2-11 悪あがき
深夜、イルは呼ばれている気がして特視の外に出た。
弱かった頃は移動するのも一苦労だったが、体を得た今ならば能力を使えば一瞬だ。ナニかがいても不思議じゃない、木々の間に出来る暗闇に移動して、イルは周囲を見渡した。
人里から離れている特視の本拠地は、山の中腹という立地もあって静まり返っている。イルからすれば聞き慣れたフクロウの鳴き声や、風に揺れる木々の音が不気味に響く。ただでさえ暗い夜を一層暗くする木々の影にイルは高揚感を得た。
明かりのない、ナニかが居そうな闇。それこそがイルにとっては故郷とも言える、居心地の良い空間だった。
「いい夜だな」
そんな心地の良い空間は男の声でかき消えた。
イルが慌てて振り返ると、木々の間から差し込む細い月明かりの下、男が一人切り株に座っていた。桃色の髪と柄物のシャツは男を不自然に際立たせる。それなのに一切気配がないのが不気味だった。本来ここに居るはずのない人間。イルのフィールドをあまりにもあっさり奪い取って、男はそこに鎮座していた。
この男に呼ばれたのだとイルは直感的に理解する。呼ばれた理由も呼ばれたと感じた理由も理解し、イルの出来たばかりの背に冷や汗が流れた。体を得て数時間しかたっていないのに、死の恐怖を何度も経験することになるなんてと心の中で舌打ちする。
「君は久留島くんにくっついてる土地神様?」
格上だとわかっているが、怯えすぎても足元を見られる。余裕な態度を取り繕ったが、震える足がバレていないかヒヤヒヤした。意識だけだった頃は体の震えなんて気にしなくてすんだのに。欲しかった体が煩わしくなってくる。
「そう。気楽にタガンって呼んでくれていいよ。零寿が姿を与えたのなら、親戚といってもいい」
イルの警戒に反して、タガンはにこやかに笑う。綺麗な笑みは嘘をついているように見えないが、長く生きたものは平然と嘘をつくから油断ならない。人に化ける力を持ったモノであれば尚更だ。
「久留島くんが僕に体をくれたから、君と縁が出来たってことかな?」
「それもあるね。零寿は俺の可愛い子だから」
そういいながらタガンはゆっくり立ち上がる。その顔が、体が、変化した。違和感はほんの一瞬。ノイズが走ったようにタガンの体が不明瞭になったと思ったら、次の瞬間には姿形が変わっている。
その姿はイルが得た体と全く同じ。状況を理解したイルは忌々しげに舌打ちした。
「全部、君の手のひらの上ってわけか」
「君にとっても悪い話じゃなかっただろ。念願の体が得られたんだから」
タガンはそういいながら微笑んだ。王子様みたいだと久留島が言っていたのが分かる。同じ姿を得たというのにイルとはまるで違う。生まれ持っての気品や余裕を感じるのは、神の地位まで登りつめた存在だからだろうか。
「俺が特視に入り込めれば話は簡単だったんだけど、俺の力は双月に通用しない。緒方は双月との縁が深すぎて、洗脳できないだろうし」
タガンはため息交じりにそういうと肩をすくめて見せた。タガンが言うとおり、双月は外レ者のヒエラルキーの中でも上の方に位置する。もともと人間から外レた奴らは生まれつきよりも強いのだ。名前、体、存在を認識してくれる他者。それらを全て持っているのだから、空気みたいにふわふわしている生まれつきとは土台が違う。
それに加えて双月はこちら側でも有名な、呪われた一族の出身だ。脈々と受け継がれた血の濃さは、イルが意識だけの状態で彷徨っていた期間よりずっと長い。しかも代々呪われてきたために、外レ者への耐性も高いときている。
「それが分かってて、なんで久留島を特視に?」
今の状況は念入りに準備したとしか思えない。大学生活を送る久留島にくっついてタガンは人間社会を学び、特視を含めたらこちら側のことも調べていたのだろう。双月たちが会議で話していたタガンの不可解な行動も、この状況を作りだすための布石だったと考えれば納得がいく。
