第26話 新しい友達
「前はどの高校に通っていたの?」
「肌つやつや……スキンケアどうしてる!?」
「百合さんのお姉さんなんですよね!」
「ポジションどこだった?」
「抱きしめてもいいでしょうか!?」
「え、ええとぉ……」
ホームルームが終わってすぐ誰にも話しかけられなかったらちょっとショックだなぁとか、まあでもここはお嬢様学校でみんなお淑やかな感じだから案外そんなもんかもなぁとか、不安だったり、不安の言い訳をしたりなボクだったけれど……実際にその時がやってくると、全て杞憂どころか一瞬で困惑にかき消された。
怒濤の勢いで駆け寄ってきたクラスメート達に囲まれ、ボクは一瞬で動物園のパンダみたいに周囲をぐるっと囲まれてしまった。
次から次へと湧きだし、その答えを用意する頃にはもうとっくに遠い彼方に流れてしまっている、そんな状況に目が回りそうになる。
ど、どうしよう。何から答えたらいいのか……。
「何カップ!?」
「あ、えと、え――」
「ちょっとみんな。そんなに一気に質問ぶつけたら、あーちゃんが困ってしまうわ」
ぱんぱん、と手を叩いて注目を集めつつ、割って入ってきてくれたのはきょこだった。
彼女は一瞬で空気を掴むと、一気にみんなを統率し、質問を整理してくれた。
「前は普通の公立校に通ってたよ」
「スキンケアとかは特に……えっと洗顔フォームは適当に選んで使ってるけど」
「うん、百合はボクの妹。仲良くしてくれると嬉しいな」
「シューティングガード。まあ、ベンチだったけど」
「えっと、ほ、ほどほどに……(下心はあり、あり……ありまへん)」
「カップ数は……ひ、秘密で!」
整理整頓された質問に一個一個答えていく。
真面目に聞いたら変なのもいくつか混ざってたなぁ。でも真面目な質問ばかりだったらそれはそれで息苦しかったかも。
とにかく、きょこに感謝だ。
「京子様とは以前からのお知り合いだったのですか?」
「ううん、昨日初めて…………様?」
「はいっ、京子様はとても素晴らしいお姉様なので!」
おねえさま……美也子ちゃんのお姉さんって意味、だけじゃなさそうだよな。
「あっ、その話は、あーちゃんにはまだしてないのにっ……!」
慌てて、というか恥ずかしそうにきょこが止める。やっぱり別の意味があるみたい。
「お姉様っていうのはね、この学院の風習みたいなものっていうのかしら……」
後に、人の波が落ち着いたあと、きょこが顔を赤らめつつ説明してくれた。
スールとか、シュベスターとか、そんな『姉妹』って言われるような関係が各所に存在するらしい。それはボクと百合、きょこと美也子ちゃんみたいな血縁的なものではなく、精神的なもの……義兄弟の契り、みたいな感じだろうか。
妹が姉を慕い、姉が妹を庇護する……そんな個人同士の特別な上下関係に名前をつけたのが、『お姉様』というヤツだという。
「制度があるわけじゃないから、普通に『姉妹』って呼ぶのが多いかな」
「一方的にお姉様って慕ってくる子もいるよね」
「はえぇ……でもきょこも恵那ちゃんもすごく慕われそうだね」
きょこはお母さんっぽい安心感があるし、恵那ちゃんも頼もしさがある。
少なくともボクよりはお姉さん適性がありそうだ。
「同級生でもあったりするの?」
「ええ。そうね」
「一種のミームみたいなものだから」
ミーム。つまりは流行。とりあえずお姉様と呼んで慕う風潮、みたいな。そういえばさっきの子(一気にいっぱい押し寄せすぎてまだ名前を覚えられていない)も、自然にお姉様って言ってたもんな。
「じゃあボクもきょこお姉様とか、恵那お姉様って呼んだ方が早くみんなに馴染めるかな?」
「「やめてっ!」」
同時に否定された。ナイスアイディアだと思ったのに。
「あーちゃんは対等な友達でいてっ! 別にお姉様って呼ばれるの嫌じゃないけど……ねぇ?」
「うん。慕われるのはすごく嬉しいんだけど、その分気も遣うっていうか……」
苦笑いを向け合い、苦労を共有する二人。
