詩潟志々乃とアレナ先生

 なんで私は泣いてるのだろう。

 強い子だって言ってもらえたから?

 抱きしめてもらえたから?

 優しくしてもらえたから?

 いくら理由を探しても、答えは出ない。


 でも一つ言えることは、先生の言うとおりだってこと。

 

 私は怒ってたんだ。憎んでたんだ。恨んでいたんだね。

 

 楽しそうに過ごす同級生を。

 常識を押し付ける教師を。

 私を否定し続ける母親を。

 私を置いてったお姉ちゃんを。

 

 それを教えてくれたから。それに気付かせてくれたから。


 涙は止まったけど私はダメな子だから、先生の言葉が欲しくなる。



「アレナ先生…私は…どうしたらいいんですか?」

「ふふ。ちゃんと名前で呼んでくれたね。そうだな…」


 先生は私の顎を掴んで、無理やり持ち上げる。

「ううっひゅっ」

 S気のある先生の仕草に反応して、変な声を出してしまう。めちゃくちゃ

恥ずかしい。


「後で話してやるから。今はそのままでいなさい」

 

 そんな私を茶化すでもなく、笑うでもない。気づくと、もう片方の手は私の腰周りに添えられてる。力を感じるわけでもないのに、もう逃げられないんだと本能が告げていた。


「そのままって…?」

「黙って抱きしめられておけってこと」


 先生の手が顎から後頭部に移動して身体を抱き寄せられた。私は先生の胸に顔を埋める形になって、硬直する。ドキドキして身動きできないけど、安心感もあった。

 

「安心するか?」

「はい…だけど…」

「そろそろ…離してください。…もう大丈夫ですから」

「だったら自分から離れればいい。そんなに力も込めてないしな

「……じゃあ…あと少しだけ」


 先生に身を委ねて、安心感を享受する。この感覚はいつぶりだろうか。お姉ちゃんがいた頃かな。それとももっと昔で赤ちゃんの頃かもしれない。


 でも。その安心感もここまでだった。 


 心臓の高鳴りも落ち着いてきた頃、違和感がした。意識に集中すると、明らかに添えられた指先は私のお尻を撫で回している。


「ちょっと先生」

「バレてしまったか」

「まさか。そういうつもりだったんですか!?」

「私に身体を預けた君が悪い。思ってたよりもチョロかったからね、君が変な奴に引っかかりそうで心配だよ」

「自分をまず変態認定してください!信じらんないっ!」

「安心してくれ。自覚はある」

「そういう話じゃないし!」


 なんなのこの人は。無愛想だったり、優しかったり。わけわかんない。

思い切り力を込めて、先生を突き放した。


「意外と力強いな」

「私も今初めて知りましたよ…!」

「力に目覚める系アニメみたいなセリフだな」

「ですね。もちろん悪役は先生ですけど」

「口まで達者になってしまったか」

「やってることは子悪党そのものだよ。女子中学生のお尻に触ってたんだから」

「じゃあ私は純粋クズで主役にボコられるタイプの悪役か」

「そうそう。視聴者に全く同情されない、演じた声優さんですら嫌われっぷりを認めるぐらいの奴です」


 さっきまであった戸惑いは、すぐに怒りに変わり、目の前の悪党美女と舌戦を繰り広げる。

そんな私を適当に相手してる先生無邪気に笑ってる。微笑みなんかじゃなくて、めっちゃくちゃ楽しそうに。ぶっ飛ばしてやりたい。


「ああそうだ。忘れていたよ。話の続きをしなきゃな」

「なんのことです?」

「君がって話だ」


 先生の顔から笑みが少しずつ消えて、真剣な表情になる。そしたらさっきまであった安心感が蘇ってきた。認めたくないけど。


「でも今日はもう遅い。明日職員室の私のところに来なさい、ちゃんと君の進路の話を聞いてやるから」


「かっこいいこと言っても無駄です。信用は取り戻せません」


「確かにそうだな。どちらかと言えば私は可愛い系だし。それに信用なんていららない。君の力になれるなら教育者として本望だよ」


「じゃあ。明日だけは会いに行ってあげますよ」


「はは。どっちの立場が上かわからないな。詩潟。タクシー捕まえるからさ、乗っていくといい」


「私お金ないです」

「さっきの慰謝料だよ。それぐらい出すさ」

「そんなんじゃ全然足りませんけどね」


 二人で公園を出ると、すぐにタクシーが捕まった。車の中は密室でちょっと身の危険を覚えたけど、いらない心配だった。10分程度のドライブじゃ、何にもできることないしね。

 

 タクシーから降りて、先生にお辞儀をすると、先生は窓越しに笑って手を振る。その仕草がちょっと可愛かった。

 見た目がいいから、一挙手一投足が全部様になる。本当にずるい大人だな。

 

 走り去っていくタクシーが見えなくなると、自分の中で初めての気持ちが沸き起こった。


 明日の学校楽しみだな。って。

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