう者

3-1 クティ

 次の日、久留島は双月に叩き起こされ、気づけば車に乗せられていた。初日以降、クローゼットの肥やしになっていたスーツに袖を通していたが、着替えた記憶がない。

 双月に「さっさと着替えろ」と投げよこされたことはぼんやり覚えている。まさか着替えまで手伝わせていないよなと、目が覚めた久留島の背中を冷や汗が流れた。


 そんな双月は助手席に座り、運転中の緒方と話している。内容は聞きとれない。久留島の隣に座っているイル、窓際にいる風太がはしゃいでいるためだ。


「うるせえぞ! 田舎者ども!」


 ついに我慢できなくなったのか、双月が振り返りながら怒鳴った。イルと風太はビクリと肩を震わせたものの、流れる景色が気になるのか、気づけば車外の光景に目を奪われている。

 そんな二人の様子に双月は顔をしかめ、大きなため息をつく。うるさいことには文句を言いたいが、二人がはしゃぐ気持ちは分かるのだろう。


 生まれた山周辺しか知らない風太に、体を得るまで特視の施設内からでられなかったイル。二人にとってはただの風景すら特別なものに見えるらしい。

 一人上京したときのことを思い出し、久留島は懐かしい気持ちになった。当時を思い出せば、イルと風太を止める気にはなれない。ただ声のボリュームは落としてほしいと、双月と同じことを思った。


「お前ら、これから会う奴の前でギャーギャー騒いでみろ。どんな目にあっても知らねえからな」

 ソワソワしている二人に対して、双月がどすの利いた低い声を出す。イルは青ざめ、風太は顔をしかめた。


「イルはともかく、風太は完全におまけなんだから、大人しくしてないと、本当にひどい目にあうからな」

「クティさん、子供嫌いなタイプだよな」


 念押しする双月の言葉に緒方が苦笑交じりに同意する。クティという言葉を聞いてイルの顔がますます青くなったが、風太は首を傾げている。


「イルの方は知ってるんだな」

 座り直した双月は、バックミラー越しにイルの顔色をうかがっていた。風太も不思議そうにイルの様子を見つめている。


「特視に長年いたというのは、嘘じゃないんだな」

「ってことはお前、機密も知ってるだろ。特視所属決定だな」

「えぇ!?」


 イルは悲痛な声を上げたが双月は涼しい顔、緒方は苦笑しているが否定しない。特視の機密というものがどういうものか知らないが、知ったらヤバそうなことは察せられる。

 イルは「せっかく体ができたのに……」と肩を落として落ち込み始めた。言動はともかく、容姿は整っているので可哀想に見えてくる。イケメンなんて思い浮かべなければよかったと、久留島は顔をしかめた。


「えっと、これからクティって人に会いに行くんですよね?」


 やっと質問できる空気が整ったので、久留島はおずおずと質問した。昨日から聞きたいことはいろいろあったのだが、緒方も双月も忙しそうで聞くタイミングを逃したのだ。


「クティが関わる案件、まだ読んでないか」

「はい」

 双月は微妙な反応をした。どういう感情なのか分からず、久留島は首を傾げた。


「クティさんの能力は説明が難しいんだ。本人の性格も一筋縄じゃいないと言うか……」

「底意地が悪い」


 緒方の苦笑交じりの説明を双月が引き継ぐ。双月はクティという人を嫌っているようだ。緒方が訂正しないということは、底意地の悪い性格というのは間違いないらしい。


「外レ者の中でも有名なのが、悪魔、魔女って通り名で呼ばている奴ら」

 二人の説明が不足だと思ったのか、イルが説明を引き継いだ。双月たちは何も言わない。イルがどこまで知っているのか確認したいのかもしれない。


「俺も聞いたことがある。悪魔も魔女も粘着質な性格破綻者だから、目をつけられると生き地獄を味わうって」

 風太が子供らしい無邪気さで恐ろしいことをいった。その話が事実なら絶対に近づきたくない。


「その悪魔の一番弟子っていわれてるのがクティ。師匠ほどではないけど、敵と認識したら容赦ないって話」

 そう言ってイルは緒方と双月の反応をうかがった。二人ともイルの説明を否定しない。つまり、事実なのだ。


「そんな怖い人のところに何しに……」

「性格がひん曲がってるのは事実だが、能力があるのも事実なんだよ。だから面倒なんだよな、クティは」


 双月は腕を組み、眉間に深いシワを寄せた。


「クティは選択を食べる」

「選択……?」


 意味がわからずに久留島は呟いて、隣にいるイルと風太を見つめた。イルは険しい顔をしていて、風太は久留島と同じく首を傾げている。わからない仲間がいることにほっとした。


