ファイル2 そこに居る人
2-1 慣れない朝
スマホから聞こえたアラーム音で久留島は目を覚ました。時計は七時を示していたが、部屋の中は暗い。久留島に用意された部屋は地下にあり、窓がない。換気システムがしっかりしているとは聞いているが、なんとなく息苦しい。太陽光が入らないので時計を見なければ今が昼間なのか、夜なのかも分からない。
ベッドサイドに置かれたリモコンで電気をつけ、久留島はのそのそと起き上がった。引っ越し前は窓から差し込む朝日で自然と目覚めることが出来たが、ここではそれもない。頭がぼんやりしたままクローゼットを開けて、服に着替える。
買ったばかりのスーツはクローゼットにかけられたまま。初日以降、袖に腕を通してすらいない。
「思ったのと違う……」
ぼやいても現実は変わらない。スッキリしない頭を振って、久留島は動きやすく、汚れても問題ないジャージに着替える。これから仕事にいくんだよな? という疑問が頭をかすめたが、深く考えないようにした。
自室から一歩踏み出せば、そこはもう職場である。遅刻の心配はないがプライバシーもない。高校時代の寮生活に近いが、同級生と職場の先輩では感覚がまるで違う。すぐ近くに緒方や双月の部屋もあるのだと思うと、変に緊張してしまって体も休まらない。
「向いてないのかなあ……」
誰もいない廊下に自分の弱気な声が響いて、久留島の気持ちはさらに落ち込んだ。壁、床、天上、全てが白い空間にも、窓がない環境にも、昼間にもかかわらず電気が煌々と降り注ぐ空間にも慣れない。
特視にやってきてはや、一週間。慣れる日が来るのだろうかと不安になってきた。
「おはよー。早いな」
廊下でぼんやりしていると声がかけられた。久留島はビクリと肩をふるわせて振り返る。そこには眠たそうな顔をした双月が立っており、豪快に欠伸をする。
部屋着らしいTシャツに短パン、眠気でつり気味の目が下がっており、目をこする姿は幼く見える。寮時代、こういう感じの同級生がいたなと久留島は懐かしくなって、すぐさま違う違うと頭を左右に振った。
「お、おはようございます! 双月さん!」
「そんなかしこまらなくていいって、俺の見た目が高校生にしか見えないのは事実。今後、背伸びる予定もないし。ガキとして扱われるのも腹立つけど、変に気使われるのもだるい」
双月はあくびをしながら久留島の横を通り過ぎた。スリッパを履かないタイプらしく、ペタペタという裸足で床を歩く音が響く。春とはいえ、地下の床は冷たい。寒くないのだろうかと思ったが、双月が人間じゃないことを思い出した。
「あの、人間じゃないから、成長しないんですか?」
聞いていいことなのか迷ったが、好奇心が抑えきれずに問いかける。双月は足を止めて久留島を振り返った。
「正確に言うなら、俺が大人になることを求めてないからだ。この見た目だから潜入できる場所もあるし、今の状態でもいっぱい食えるし、力も十分。リーチも俺の場合伸ばせるし」
そういいながら双月は腕を前に出す。Tシャツの袖から少年らしい細い腕が伸びている。そこから突如、人間にはありえないものが生えた。角を見せてもらった時も思ったが、外レ者の外見の変化は唐突で、知っていても久留島は驚いてしまう。
双月の腕から生えたのは固く、鋭い刃物だった。緒方に見せて貰った妖怪図鑑、それにのっていたカマイタチという妖怪を思い出す。
風太によって結界に閉じ込められたとき、結界を切り裂いたのはこの力によるものだ。
「求めるとか、求めないで成長って変わるものなんですか?」
「変わるぞ。俺たち外レ者は、食事がとりやすい姿に成長する。動物だって食料が得やすい形に進化をしているだろう? 俺たちは基本子孫を残せないから、動物の進化に比べると急激だけどな」
双月はそういいながら刃先をしまった。そこにあるのは細すぎるくらいの少年の腕で、先ほどまで刃物が生えていたとは思えない。