そういえば、きょこはあまり人とあだ名で呼んだり呼ばれたりしないっていうし……お姉様と慕われる分、よりしゃんとした姿を見せないとってなるのかも。
「むしろあーちゃんにお姉様になってもらいたいくらいよ」
「え?」
「あっ、それいいかも」
「いやいや……どう考えても逆だって」
ボクは身長も低いし、新参者だし、女性としても初心者だし、絶対にそう呼ばれる器じゃない。むしろ――。
「百合の方が、そういうのは向いてそう……」
「あー、天海百合さん。アタシは面識無いけど、でも慕ってる子いるよね」
「えっ、そうなの!?」
「うん。一年生の間だと、早速そういう子達が出てきてるって美也子が言っていたわ」
はえー……百合お姉様とか言われたりするんだろうか。
でも、平民出身とは思えない程度に百合はしっかりしているというか、自分の世界を持っているからなぁ。慕いがいはありそう。
「そういえば恵那さん、さっきポジションがどうのって言ったけれど……バスケットボールの?」
「ああうん。碧さんが、前の学校でバスケ部だったって言うから」
「そうなの!? ……私、知らなかった」
一瞬目を輝かせたあと、寂しそうに落ち込むきょこ。
「いや、別に言うがきっかけなかったし……」
「私は、あーちゃんのことならなんでも知りたいんだけどな……」
「じゃあさ、昼休みちょっとやらない?」
きょこに気を遣ってか、それとも純粋な好奇心か、恵那ちゃんがそう提案してきた。
「体育館使えるからさ。軽くだけど」
「え、ボール触れるの!?」
「うん。ちなみにアタシはパワーフォワードね」
「へぇ……! 恵那ちゃん、背高いもんね」
「ふふんっ、まあね」
そう立ち上がって胸を張る恵那ちゃん。
目測、160センチ代後半はあるなぁ……女子としては十分高くて、羨ましい。
「えっと、私あまり詳しくないのだけど……あーちゃんはシューティングガードって答えてたわよね?」
「そう言ってた! シューティングガードっていうのは、コート端からドリブルでボールを進めたり、スリーポイントっていうちょっと遠くからシュートを打つカッコいいポジションなんだよ!」
「へえ! すごい、あーちゃん!」
「い、いやぁボクはそんなカッコいいもんじゃ……スリーは得意じゃないし、さっき言ったみたいに前の学校ではベンチだったから」
「でも、一年生なら普通じゃない?」
「いや、同級生に凄いやつがいてさぁ……フィジカル強くて、スリーもバンバン決めちゃう感じの。たぶん、ずっと勝てなかっただろうなぁ」
今となってはもう過去だけれど、当時はやっぱりすごく悩んで、悔しかった。まさかこんな軽く言えるようになるとは、あの頃のボクが聞いても信じないだろう……いや、それよりなにより、やっぱり女の子になったことに驚くか。
「なんて話してたら、ボールに触りたくなってきたかも。もうしばらく触ってないから」
「本当!?」
「私もあーちゃんがバスケしてるとこ見たい!」
「じゃあ昼休みにやろうよ! 昼は部活も無いから――」
――キーンコーンカーンコーン。
と、ここでチャイムが鳴り、一時間目の開始が告げられた。
きょこが名残惜しそうに席に戻っていく。そんな彼女を見送っていると、不意に隣の席で恵那ちゃんが笑った。
「仲いいんだね、二人」
「うん。昨日会ったばかりだけど、すごく優しくしてくれて」
「京子のあんな緩んだ表情、初めて見たかも……アタシとも仲良くしてくれたら嬉しいな」
「もちろんっ」
「じゃあ、碧って呼び捨てしてもいい? なんか、さん付けとか性に合わなくて」
「うん。ボクは……呼び捨てはちょっと照れちゃうから、今のままでいいかな?」
「呼びやすい形でいいよ。でも、ちゃん付けってあんまりされないから……なんか普通に照れちゃうな。嬉しいけど」
そうはにかむ恵那ちゃんは、さっきまでのカッコいいではなく、ただ純粋に可愛く思えた。
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