2-3 訳ありの集まる場所
特視の仕事は移動が多い。全国各地に紛れている外レ者の様子を見に行ったり、外レ者が関わっていそうな事件の調査に出向いたり。職員によってはほとんど戻ってこずに、ホテルを転々と移動しているらしい。
特視のリーダー的存在は潜入調査でほとんど帰ってこないらしく、現在研究所にいるのは緒方、双月、久留島。自室に引きこもって出てこないという、
蜂屋はネットの監視や情報収集、情報操作を仕事としていると聞いた。極度の人見知りという話で、人が寝静まった深夜に行動し、同じ施設にいるのに滅多に出会わないレアキャラ扱いをされているそうだ。
特視に所属して一週間。オカルト知識がない久留島にできることは少なく、現在は少しでも知識をつけるために言い渡された業務は資料整理。
特視の資料室には歴代の職員達が全国各地から集めた民俗学、オカルトに関する書物、特視が扱った事件の記録が収められている。
部屋に入ると地下とは思えない高い天井、部屋を埋め尽くさんばかりの本棚、資料を調べるためであろう長机が目に飛び込んでくる。
窓はないが、代わりに蛍光が煌々と照らしており、本好きであったら大喜びの空間だ。しかし、扱っているのはすべてオカルト関係。
巳之口だったら歓声を上げるに違いないが、ここにいるのは久留島である。世の中、うまくいかないものだと思いながら、今日も久留島は資料の山たちに向き合った。
テーブルの上にはノートパソコンと積み上げられた資料が置いてある。昨日と変わらぬ光景に、なんで幽霊はいるのに仕事を手伝ってくれる妖精はいないのかと、久留島はふてくされて気持ちになった。
「辛気臭い顔してないで、さっさとやるぞ」
ドアの前で止まっている久留島の背中を風太が勢いよく叩いた。「いたっ!」と悲鳴を上げる久留島の横を通り過ぎ、本棚の方へとかけていく。
風太は意外にも、真面目に資料室整理を手伝っていた。最初は乗り気じゃなかったらしいが、自分の知らない土地に住む外レ者の記録が、思ったよりも面白かったようだ。
久留島は昨日本棚から持ってきた資料の山を見て、ペラペラとめくる。今見ているのは特視の調査報告書をまとめたものだ。年代、どういったモノについての報告書なのかをパソコンの共有ファイルに記録している。
詳しい分類や重要性については蜂屋がまとめてくれるので、久留島がやっているのはリストの作成だ。あらかじめ作られた表に書かれた年代、記録者、調査されたモノなどを書き込んでいく。
この量がかなり多い。
デジタル化に手を付け始めたのは蜂屋が職員になってからだそうだ。
部屋を埋め尽くす本棚を見れば気持ちはわかる。今も時間を見つけてコツコツと進めているらしいが、通常業務が優先のため進みは悪いらしい。
そんなときに久留島がやってきたので、勉強もかねてと押し付けられたのである。
じゃあ他にできることがあるかと言われればない。外レ者への知識も浅く、自分に執着しているというタガン様がどういう存在かもわからない。そんな久留島をホイホイ外に出せないというのは正しい判断だ。
だからこそ、足手まといと言われているようで気が滅入ってくる。
「お前、本当に大丈夫か?」
意味もなく資料をパラパラめくっていると、風太が顔をしかめて立っていた。その両手にはファイルを数冊抱えている。すっかり不貞腐れている久留島より真面目だ。
「うーん、疲れてるのかも……」
久留島はそういいながら目頭をおさえた。慣れない生活で心と体が疲労している自覚はある。緒方と双月には無理はするなと言われているが、久留島は働いているという実感が欲しかった。
太陽の日差しも入らない。決まった顔ぶれしかいない。そんな狭い世界にいると、自分がちゃんと社会人になれているのか不安になる。
「人間ってほんと弱っちくて、めんどうくさいな」
持ってきた資料をおいて、隣の椅子に座った風太は呆れた顔でそう言った。
「お前みたいな弱いやつ、外に出したら軽く食べられそうだ。双月たちがお前を外に出さないのは、正しい判断ってやつだ」
