「ぼ、僕と付き合ってください」

美和子は突然の告白に目を丸くしながら、「いや、ちょっと待って」と頭を下げている彼を制した。

「めちゃくちゃ目立ってるから」

カフェで突然立ち上がって告白したものだから、周りの人みんなが注目している。

ここで返事をしたら更に目立つことになるだろう。

美和子は会計を済ませて、彼を連れ出した。

別のカフェで腰を下ろすと、「すいません、、なんか気合い入れすぎちゃって」と恥ずかしそうに彼は下を向いている。

「いや、告白は嬉しかった。本当にありがとう。ただ前も話したけど、私は」

「忘れられない人がいるんですよね?」

「…うん」

コーヒーを飲むと苦味が口の中で広がる。

「その人とは10年も前に別れたんですよね?」 

“美和子、ごめん“

辛そうなら智希の声が蘇る。

「うん、そうだよ」

「…そんなにいい男なんですか?」

「いい男?…どうだろう」

懐かしいタバコの匂いを思い出す。

“美和子“


「相田美和子!おい!」

身体が揺れている。

目をゆっくり開けると、心配そうな顔をした智希が立っていた。

どうやらベンチで寝てしまっていたらしい。

昨日は夜遅くまで絵を描いていて、寝れなかったからだろう。

美和子は大きなあくびをすると、手提げからスケッチブックを取り出して、パラパラとめくる。

「これだよ」

智希は受け取ると、隣に座る。

「いい絵だ」

スノードームの中に都会が閉じ込められていて、スノードームの外に雲を隔てて星空が描かれている。

「夜の暗さと星の瞬いている感じを表現するのに時間かかっちゃった」

「それで寝不足か」

美和子はまた欠伸をしながら頷いた。

「絵を描くのが好きなんだな」

「どうかな、最初はただの暇つぶしだったから。子供の頃から友達作るのが苦手で、1人で過ごすことが多かったから、仕方なく絵を描いてただけで」

「そしたら大人になるまで友達が出来ずに、こんなに絵が上手くなったってこと?」

「まぁそう言うこと」

「じゃあ友達がいなかった昔の相田美和子に感謝だな」

絵を見ながら、ふふんと得意な顔をしている。

「なんで?」

「この絵が生まれたのはそのおかげだろ?おかげで俺は今この絵を見れて幸福な気持ちになれた。それに」

「それに?」

「そのおかげで俺と友達になれた」

「友達?」

「友達だろ?連絡先交換して、公園で待ち合わせして会ってんだから。知らない奴とそんなことしねぇだろ」

「まぁ、言われてみれば?」

「俺と友達になれて良かったな」

そう言ってニカっと笑う。

絵を気に入ったようだったので、スケッチブックからちぎるとくるくると巻いて渡す。

「こんなんでよければあげるよ」

「いや、そんなさすがにわりぃよ」

「…友達なんでしょ?」

「まぁ、言われてみれば?」

そう言って目が合うと、2人で笑い合った。


「じゃあ友達記念に出かけるか」

「どこへ?」

「俺の好きなとこ」

智希に連れられて、やってきたのは、

「動物園?」

市内の遠足でよく使われている公立の動物園だ。

「俺好きなんだよ、ここ」

たくさんの親子連れが、入口のゲートをくぐっていく。

そんな中で金髪にサングラスの男はかなり目立っている。

智希はそんな周りの視線も気にせず、テンション高めに動物園へ入っていく。

「ここの動物たちはのんびりしてんだよなぁ」

ゾウの檻の前に立つと、「ネネ、久しぶり」と軽く手を振っている。

「ネネって名前なの?」

「いや、こいつ俺より年上の姉ちゃんだから」

ネネと呼ばれたゾウは知らんぷりで、下に置かれたリンゴなどの餌を食べている。

「じゃあ次行くぞ」

シロクマの檻へ向かうと、たくさんの親子連れがいる。

最近シロクマの子供が生まれたということで、一番人気らしい。

子ども達が興味津々といった様子で、ガラスに張り付いて見ている。

たくさんの人の隙間から、ほんの少し子供のシロクマがひょこひょこ歩いているのが見える。

横を見ると、智希は遠くからシロクマを満足げに見ている。

「近くで見なくていいの?」

「あいつらの笑顔が優先」

子ども達の「くまさーん」「こっちみてー」という声が聞こえる。

「さ、次行くか」

ライオン、トラ、ゴリラ、キリン…たくさんの動物を見てまわる。

「少し休もう」

美和子がベンチに座ると「ジュース買ってくる」と智希が自販機に歩いて行く。

久しぶりに動物園に来たが、ここの動物がのんびりしているというのはわかる気はする。

ショーもなく、派手な演出もない。いい意味で力が入ってなくて、動物達がありのまま生活しているように見える。

「これ」

智希が戻ってきて、お茶を差し出している。

「ありがとう」

少し涼しくて動物園で過ごすにはちょうどいい気温だ。

見上げると秋晴れで空が高く見える。

「動物園の動物って幸せだと思う?」

檻の中に囲われて、本来の姿、場所で過ごせないことに批判的な意見もあると聞いたことがある。

「うーん、どうかなぁ。わかんないや」

シマウマが檻の中でのんびりと草を食べている。

「俺もそう思う。外から見てるだけじゃわかんないよな、幸せなのか、そうじゃないのかー」

智希はタバコに火をつけてふぅーと吐き出した。

「何を幸せと感じるかどうかは人それぞれだよな」

空を見上げて目を閉じている。

美和子は何かあるのだろうと感じたが、閉じた目が聞いてくれるなと言ってる気がした。

しばらく休むと、まだ見てない動物を一通り見て、動物園を出た。

帰り道、電車に乗ると車両にはほとんど人がいない。

動物園前が1番人が乗る駅なので、この時間は比較的空いているようだ。

「俺も友達少なかったな」

「え?」

「子供の頃、俺もあまり友達いなかった」

「そうなんだ」

肩が触れそうなほど近い。

智希はこちらを見ずに正面の窓の外を見ている。

「こう見えても俺、頭良かったんだよ。高校でも大体学年で3位以内には必ず入るくらいの成績で、いわゆるガリ勉だった」

親も周りも勉強ができたら褒めてもらえるし、勉強すること自体も嫌いじゃなかったから、いつも勉強していた。

「ある日さ、クラスのやつに聞かれたんだ、『何してる時が1番幸せに感じますか?』って。卒業アルバムに載せるためのアンケートだったんだけど、俺全く答えられなくて。そしたら全部バカバカしくなって気づいたら教科書も参考者も捨てて金髪になってた」

当時を思い出しているのか、寂しげな表情だ。

「じゃあ過去の倉田智希に感謝だね」

「なんで?」

「そのおかげで私と友達になれた。私と友達になれるなんて最高に幸せでしょ」

美和子が冗談ぽくいうと、「なんだよ」と言いながら智希は少し嬉しそうに笑っている。


電車がガタ、ゴトと揺れる。

夕日で電車の中も美和子の頬もオレンジ色に染まっていた。

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