第24話 拗ねる翼お姉ちゃん

「あたし、思うのよね……学長って、学校で一番偉い存在だって」

「はぁ……まぁ、そうだと思いますけど」

「でしょ? 一番偉いのよ。だから普通、この学校に足を踏み入れたのなら、まずはその一番偉い学長先生に挨拶すべきだって……ねえ、そうは思わない、碧くん?」

「そう、ですね。すみません……」


 翌朝……登校前に学長室に挨拶しに行ったボクに、学長――いや、翼お姉ちゃんは拗ねた感じにぐちぐち言いつつ、学長のイスに座るその膝の上にボクを乗せてきた。


 これはどう考えても恥ずかしい。男とか女とか関係なく、高校生にもなって大人の膝の上に乗せられるとか……。

 もちろん、最初は断った――というか、抵抗したんだよ!?

 でも、有無を言わせない剣幕だったというか……ガチ大人に本気で言われてしまえば、子どもなボクにはとても抵抗なんかできないわけで。


 しかも後ろからぎゅっと抱きしめられてしまい……あーなんでこういい香りがするんだろう。きょことはまた別種類のいい香りだ。比べちゃいけないとは分かっているけれど、でもどっちも良い香りなのには変わりないし。

 あぁ、これが大人の女性……。


「お姉ちゃん、寂しかったわ。編入のための手続き、他ならぬ碧くんの為だもの。休日返上で頑張ったのよ? それが仕事だから、別にどうこう言う話でもないけれど……でも、少しくらい褒めてくれてもいいんじゃないかなって思うんですぅ」

「あ、ありがとうございます。翼お姉ちゃん、偉い、えらーい……」

「うへへへへっ」


 何この時間。

 翼お姉ちゃんの膝に乗せられて、ぬいぐるみみたいに抱きしめられながら、全肯定マシーンと化したこの時間イズ何!?

 


「碧くん、学生寮はどうかしら? 楽しくやっていけそお? もしも厳しそうだったら、あたしの部屋に来てもいいわよ? 一人暮らしするにはちょっと広めの部屋だから、碧くん一人くらい増えても大丈夫……むしろ、帰ったときに碧くんがいてくれるってなれば働くモチベも上がるし!」

「い、いえ、結構です!」

「遠慮しなくてもいいのに……」


 しょぼん、と肩を落とす翼お姉ちゃん。

 若干拒否強めすぎたかな、と反省するボクだけど……でも、ほんの少しでも力を緩めればそのまま流されてしまいそうな、そんな激流を差し向けてきたのだから仕方が無い。


 油断したら、「こうやって毎日抱きしめてもらえるのか……」とか……い、いや、思ってないから! 思ってない!!

 ボクは雑念と煩悩をなんとか払い、三回くらい気を引き締めてようやく立ち直ることができた。


「い、いえ、本当に大丈夫です。百合はしっかりしてますし、早速友達もできたので!」

「友達……そう。それは良いことね。あたしも学生時代の友達は今でも財産だと思っているし、ここで広げられる交友こそ、あたしたちが提供できる一番のものだから」


 学長先生らしいことを言う翼お姉ちゃん。

 ボクを膝の上から下ろして普通に向き合ってくれていたら、さらに良かったかもしれない。


「ていうか、そのぉ……一応朝のホームルーム前に職員室に来るよう言われているんですが」

「うん、大丈夫。まだあと10分もあるからっ。だからそれまで、もう少しだけでいいから碧くんを感じさせてっ。ずっと会えなくて寂しかったし……そもそもあたし、碧くんのためにこの一週間頑張ったのよ!? 転入の調整とか、その他諸々っ!」

「それは……す、すみません」


 そう言われると……負担をかけたのはボクなので文句は言えない。

 こうして抱きしめられることで翼お姉ちゃんへの報酬になるなら、黙ってそれに甘んじるべきなんだろう。

 実際役得でもあるんだし……逆にここが非常に厄介なんだけど。ボクが翼お姉ちゃんに何かしてあげてるという実感が湧かないというか、でも何かしてあげようと提案したら、予想外の食いつきをされそうでそれも怖いというか。


 なんにせよ、こうなったらもうボクに拒絶できる理由なんか全く無い。


 この後職員室に行って、もしも「遅い」って怒られたら……その時は学長と話し込んでしまったと言い訳しよう。学長相手なら、先生方も文句は言えないだろうし。

 虎の威を借る狐とはまさにボクのことだ!


 ……と、若干かっこつけつつ、ボクは学長のぬいぐるみ、または抱き枕に徹することにした。

 決して欲望に負けたわけじゃない。翼お姉ちゃんはボクが性転換した元男だと知っているから、騙すような罪悪感を覚え無くても良かったとか、そういう開き直りをしていたわけでもない。決して。


 そうして、やっぱりボクはしっかり時間をオーバーしてしまった。

 けれど、担任の先生は遅刻したボクを責めるどころか何かあったんじゃないかと心配してくれて……ボクは「いざとなったら学長の威光の影に隠れよう」なんて考えていた、自分の浅ましさに激しく打ちのめされるのだった。

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