詩潟志々乃は踏み出せない
私たちのバンド’’アンガージュマン’’は平誠高校の同級生三人で組んだ仲良しバンドだ。
ドラムの
ベースの
ギターボーカルの私だって、背が低いけど可愛い。おっぱいだって大きいし。
そんな私たち三人は昼休みの二週間前に控えた文化祭について話し合っている。機材の手配、当日の運営、パフォーマンスの方針。問題はは
だけど、その問題について、森野涼風は自ら切り出した。
「やばいよ……私たち全然練習できてない…!」
慌てる彼女を進藤杷は制止する。
「今日からスタジオ練習できるし。二週間あるんだ。死ぬほどやればきっとできるよ」
「サラちゃん。目が怖いよ」
「不安なんてのはさ。行動してない自分を正当化するための感情だからね」
「ちゃんと思想も怖かった…」
二人のやりとりについ、笑みが溢れる。
大好きな二人が、同じ目的を持って頑張ってくれている。こんなに幸せなこと…今の私には他にない。
「志々乃ちゃん、笑ってないで助けてよぉ」
「あはは。ごめんね。私もサラと同意見だから」
「う。仲間はいても味方がいない」
スズとは一年の時に同じクラスで仲良くなった。バンドをやりたいってことを話すと自分から入ってきた。なんとなく楽しそうだったらという理由で。
サラは元々陸上部だったけど、去年に怪我をして、やさぐれてたところを誘った。元から努力家だったから、ベースもすぐに上手くなった。
この二人がいるから、私も頑張れてる。バイトして、成績も上位をキープして練習も必死にやってる。本当に頼もしいかぎり。
「ちょっと志々乃!あんただって笑ってる場合じゃないんだからね」
サラの矛先がこちらを向く。怖いけど可愛い。
「志々乃ちゃんは歌がめちゃくちゃ上手いから、全然大丈夫だよー」
スズが微妙なフォローを入れてくる。それに対して私は反射的に揚げ足を取ってしまう。
「それってギターは下手だって言いたいの?」
「ヒステリックにならないでよー。志々乃ちゃんの可愛い顔が台無しになっちゃうよー。いいこいいこ」
私の攻撃をいなして、スズは頭を撫でてきた。ペットを愛でるかのように。
その手が優しかったから、つい顔に熱が込もる。
「照れてんのー?志々乃ちゃん可愛い」
「うるさい」
「もっとくっついちゃおー」
スズは私に抱きついて、逃げられないよう腕に力を込めてきた。
「あんたらが仲良いのはわかってるから、イチャイチャしないの」
今度はサラが間に入って、物理的に私たちを引き剥がしてきた。二人とも力強すぎ。スキルツリーをパワーに振りすぎだって。
でも正直助かった。スズはすぐに私を甘やかすから。人を沼らせてダメ人間を作る才能がこの子にはあると思うから。
「本題に戻すけどさ。やっぱり一番心配なのは…志々乃のことだよ」
この百合百合しい空気をぶった斬って、サラは事実を私に突きつける。
「歌の方は全く問題ないけど、やっぱりギターがちょっとね…」
そう。二人の演奏技術に、私のギターは達してない。去年までは同じレベルだったけど。二人はこの一年でめちゃくちゃ上達して、私は少し置いてかれている。
そんな私を気遣ってか、サラの表情には申し訳なさと、強い責任感が浮かび上がっている。
「この三人で頑張るって言ったのは私だよ。だからサラがそんな顔する必要ないって」
そう。メンバーを増やす選択肢だってある。だけど、’’アンガージュマン’’はこの三人でやって行く。私が言い出したことに二人は賛同してくれている。だから、
「わがまま言ってんのは私だからさ。もっと頑張らせてよね」
私は決意を口にする。バイトに勉強に忙しかったのは、何の言い訳にもならない。実力不足は練習量が足りないだけなんだから。
「だからさ。サラはもっと私に厳しくしていいんだよ」
「だったらもっと練習しなさい」
「順応早すぎじゃない?」
「これがお望みなんでしょ?」
私たちのやりとりを見て今度はスズが笑っている。
「でもさ。もっと私たちのこと。頼っていいからね?私もスズも。志々乃が頑張ってるの…知ってるから」
「そうだよ。私たちはさ。三人で’’アンガージュマン’’なんだからね」
「うん。ありがとう」
二人の言葉で少しだけ涙腺が緩んだ。すると同時にチャイムが鳴った。
「ねえ志々乃ちゃん。」
「何?スズ」
「文化祭。いっぱい楽しもうね」
まぶしい笑顔のスズを見ると涙が引っ込んだ。だから私は決意を強く結び直す。
「もちろん。当然じゃん」
放課後のスタジオ練習は案外上手く行った。二人のパートには何も問題はなかったし、私の声も調子が良かった。
自分の課題を再確認する。
コードチェンジが遅いこと、綺麗にコードを鳴らせていないこと。
ギターを初めて一年半近く経ってもまだ同じ壁にぶつかり続けている。
弾ける曲が増えていっても、どの曲も上手に弾けてない。
私は不出来なものをいくつも生産しているだけなんだ。
自室にこもってエレキギターを取り出す。アンプは繋げずひたすらコード練習と芋虫トレーニングを繰り返した。
スズ。サラ。もっと練習するよ。
力のない指先に決意を乗せて弦を鳴らすと、また先生の言葉を思い出した。
『狂っちゃうことをさ。ためらわなくていいんだよ』
わかってるよ先生。
きっと大丈夫だからさ。
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