1-4 未来のために

 双月と一緒に歩くと、あっさり山のふもとにたどり着いた。さっきはいくら走ってもたどり着けなかったのが嘘のようだ。

 風太をチラリと見る。狸の姿でもふてくされているのが一目で分かる顔をして、大人しく抱きかかえられていた。抵抗しても無駄だと分かっているあたり、こうして連行されるのは初めてではないようだ。


 山の麓には瓦屋根の古めかしい民家があった。そこを通り過ぎ、山にそってカーブをえがく道路を上っていくと、中腹あたりに研究所はあると双月はいった。久留島が調べたものと一緒だったので、へんな場所に連れて行かれることはないようだ。

 警戒が抜けていなかたので、自分の知っている情報がでたことにホッとした。そんな久留島の様子に気づいたのか、双月が話しかけてくる。


「神に執着される覚えはあるか?」

「執着ですか……?」

 今までの人生を思い返して、久留島は首を左右に振った。


「祖母が信心深い人で、お……私も定期的に祖母について地元の神社にお参りしてましたが、関わりといったらその程度です」

「口調は話しやすいものでいいぞ。俺の見た目はガキだからな。敬語使ってる方が不自然だろ」


 双月はあっさりそう言うと、続きをうながすように久留島の顔をじっと見た。風太も興味ありげに久留島の様子をうかがっている。

 といっても人ではないうえ、職場の先輩であろう双月にいきなりため口をきく度胸はない。久留島は「おいおい、直します」とこの場は逃げをうって、話しを続けた。


「といっても、ばあちゃんを含めた一部が特別熱心だったってだけで、村全体でタガン様のことを信仰してましたし、毎年小さいながらもお祭りもしてました。俺一人が執着される意味が分からないというか、執着するならばあちゃんじゃないのかなって」

「タガン様っていうのが、お前の地元で祀ってた神なのか?」


 久留島は頷いた。双月は記憶を探るようにしばし沈黙し「覚えがないな」と呟いた。


「うちの村だけで信仰している神様だってばあちゃんは言ってました。農作物や山の恵みを与えてくださる、豊穣の神だって」

「なるほどな。まだまだ俺たちが把握仕切れてない土着信仰があるってことか」


 双月はそういうと「めんどうだな」とため息をつく。そういったものを調べる組織としては、把握できてない信仰があるのは問題なのだろう。


「俺にタガン様の匂いがついてるなんて、気のせいじゃ?」


 久留島はそう言いながら自分の匂いを嗅いでみるが、分からない。自分では分からない類いのものなのかと考えていると、風太がこちらを小馬鹿にした顔で話しだした。


「お前ら人間が、俺たちの匂いが分かるわけないだろ。お前らは鈍感で間抜けなんだから」

「おい、風太。また拳骨くらいたいか」


 双月が拳を握りしめると風太が体を小さくする。まだ殴られていないのに、殴られた痛みを思い出すように震える姿は哀れでもあるが、殴られなくても思い出せるほどにやらかしているのかと思えば呆れてしまう。


「狸とか狐とか、動物からの成ってる奴らは匂いに敏感なんだ。俺は臭いっていうより、ナニカの気配がお前にべったり着いてるって感じだな。そこら辺は成り立ちによって感じ方が違う。人間なら勘が鋭い奴とか、霊感がある奴以外は気づかないから安心しろ」


 双月の説明を聞いて久留島はほっとした。とりあえず、誰彼かまわず悪臭を放っていたわけではないようだ。


「そもそも、お前に着いてるのがタガン様かどうかも分からないしな」

「えっ」


 久留島は驚いて声をあげるが、双月は平然としている。双月が話すたびに久留島は驚いて足を止めてしまうため、気づけば距離が空いていた。慌てて小走りで近づいて隣に並ぶと、双月はチラリと久留島を見てから話を続ける。


「俺はタガン様に会ったことがないから、タガン様の気配は分からない。雰囲気が土地神っぽいなと思っただけだ。もしかしたら全く違う、妖怪とか、怪異かもしれないし、神になりかけのナニかかもしれない」

「えっ、ちょっとまってください。俺、そんなわけの分からないものに執着されてるんですか?」


 どうにもならないと分かっているが、思わず久留島は自分の周りを手で払う。風太に「何してんだお前」という顔をされたが、こっちは必死だ。地元の神であったらまだ分かるが、全く知らない存在に執着されてると聞いて嬉しい人間はいないだろう。神といいながらやってることがまるっきりストーカーである。