「俺じゃ力不足だからだよ。死にかけの土地神じゃ、零寿は護れない。子供達も護れない」
タガンがいう子供たちが誰を示すのか、イルには分からない。だが、このまま死にたくないという強い気持ちは伝わった。それはイルにもよく分かる感情だ。
「……俺を利用して特視の情報を得ようってことか?」
「そういうこと。風太にも協力してもらっているけど、仲間は多い方がいい」
タガンは邪気のない顔で笑う。協力と言っているが実際は脅したのだろうと想像出来た。風太が時折怯えた顔をしていたことをイルは見ていた。体がなく、意識だけだったからこそ、他の者には隠した姿も見ることが出来たのだ。
「こんな回りくどい方法をとらずに頼めばいいのに。特視の奴ら、そんなに悪い奴らじゃないよ。センジュカさんは機嫌を損ねたら問答無用でぶっとばされるけど」
儚い見た目とは裏腹に凶暴な姿を思い出し、イルは青い顔をした。特視を中心にうろうろしていたので、センジュカのことも昔から知っている。一方的に見られていたと知ったセンジュカが、どういう反応をするのかも想像できるほど。
身の危険を感じ、どう言い訳しようか考え始めたイルの耳に穏やかな声が響く。
「零寿や君たちの反応を見るに、話も聞かずに俺を消滅させるような相手じゃないことは分かった。けど、俺がやろうとしていることは止めるさ」
苦笑交じりの言葉にイルはタガンを見つめた。木々の隙間から差し込む光がタガンの顔を照らす。
自分と同じ顔のはずなのに、イルでは絶対に浮かべられない表情をタガンは浮かべていた。今にも消え入りそうな儚い笑み。それでいて覚悟を固めた鋭い笑み。
ふわふわと意識だけで漂い、ただ見ていただけのイルでは絶対に浮かべられない表情に、自分との圧倒的な差を感じた。
「……なにをしようとしてるんだ」
「死にたくないなら強くなる他ないだろ。今までのやり方で生き残れないのであれば、生き残る方法を探して足掻くしかない」
決意のこもった言葉を聞いて、特視が止めるといった理由を悟る。特視は人間が外レ者の気まぐれに振り回されぬよう作られた組織だ。知らぬ間に生まれてしまったならともかく、目の前で力を得ようとしている存在を見過ごすことはしない。
「特視に関わっていれば、彼らに会える」
「彼ら?」
イルの問いかけにタガンは目を細める。それは遠くにいる、憧れの存在を想うような顔だった。
「俺たちの中で頂点に君臨する存在。魔女や悪魔、呪われた双子」
「ちょっとまって! やばい奴らばっかり!!」
こちら側で有名な、下手に関わったらどんな目にあうか分からない連中の羅列にイルは震え上がった。都会に出てきて調べたと言っても、所詮は田舎生まれの田舎育ち。関わり合いになってはいけない奴らが分かっていないのかと説教しようと思ったが、タガンの表情を見てイルは口にする言葉を変えた。
「機嫌損ねたら、殺されちゃうかもよ」
「それで死ぬなら、もともと生きる才能がなかったんだよ」
これはもうダメだとイルは肩をすくめる。イルには無謀だとしか思えなかったが、タガンには他の方法は見えていないのだろう。
「君、頭よさそうなのに。無謀だって分からないのかな」
「俺だって勝算が少しもないならやらないよ」
「勝算? あるの?」
イルには少しもあるとは思えなかったが、タガンは妙に自信満々だった。
「ここまで俺に都合よく事が運んだのはなぜだと思う?」
「お前の頭が良かったから?」
「山生まれの田舎者だぞ。知識もなければ学もない」
タガンはそこまで言って意味深に笑った。
「だが、未来が少しだけ分かる。俺を神とした村人がそう信じたから」
「ファイル2 そこに居る人」 終
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