第25話 転入生・天海碧

「そういうわけで、今日からこのクラスに一人仲間が加わることになりました」


 朝のホームルーム。担任の上杉里奈先生に招き入れられ、ボクは教壇の横に立った。


 白姫女学院高等学校は各学年約30人のクラスが四つと決まっている。

 なので特定のクラスに配属される確率はは四分の一。


 でも……教室に入って、ボクは真っ先に見つけた彼女に安堵した。


(あーちゃんっ!)


 言葉にせずとも声が聞こえるような、そんな幸せそうな表情で控えめに手を振ってくれるきょこに頬を緩ませつつ、ボクはクラス内を見渡した。

 当然だけど女子、女子、女子……女子しかいない。


「それでは天海さん。一言ご挨拶をいただけますか?」

「あっ、はい! 天海碧、といいます。分からないことも多く、ご迷惑を沢山お掛けすると思いますが、どうか、仲良くしていただけると嬉しいです!」


 編入すると決まった時から何度も頭の中で繰り返し、推敲してきた挨拶文を、なんとか詰まること無く言い切る。


 良かったぁ……達成感で、もう帰りたいくらいだ。


「ありがとう、碧さん。碧さんの席はあの窓際の空いている席よ」


 上杉先生が、そう教えてくれる。


 この学校では先生はみんな生徒を名前で呼ぶ決まりらしい。

 「不思議に思うかもしれないけれど慣れてね」、と教室に来るまでの道すがら先生が教えてくれた。


 ちなみに……ちなみにで良いか分からないけれど、上杉先生も美人だった。

 道すがら「困ったらなんでも頼って」と言われて、つい「なんでも」という言葉にビックリしてしまったのはちょっと内緒……。もしかしたらボク、年上の人が好きなのかも……とつい考えてしまったくらいだ。


「皆さん、質問したいこととか気になることもあるでしょうけど、この場ですると碧さんも緊張してしまうでしょうから、休み時間にそれぞれ声を掛けてあげてね」


 先生の言葉に、生徒達が透き通った声ではいっと応える。

 その声だけで、この子達が洗練されていると分かった。さすがはお嬢様校。


 促されるまま席に座り、改めて教室を見渡すと、みんな背筋がピシッと伸びていて、カッコよかった。

 果たして本当にこの中で上手くやっていけるだろうか……こちとら一般家庭の一般校からの転入生(しかも元男)。

 なんだかまたもや不安になってきた……!


「前の学校とは授業進度も違うでしょうから、分からないことがあればいつでも相談してくださいね。みなさんも、碧さんが困っていたらぜひ助けてあげてください」

「はいっ!」


 うひゃあ……指揮棒を振ってるでもないのにピッタリ揃ってる。これは本当に足引っ張らないよう気をつけないとなぁ。


「ねえっ」

「え……あっ、えっと」


 感心してぼけーっとしていると、お隣さんから肩を突かれた。

 その子は……ちょっと日焼けをした、若干お嬢様学校の生徒っぽくない雰囲気の、ボーイッシュな女の子だった。


「アタシ、中津川恵那。よろしく、碧さん。恵那って呼んで」

「あ、うん。よろしく、恵那さん」


 にこっと爽やかに歯を見せて笑う恵那さん。

 耳に少し被るくらいのショートヘア、凜々しい瞳。イケメンと言われる条件をしっかり満たした整った顔立ち。

 でも女性らしいしなやかさも感じさせて……やっぱり彼女も美少女だ。翼お姉ちゃん――学長による顔採用説が余計に深まった。


「恵那さんって何かスポーツとかしてるの?」

「え、分かる?」

「うん、腕の筋肉の付き方、なんかそれっぽいなって」

「あはは、照れるなぁ。一応バスケ部なんだ」

「バスケ部……そうなんだ。ボクも前の学校ではバスケ部だったよ」

「ほんとっ!?」


 思わず、といった感じに恵那さんが立ち上がる。でも、今は――


「恵那さん」

「あ……す、すみません。先生」


 まだホームルームの途中だった。こほん、と困ったように咳払いする先生に、恵那さんは恥ずかしそうにしずしず席に戻る。


「早速碧さんに興味を持っていただけるのは担任としても嬉しいですが、ホームルームが終わってからにしてくださいね」


 先生も困ったように、控えめな注意をする。

 でも、今回は普通に話を振ったボクが悪い。


「……ごめんね」

「なんで碧が謝るのさ。悪いのはアタシだから」


 小声で謝ると、恵那さんは「気にしてないよ」と首を横に振ってくれる。


 やっぱり爽やかなその対応に、ボクはつい見とれると同時に、不思議な尊敬を抱かずにはいられなかった。

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