「その可能性もあるってだけだ。九割タガン様だろ。一応、そのほかの可能性も考慮しとかないと、違ったとき面倒だから頭の隅においておけ」

「ナニかに執着されてるのは決定事項なんですね……」

「決定事項だな。俺だけじゃなく、化け狸も警戒して追い出そうとするくらいだ。確実にナニかは着いてる。向こうとしてはお前を護ろうとしているのかもしれないが、気配だけじゃ正直わからん」

 双月はそういうと頭が痛いとばかりにため息をついた。


「お前、俺たちからすると旨そうだって自覚ないよな?」


 物騒なことを言われて、久留島はぎょっとした。隣を歩いていた双月を見つめれば、双月は真剣な顔で久留島を見上げている。冗談を言っている空気ではなさそうだ。


「う、旨そうって、外レ者は人間多ベるんですか?」

「そういうルールを持つ奴らは食べる。狐は肉食、狸は雑食。普通の狐や狸より知能が高い妖怪が人間を食べないとなぜ言い切れる?」

「俺は食べないぞ! 最近の人間不味いって、じっちゃもばっちゃも言ってた」


 風太から出た最近という言葉に久留島は絶句する。つまり、食べていた時代はあるということだ。途端、抱きかかえられている狸が可愛らしいものではなく、得体の知れない化物に思えてきて後ずさる。


「外レ者は質の高い魂を持つ人間を食べた方が強くなる。だから、お前みたいに質が高い奴は好まれる。土地神が執着するような存在となれば、軽くつまみ食いしてやろうと思うような奴が現れても不思議じゃない」

「で、でも、俺、今まで幽霊も妖怪も見たことないし!」

「それはタガンの気配のお陰だろ。マイナーな土地神とはいえ神は神、そこら辺の雑魚はお前に手を出さない。お前の行動範囲も学生ならそれほど広くなかったんだろうしな」


 双月はそこまで話すと久留島を見つめる。鋭い目はここから先の話を真面目に聞けと、視線のみで訴えかけてきた。


「ただ、これから先も無事だとは限らない。たまたま今まで見つからなかっただけで、タガンの気配に怯えない大物がお前の存在に気づき、旨そうだから食ってやろうと手を出すかもしれない」


 自分の命が危険にさらされている。恐ろしい話だと思う一方、久留島には実感がわかなかった。信仰心厚い祖母の影響で、久留島は神を信じている。けれど、久留島の認識では神は見守ってくれるもので、直接手助けをしてくれるものでもない。生きる指針や支えになってくれるものだ。自分に直接関わってくるなど一度も考えたことがなかった。

 久留島の歩みは止まる。どうすればいいのかと途方に暮れた。


「不満だろうし、納得いかないだろうが、このままじゃお前も、お前の周囲にいる人間も危ない。今日のお前は神どころか、子狸にすらいいように扱われたんだと自覚しろ」

「そうだ! 臭い人間め! さっさとこの場からたちさ……」


 最後まで言い切る前に風太の頭に拳骨が落とされる。学習しない様子を見てあきれを覚えたが、すぐに危機感に切り替わった。

 双月が言うとおり、目の前で拳骨をくらっている風太にもおよばなかったのだ。風太よりも経験豊富な、それこそ人を食べたこともある化け狸に遭遇していたらどうなっていたか。それを想像して久留島はゾッとした。


「ようやく、自分の置かれた状況がわかったか?」

 双月の問いに久留島は大きく頷いた。その様子を見た双月の空気が緩む。


「分かったんなら、ここにいる間に学べ。自分で対処出来るようになったら移動できるよう上に掛け合ってやる」

「ほ、本当ですか!」


 定年までここで働かなければいけないのだと半ば諦めていた久留島は、希望が見えて目を輝かせた。双月が光り輝いてすら見える。鬼どころか、お釈迦様なのではないかと勝手に思っていると、双月は「ただし」と言いながら久留島の胸を人差し指で突いた。


「お前が生き残れたらな」

「……はい?」

「聞いてないか? 特視は怪我や原因不明の症状による休職、離職、死亡が多い」


 久留島はパクパクと口を動かした。餌を求める鯉のような間抜けな顔を見て、双月は可哀想にという顔をした。腕の中の風太ですら同情の眼差しを久留島に向ける。


「……冗談ですよね?」

「冗談じゃないから、死ぬ気で死なないように学べ」


 ポンッと双月は久留島の肩に手を叩くと、あっさり背を向けて歩き出した。その先輩というには小さな背中を久留島は唖然と見送ることしか出来ない。

 しばし呆然としていた久留島は、双月の姿が道を曲がって見えなくなったところで、慌てて後を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る