「見た目に騙されるなって、これから嫌になるくらい言われると思うけどな、その理由がこれ。子供は相手を油断させるため。顔が整っている外レ者は交渉を有利に進めるために、そういう形に成ってるんだ。人間から外レた奴らは人間だった頃の外見を引き継いでるが、生まれつきは生きるためにその形に成ってる。子供だ、美女だって油断すると痛い目みるからな」
先ほどまで眠たそうに緩んでいた目をつり上げて、双月は久留島を睨み付けた。久留島は言われたことを頭の中で整理したが、どうにも気になる。
「人間から外レるって……」
「いってなかったか? 俺は元人間だ」
双月は明日は雨だというような、軽い口調でいった。
「えぇ!?」
「そういう反応新鮮だな。そういえば最初の頃は俺も雄介もそんな反応してたな」
双月は腕を組み、興味深げに久留島を観察している。昔を懐かしんでいるようでもあるが、久留島からすればそんな場合じゃない。
「に、人間じゃなくなることもあるんですか!?」
「安心しろ。誰にでも起こりうることじゃない。素質、執着、切っ掛けの三つが揃って初めて外れる。執着と切っ掛けはともかく、素質を持ってる奴はなかなかいないからな。お前の家、タガンとかいう神に代々生贄捧げたりしてないだろ?」
「してません!」
久留島は力一杯否定する。世間話のノリで恐ろしいことを問われ、久留島の顔は青くなる。その反応を見て双月は「普通はそうだよな」と呟いている。普通じゃない家を知っているかのような口ぶりだったが、これ以上聞いたら朝からヘビーな話を聞かされそうだ。久留島は疑問を封じ込めた。
「話をまとめると、生まれつきも元人間も、外レ者は食事をとりやすい外見になり、食べた分だけ強くなる。油断は命取り。子供、美形、老人、動物、なんかよく分からないモノ。全部危険だから全てに警戒しろ」
「俺、ここから一歩も出ません!」
地下の生活慣れない。太陽光浴びたいと思っていたが、双月の話を聞いた後では外の方が恐ろしい。ここにはそういったモノを対処する専門家がそろっているのだから安全だろう。そう思って久留島は力一杯叫んだが、双月に呆れた顔をされた。
「いや、仕事しろよ。堂々と引きこもり発言するな」
ド正論すぎてなにも言い返せなかった。双月の外見が高校生なのもダメージが大きい。年下の弟に説教されているような気持ちになる。
といっても久留島には弟はいないので、頭に浮かんだのは地元で弟のように可愛がっていた近所の子だ。
肩を落とす久留島を見て、双月は「しまった」という顔をしてガシガシと頭をかいた。
「あー……そうだな。お前の不安は分かる。タガンの件もあるし、それが解決して、慣れるまでは俺か雄介の両方、どちらかは必ず着くようにするから心配しろ。とりあえずお前はここにある資料読んで、少しでも知識つけてくれ」
「はい……」
小さな声で久留島は返事をした。ここに来てからの仕事はもっぱら資料整理だ。双月の話を聞けば、知識がなければ危険だというのは分かるのだが、来る日も来る日も資料の整理。
場所が地下なこともあり、俺は一体何をしているのだろうという気持ちが強くなってくる。久留島を気遣って、緒方や双月が様子を見に来てくれたり、時折コンビニ行こうと誘ってくれるのも心苦しい。
「まずは朝飯食おう。雄介が何か作ってくれてるはずだ」
久留島の前を歩いていた双月が戻ってきて、久留島の背を押した。並ぶと双月との身長差がハッキリわかる。自分より先輩だと分かっているのに、自分より小さい子供に気を遣わせているという認識が消えてくれない。
「はい……」
気落ちした久留島の声に双月が困った顔をしたのが分かった。それでも、どうすればいいのか分からなかった。
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