「そんなに俺、すぐに食べられそう?」
「食べられそう」
真顔で即答された。言い返す材料がなくて久留島は落ち込む。
「俺、この仕事向いてないと思うんだよね……」
「人間の仕事のこと俺はよくわかんねえけど、ここ出てったらお前に向いてる仕事あんの?」
首を傾げ、純粋無垢な瞳で問いかけられる。
その返答に詰まった。たとえばここをやめて、最初の希望だった市役所勤務ができたとて、はなして自分はやっていけるのか。できると宣言できるような自信がないことに、久留島は気づいてしまった。
「一週間で弱音はいてちゃ、どこもやってけないよなあ……」
机に突伏すると風太が驚く気配がした。視線をちらりと向けると久留島を見つめてオロオロしている。風太からすると久留島の行動は理解できないものらしい。
「仕事って、そんな大変なのか?」
「いや、俺もここ以外知らないから分からない」
大学時代、飲食店でのバイトは楽しかった。まかないは美味しかったし、店長や同僚もいい人で、懐いてくれる後輩もいたからやりがいがあった。
就職先が決まらなかったら、うちに就職すればいいと店長は笑っていたが、そうすれば良かったかもという後悔が浮かぶ。
しかしそれは、双月の言葉を思い出して消し飛んだ。タガン様の考えによっては親切にしてくれた店長や同僚に、迷惑どころか死ぬような不幸が訪れたかもしれない。
それに気づいてゾッとした。今まで自分がいかに無知で、知らないうちに多くの人を危険にさらしていたのか。何もなかったのが、いかに幸運なことだったのか。久留島は気づいてしまった。
「……俺、ここ以外、居場所ないかも」
タガン様がどういうつもりで久留島に執着しているのかがわからない限り、対処法を知らない人間と共にいるのは危険だ。タガン様の考えによっては久留島は一生、普通の人と共には生きられないだろう。
「あんまり気にすんな。ここにいるのは訳ありばっからしいし」
顔を青くした久留島の背を風大がいたわるようにポンポンと叩いた。
「訳あり?」
「だいたい、お前みたいに人間の群れにいられなくなった奴らだって聞いたぞ。双月は血筋が呪われてて、緒方は怖い一族に恨まれてるから特視にいるしかないんだと」
呪われている。恨まれている。
今までの生活には縁遠い言葉に久留島は目を丸くした。朝食を仲良く食べていた緒方と双月の二人からは、そんな重苦しい事情は感じられなかった。
「興味があるなら調べて見ればいんじゃないか。どっかに資料あると思うぞ」
風大はそういって資料室の中を見渡す。人のことを勝手に調べるのはという気持ちもあったが、久留島も好奇心にかられて資料室の中を見渡した。
広い部屋に並べられた本棚の群れ。多すぎてどのくらいの広さがあるのかも把握できない有り様を見てから、久留島は風太に向き直る。
「……どこにあると思う?」
「整理してたらそのうち見つかるんじゃね?」
風太は軽くそう言って、持ってきた資料を軽く叩いた。
「お前が死ぬまでには見つかるだろ。人間って百歳くらいまでは生きるんだろ」
「……ずいぶん気長な計画だなあ……」
冗談かと思って苦笑いを返したが、風太は不思議そうな顔で久留島を見返した。その反応を見て、風太が緒方や双月と同じ、四十代後半だというのを思い出す。
「……化け狸ってどのくらい生きるの?」
「何事もなければ数百年だな」
さらりと出た答えに久留島は気が遠くなった。数百年なんて想像すらつかない。感覚が違うわけである。
「外レ者について真面目に勉強するよ」
久留島のつぶやきに対して風太は明るい笑顔を浮かべて頷いた。勉強嫌いと騒いでいた子どもが、自主的に勉強をし始めた姿を喜ぶ親みたいな反応だ。
子供に子供扱いされるという状況になれず、居心地の悪さから久留島は立ち上がる。いくら見た目に騙されるなと念を押されても、受け入れるには時間がかかりそうだ。
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