第3話 辺境伯領にて

この辺境にある領地は疲弊していた。

あらゆるところで発生していた瘴気に悩まされていたこの国に

聖女と呼ばれる使徒様が現れたのは3年前。


王都から順に浄化をしてくださったが辺境であるこの地は一番最後だった。

元々、この地はエルデルリア王国の北東に位置している。

辺境ノールザルク。北を標高の高い万年雪の山に囲まれ、北東につき出た半島には魔の森があり人は入れぬ未開の地。

だが時々出てくる魔獣によって危険が絶えない。

辺境騎士団によってこの地の安全は保たれていたが瘴気のでた沼からも魔獣があらわれてからは大変だった。


数ヶ月前、沼が浄化され魔獣や大地の変質は治った。

だが数年に渡る増え続けた魔獣への対応、冒険者などを雇えば資金が湯水のように減り、

もともと雪解けの綺麗な水の恩恵があった領地は瘴気による大地の変質により農地への影響も大きく、領民たちも苦労していた。

国からも援助は多少あるが瘴気の影響は国中に広がりつつあったのでどこも苦しい状況だ。

聖女様によって瘴気が浄化された後も状況は完全には回復していない。



「旦那さま!大変です!」

いつも落ち着いた対応の老執事が慌てて執務室に入ってきたので驚いた。

「とりあえず、中庭に向かいながらご報告致します!」

私を立ち上がらせながら慌てて案内する執事と中庭に急ぐ。



報告通りそこには聖獣殿と小さな子供が居た。

『ハンクス久しぶりね。』

聖獣殿はそう言ってのんびりくつろいだ様子で口を開いた。

私がこの白虎の聖獣殿と出会ったのは子供の頃だった。

武の辺境伯家に生まれ幼少の頃から剣技と魔法で頭角を表し神童とも言われ始めた頃だった。

魔の森に面している砦に父と共に訓練に行き隙をついて魔の森方面に向かった。

魔獣にも対応できると思っていたが魔狼の群れに囲まれこのまま命が尽きるかと思われた時にのんびりと降り立った白虎殿に助けられた。

白虎殿は助けようとしたわけではなかったが。

『そこの人の子。ちょっと偉い人連れてらっしゃい』

聖獣に逆らえる人など居ない。傷ついた体を引きずって砦に戻り父を連れ出した思い出だ。

ポーションを与えられ、白虎殿との話が終わったあとで今までにないほど叱られたが。


その時から白虎殿には名前で呼ばれ時々姿を現したと思ったら無茶振りをされる。

聖獣にとって人などなんの脅威にもならないほど生物として違うのだ。




『この子に普通の人の生活見せてやって欲しいの』

そうやって紹介された子供は聖獣殿の近くから立ち上がり小さなお辞儀をしたのだった。


なんと美しい生き物なんだろう。

白いきめ細かい肌に黒々と艶めく髪。

長めの前髪から見える瞳も黒だった。

「使徒さま」

この世界で黒髪、黒眼といえば神から使わせれる使徒さまと決まっている。

長く過ごすうちにあまりにも目立つからといって薬や魔法で色を変える使徒さまもいるという。

「お近くに失礼します。

使徒様をお預かりウチでお預かりするということですね。」


『そうね。使徒とはまた違うけど似たような感じだと思って。

しばらく預かってくれればこの子は自分の好きにすると思うわ。

人の生活になれれば色々やりたいようにするでしょうからその時までで大丈夫。』


「はい。

しかしいまこの地は使徒様を満足にお迎えできるような状態ではございません。

国の方に報告し使徒様にご満足いただける領地に向かわれるほうが…」


『この地の状況はわかっていて連れてきたから大丈夫。

領地の子だとおもって普通の待遇でいいの。きっとこの子が役に立つわ。』


「…はい。ではこちらでお預かりいたします。

使徒様もそれでよろしいでしょうか?」


「しとさまちがうけど

よろちくおねがいしまふ」


そう言ってぺこりとした子供を見て微笑んでしまった。2、3歳のように見えるがしっかりしている。

汚れは見えないが簡素なワンピースのようなものを着ているので身支度はすぐに準備させよう。



『じゃあお願いね。』


そういうと聖獣様はあっという間に駆けていってしまった。


「またね〜」

小さく手を振って見送る使徒様。

こんなにお小さいのに離れて寂しくないのだろうか?


「使徒様寂しくないですか?」


「あいにいけるからだいぞーぶです。」

そう言ってニコっと微笑まれる使徒様は美しかった。天使だった。


「部屋にお連れします。抱き上げても宜しいでしょうか?」

そう確認した私に「あい」っと言って両手を伸ばされる使徒様を抱き上げつつも悶えてしまうのだった。


普通の子供でも可愛いと思うのにこの方の可愛さはなんだ。

ふくよかな頬にさす赤みと大きな目。真っ黒な瞳は近くで見ると虹色の虹彩が飛んでいた。


この時は疲弊した領地がこの方によって別の意味で荒らされるとは思っていなかったのだ。









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