「生きてるといろんな選択をするだろ。今日ならクティに会いに行く、行かないだな」

「これからクティに会いに行って、久留島がクティと会ったことをものすごく後悔するとする。会いに来なきゃよかった。会いに来る前の時間に戻りたい。そういう願いをクティは叶えられる」

「過去に戻れるってことですか!?」


 緒方、双月と続いた説明に久留島は思わず大声をあげた。風太も驚きに目を見開いている。


「クティは人間の、やり直したい。過去に戻りたいって感情の集合体だ」

「同じ集合体なのにイルと全然違いますね」

「傷つくだろ!!」


 久留島の感想にイルが悲鳴みたいな声を上げた。見れば半泣きだ。久留島は少し、申し訳ない気持ちになった。


「クティは過去の選択も、未来の選択も見える。久留島を見ればお前がどんな選択をしてここにいるのか、これからどんな未来を歩むのか、全部わかる」

「ひぇ……」


 双月の説明に思わず情けない声が漏れた。一目見ただけで全てが丸裸にされるということだ。想像しただけで恐ろしくなってくる。


「なんでそんな怖い人のところに……」

「お前の体質知るなら、クティに見てもらった方が手っ取り早いからだ。お前は自覚ないだろ」

「えぇ……まあ……」


 イルに体を与えたのは自分だと言われたが、未だにその実感はない。

 バックミラー越しに双月の鋭い目とあって、久留島は身を縮こませる。特視にくるまで、田舎育ちの平凡な人間だと思って生きてきたのだ。今更違うと言われても、双月の勘違いじゃないのかという疑惑の方が大きい。


「クティさんは怖いが、一応、特視と協力関係ってことになってるから変なことはしないだろ。たぶん」

 緒方がフォローのつもりでフォローになってないことを言う。そんなことを言われて安心できるはずもなく、久留島だけでなく風太とイルも微妙な反応だった。

 

「クティが無理って言うなら、それも判断材料になる。外レ者のヒエラルキーは絶対だからな」

 どういうことだろうと首を傾げていると、腕組みをした双月が説明してくれた。


「外レ者っていうのは自分より強い相手に能力が効かないんだ。俺の能力は切ることだが、自分より強い相手なら切れ味が落ちる。イルだったらまっぷたつに出来るが、クティ相手だと切り傷程度だな」

「僕を例えに出さないで!! 怖いから!!」


 イルがそう叫んで久留島にすがりつく。男に密着されても嬉しくないのだが、自分が真っ二つにされるのを想像してしまったのであれば同情する。


「久留島の選択を見れば、お前に執着しているタガンの姿もどこかの選択肢にいるはずだ。それが見えなければタガンはクティ以上。見えればクティ以下」

「見えた方が対策はしやすいな。クティも気分によっては協力してくれるだろうし」

「気分なんですね……」


 緒方のつぶやきに思わず反応すると、双月は顔をしかめて緒方は苦笑を浮かべた。


「気分だな。今回はクティにとって旨味がある話ではないし」

「どこまで情報くれるかも微妙だな。アイツ見えても、面白がって黙ってることの方が多いし」


 協力者というにはずいぶんトリッキーな相手だが、未来も過去も分かるという能力は貴重だ。多少のリスクや扱いにくさに目をつぶっても、得られるものが多い。


「今回は無茶振りされると思うから、気を引き締めておけよ」

「無茶振りですか」

 双月の険しい顔、緒方の顔が引き締められたのを見るに冗談ではないらしい。


「新人見て欲しいって頼んだら、ここに来いって住所だけ伝えられた。面倒事押し付けられるパターンだ」


 大きなため息を吐き出して、双月は嫌そうな顔をした。隣りに座ったイルは緊張でカチコチになっている。いつも元気な風太ですら顔がこわばっていた。


 それっきり双月は黙り込んでしまい、緒方はこわばった空気を変えようと話題を振ってくれたが、空気が緩むことはなかった。そのまま車は止まることなく走り続け、クティが指定した場所にどんどん近づいていった。

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