第37話 妹に溺愛される物語
……なんて、ちょいちょいボロも出しつつ、ボクはなんとか日常を送っている。
妹からのプロポーズ……プロポーズでいいんだろうか、分からないけど、でも、とにかく、彼女のあの提案にボクは明確な答えを出せずにいた。
本心を一切包み隠さず言うのであれば……答えはノーだ。妹と結婚なんて考えたことないし、仮にボクが頷いたとして世間が認める筈がない。
でも……百合のことは好きだ。大好きだ。だって世界でたった一人の妹なんだから。当たり前じゃないか。
そして、ボクは百合をボク自身以上に信頼している。
そうじゃなきゃこうしてこの白姫女学院に転入するという提案にも身を委ねられなかっただろう。
百合の言うことに間違いはなく、それは家族としての情もあれば、ずっと傍で見てきて百合がボクよりずっと頭が良いっていう確信があったからだ。
だからって、まさかあんなこと言い出すなんて……普段から冗談をよく言うタイプとはいえ、あの目をしているときは本気だっていうのも兄だから分かること。
そして……例えばだけれど、百合が「総理大臣になる」と言ったことも、もしも現状の法では近親婚は認められていないから、法改正させて実現可能にしようとした……とか………………。
「……いやいや! それはさすがに飛躍しすぎだろ! あれは小学生の頃の話だし、いくら百合だってそんなこと――」
「私が何ですか、兄様」
「ひゃえっ!?」
百合の声にベッドから飛び起きる、ボク。
いつの間にか部屋の入口前に百合が立っていた。ちょうど帰ってきたところか、それとも……?
「……あら、ドアを開けた瞬間兄様が私の名前を呼ばれていたので、もしかしたら兄様が私を思ってお一人で……と思ったのですが、そういうわけでもなさそうですね」
「するかぁ、そんなこと!!」
「してくださってもいいのですよ。私が同室にいるからと遠慮することはありません。なんならじっくり見せてくださっても全然ウェルカムです」
「だからしないって……!」
こういう品の無い冗談も、百合のあの提案を聞いた後だと色々違って聞こえてくる……というか、元々こういう冗談言ってたっけ? それともあの提案をしてたがが外れた?
……うーん、分からない。
「兄様?」
「あ、いや……別にお前の名前を言ったのは変な意味とかないよ」
「そうですか。まぁ、そういうこともありますよね。私も不意に兄様のことを思い、口にすることもありますから」
百合はさほど気にした様子も無く、ボクがさっきまで転がっていたベッドにダイブした。
「……百合」
「兄様のぬくもり~」
まるでプールを泳ぐように足をパタパタさせる百合。
こういうところは今まで通りだ……うん、多分、今まで通り。
「兄様、今日は勉強はかどりましたか?」
「ああ。百合は何してたんだ?」
「先生のお手伝いを少々。後は美也子とお喋りしつつ、宿題を消化したといったところでしょうか。ふふっ、帰宅を計算に入れなくていいというのにも慣れてきましたが、やはりまだ時間を持て余してしまいますね」
ボクのベッドでゴロゴロしつつ、百合は上機嫌に語る。
ここのところずっと機嫌が良い。あの提案をした日からずっとだ。
彼女はあの提案を口に出したことを後悔するでもなく、ボクに回答を催促するわけでもない。
ただただずっと上機嫌だ。まるでずっと胸に収めていた秘密をようやく明かせてスッキリしたみたいに。
ボクから拒絶されることなんかまるで考えていないか、はたまたその対策は既に済ませているか……百合のことだ、きっと後者だろうなぁ。
結局アレがガチ告白、ガチプロポーズだったとしても、ボクは兄として百合を拒絶できないわけだし……信頼されてると言うべきか、足下見られていると言うべきか。
どちらにしろボクが答えを出せばそれでいい話。
けれど、これだけ毎日、そのことを考えていてもなお、ボクは百合と直接その話をするのを避けている。百合から振られないのを良いことに、延々と保留を続けてしまっている。
こればっかりはきょこにも恵那ちゃんにも、もちろん翼お姉ちゃんにも相談できないし……。
「どうしました、兄様?」
「あ、いや……」
じいっと見つめていたのが気になったのか、百合もこちらを見て首を傾げた。
ボクは……やっぱり考えていたことは口にできず、ただ視線を逸らすしかない。
「そうだ、久しぶりに一緒にお昼寝でもどうでしょう」
「えっ」
「ほら兄様。百合のここ、空いてますよ」
百合はそう言ってボクが寝転がれるスペースを空ける。
「なんて、兄様の為なら24時間365日、いつだって空いているのですよ。兄様が望んでくだされば、いつだって受け入れる準備はできていますから」
「あのなぁ――」
「なんたって兄様のお嫁さんになる覚悟をとっくの昔に済ませた私ですから。多少の恥じらいこそありますが、兄様に求められる喜びに比べれば些細なものでしかありません」
「え、いや、あの……」
うっとりと感情を吐き出す百合。
兄様のお嫁さんになるなどという、あの提案――カミングアウトを経てこその言葉。
ボクが答えを出す前に、百合は余裕たっぷり自信たっぷりに攻めてくる。
そして、そんな百合に対してボクは――。
……殆ど全く、マイナスな感情は抱いていなかった。
むしろ嬉しい……? い、いや、そこまではいっていないけれど!
ただ、なんか体が勝手に熱くなる。たとえ妹相手でも、異性として……いや、同性として? ……とにかく、一人の人間として愛され、求められている事実に、理性が処理するより先に、なんというか、本能的に嬉しいと感じてしまう。
男性を失い、学校を失い、友達を失い、バスケさえも失い。
残ったのは、男子・天海碧だった過去を持つだけの何も無い女の子、天海碧だった。
けれど、そんなボクにも百合という妹がいる。
たとえ彼女から向けられる感情が決して肉親に向けていいものでなくたって、兄として諫めなきゃいけないものだったとしたって、「ボクがここにいていい」って思わせてくれる……。
「兄様」
百合の手がボクの手に触れた。
そして、じっくり存在を確かめるみたいに甲を撫で、握ってくる。
「愛しています、兄様」
たっぷりと、込められるだけの愛情を、溢れるくらいに詰め込んだその愛の言葉に、ボクはやっぱり自分の心臓がばくんと跳ねるのを感じた。
そして――。
ボクはやがて知ることになる。
これは天海百合ではなく、天海碧の物語。
ある日突然女の子になっちゃったボクが、妹や……この学院で出会う様々な女性達に溺れてしまいそうなくらい愛される物語なのだと。
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