第21話 危険人物?

「あっ、百合ちゃん。引っ越しお疲れ様!」


 そんな百合に気がついたきょこは、にっこりと悪意の無い笑顔を向けつつ軽く手を振る。なぜかボクに抱きついたまま。

 そんな彼女の言葉に、百合にべったりだった美也子ちゃんが改めてボクを見る。


「あっ、じゃあ、もしかしてその人が百合ちゃんの!?」

「……ええ。碧姉様です」

「碧さん……碧……先輩? うん、碧先輩っ! よろしくお願いします!」

「あ、うん、よろしく、美也子ちゃん。百合と仲良くしてくれてるんだね。ありがとう」


 ボクはきょこに抱きしめられたまま、かろうじて集めた意識、大体10パーセント程度を美也子さんに向けた。残り? それはノーコメントで。へへへ……。


「はいっ。百合ちゃんとは、妹同盟を組んでるので!」

「妹同盟……ああ、美也子さんはきょこの妹だもんね」

「……きょこ?」

「えへへ、私のあだ名。ね、あーちゃん?」

「……あーちゃん?」


 ごうっと、不機嫌気味なオーラをにじみ出させる百合。

 こ、これは別に変な意味はないから! ただそういう流れだっただけで!


 ……と、なぜか言い訳したくなったけれど、なんかそれはそれできょこが悲しみそうだったので、ボクはただ黙っていることしかできなかった。


「ね、あーちゃん。私達もお姉ちゃん同盟作っちゃお」

「そ、そうだね。いいんじゃない?」

「ほんとっ! 嬉しいっ!」


 ああ、今なら何お願いされても頷いちゃいそう。

 きょこ、すごい可愛いし。いい香りだし。なんかえっちだし。

 これが女の子の世界か……お兄ちゃん、溶けて消えちゃいそうだよ……。


「京子先輩、姉様は荷ほどきなどでお疲れですので」

「あっ! そうだよね、ご、ごめんなさいっ!」


 百合の言葉にきょこが慌てて離れる。ああ、離れてしまった。別に名残惜しいわけじゃないけど。うん。


「えっと、改めて私達、隣の三○五号室で暮らしているの。何かあったらいつでも声かけて。あっ、晩ご飯一緒に行こ。あと一時間くらいだから!」

「う、うん。ぜひ……百合も大丈夫か?」

「はい、もちろんです」

「良かったぁ……! それじゃあまたね、あーちゃん、百合ちゃん」

「あ、お姉ちゃん待って! 碧先輩、百合ちゃん、またあとで!」


 去って行ったきょことそれを追って出て行く美也子さん。

 なんか嵐が去った感じ……あー、ドキドキした。


「兄様……」

「ち、違うよ!? あれは向こうからその……百合がボクのこと話してたって言うから、多分それで変に興味持ってくれたっていうか、そんな感じだと思う!」

「はぁ……まあ、みゃことは妹同盟ですし、京子先輩にはお世話にもなっていますからいいんですが。でも、兄様、彼女には気をつけた方がいいですよ」

「え? きょこ……京子さん? なんで? 悪い人には見えなかったけど」

「京子先輩は間違いなく善良な方です。ですが、彼女の周りというか……まあ、すぐに分かります」


 珍しく、疲れたように言葉を濁す百合。怒っているんじゃなく、ちょっと心配してくれている感じだ。


「とはいえ、兄様の溢れ出る魅力を隠しておくなど絶対不可能ですし、こうなれば上るところまで上り詰めていただくのも悪くないかもしれませんね。そうすれば逆に、ちょっかいをかけようとする方が命知らずとされるでしょうから」

「あの、話が見えないんだけど……」

「ひとつ、釘を刺しておきますが、兄様は私だけの兄様ですし、私も兄様だけの妹です。英雄色を好むと言いますし、兄様の他の方との交友を阻む気持ちはありませんが、その絶対条件だけはちゃんと肝に銘じておいてください」

「え、あ……は、はい!」


 言葉の意味を全部、すぐに理解はできなかったけれど、有無を言わさぬ鋭い視線にボクはただ頷くしかなかった。百合のヤツ、滅多に怒らないけど怒るとちゃんと怖いから。


「とりあえず兄様、引っ越しで疲れているのは本当でしょう。晩ご飯までゆっくり休んでいてください。私は飲み物を貰ってきますので」

「あ、うん……ありがと」


 確かに魂抜かれたかもってくらいの脱力感だ。

 色々と奪われた。精神力、気力、体力……それに一部の心まで。

 ボクは壁に寄りかかって座りつつ、確かにきょこは危険な存在かも……と早くも実感するのだった。

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