第13話 白姫女学院高等学校

 白姫女学院高等学校。国内有数の才女、お嬢様達が通うというこの学院は、都会の喧噪から外れた郊外に建てられていた。


 ……そう、ボクが連れてこられたのはそんな、百合の通う高校だったのだ。


 規模はおそらく高校を超えた大学並み――これは学生寮が敷地内に併設されていることに起因するんだろう。

 建物はどこかアンティークな雰囲気なものの、頼りなさは感じない。適度に文化的で、適度に自然に囲まれていて、心なしか空気も澄んでいるように感じる。


 ここが百合の通う学校かぁ……と、マジマジ眺めつつ、百合に着いて校舎に入る。

 男子禁制の女子校という話だけれど、格好(性別も含め)は完全に女子なので誰にも止められることはなかった。


「あっ、百合さん!」

「珍しい、日曜日に学院にいらっしゃるなんて……あら、後ろの方は?」


 校舎内にはちらほら女性とがいて、ボクら……というか百合を見て何か噂話をしている。陰口って感じの雰囲気ではないけれど、ちょっと落ち着かない。


「なんか、見られてない?」

「姉様はとても美人ですので、当然です」

「いや、そうじゃなくて……というか、ボク私服だし、完全に浮いてる……」


 どうして日曜日なのにこんなに生徒がいるんだろう、と一瞬思ったけれど、さっき答えに触れていたじゃないか。

 この学院の敷地内には学生寮が併設されている。当然、そこに住む生徒達は休日にも学校に来て、思い思いの時間を過ごしていてもおかしくない。


 彼女らにとって休日は、学校に行かなくていい日ではなく、授業がない日なんだろう。


「部活とかもあるんだよな」

「はい。結構盛んですよ。スポーツ推薦で入った方もいらっしゃいますし」

「へぇ~……」

「女子スポーツ界では、結構名の通った高校でもあるんですよ」


 そうなんだ、と頷く。才能のある生徒というのは当然、スポーツ選手も含まれるわけだ。


「ところで……どこに向かってるんだ?」


 校舎内を歩く百合の足取りは非常に軽く、そこそこ早い。

 見学のために練り歩くなんて感じじゃなく、明らかに目的地が定まっている雰囲気だ。


「百合……百合?」

「到着しました」


 百合がある部屋の前で足を止める。

 ボクは上を見上げ、部屋の表示を確認し――


「……学長室?」


 それに気を取られた、その間にも百合は既にドアを三回ノックしてしまっていた。


「ちょ、百合。これって――」

「どうぞー」


 ボクが百合に意図を聞こうとする前に、学長室の中から返事が返ってきてしまう。

 百合はボクに「黙ってついてこい」と目配せしつつ、息をつく間もなくドアを開けた。


「失礼します……姉様も」

「あっ、し、失礼します!」

「はい、どうぞ」


 学長室は、一般的にイメージされる校長室と同じレイアウトをしていた。

 部屋の奥には窓を背にして執務机が置かれ、その前のスペースには一人がけのソファが向き合う形でそれぞれ二個ずつ、真ん中にローテーブルが置かれている。両面の壁には書類や何かのトロフィーなどが詰まった棚が並んでいた。


 そして、今、その執務机に座った人こそ、おそらく……え?


「……若い?」


 名門お嬢様学校、という題目から、なんとなく学長は貫禄のあるお年を召された方なんだろうなと勝手に想像していた。

 しかし、そこにいたのは二十代後半くらいの女性だった。しかもメチャクチャ美人。


「白姫学長、お時間をいただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は結構よ、天海百合さん。そちらが伺っていた貴方のお兄様かしら」

「はい」

「あ、えと、天海碧です……ん、お兄様?」


 白姫学長さんの言葉にボクが引っかかりを覚えたその間に、彼女は席から立ち上がり、距離を詰めてくる。


「へぇ……」


 そして頭の先から足のつま先まで、じっくりじっくり、なめ回すように全身を観察してくる。近くで見るとやっぱりすごく美人で……なんか普通にモデルとか女優とかやっていそうな感じで、緊張してしまった。香水っぽいいい香りもするし。


「失礼」

「え? ひゃあっ!?」

「ふーむ、なるほどね」


 白姫学長は、一言置いて……ボクの胸を揉みしだいた!


「学長先生!」


 すぐに百合が割って入り止めてくれる。

 白姫学長はすぐにそれに従って引きつつ、ボクに触れた両手をまじまじと見つめていた。


「兄にセクハラはやめてください。兄のおっぱいに触れていいのは、妹の私だけです」


 いや、別にお前だけってこともないだろ……と思いつつ、助けてくれたのでここはツッコまないでおく。


「ごめんなさい。どうしても確認したかったの。私だって、性転換した子を見るのも聞くのも初めてだったし……いくら証明書があるって言っても、二人が嘘を吐いているって可能性も全くゼロじゃないでしょう?」


 白姫学長はそう頭を下げつつ、てへっとあどけない笑顔を浮かべた。つい許してしまいたくなる、そんな茶目っ気を感じさせる。


「でも、今ので納得したわ。二人とも顔立ちは似通っていて血が繋がってるのは間違いない。けれど百合さんの入学時の資料では兄弟姉妹は兄一人だけ……碧くんね。でもそこにいる彼女の胸の感覚は間違いなく本物! 百戦錬磨ならぬ、百揉錬磨な私の経験が雄弁に語っているわ!」


 ……ええと。

 まぁ、納得してもらえたってことだろうか。すごく自信満々に言い切られればツッコむ気力も湧かない。


「さてと……自己紹介がまだだったわね。私は白姫翼。この白姫女学院高等学校の学長代理を務めています」

「……代理?」

「ええ、本当の学長は母なの。でも母は多忙な人でここに留まっているわけには行かないから、娘の私が実質的にここを纏めさせてもらっているという感じかしら。碧さんも、私は学長先生……もしくは、翼お姉ちゃんと呼んでくれて構わないわよ」

「はぁ……」

「にしても、本当に元男の子? 『突発性性転換現象』、噂には聞いていたけれど、ちょっと反則ってくらい可愛すぎない?」

「当然です。兄様はスペシャルですから」

「これは確かに、百合さんがキャラを崩しても慕いたくなるのが分かるわね」

 キャラを崩しても? こいつ、ここでもそんな感じで……って、それより!

「学長先生は――」

「翼お姉ちゃん」

「え?」

「翼お姉ちゃんって呼んでみて。一度でいいから」


 いや、さっきどっちでもいいって言ったじゃん……と思いつつ、有無を言わせぬその鋭い眼光に気圧され、ボクは渋々頷いた。


「……翼お姉ちゃんは、どうしてボクが性転換したと知っているんですか」

「はうあっ!」


 なぜかのけぞる学長。


「ちっ」


 なぜか舌打ちを打つ百合!

 ボクの質問、そんなにまずかったのか!?


「これは中々の破壊力ね……ふふっ、そういう性癖に目覚めそう」

「もう目覚めているの間違いでは」

「その通りね。百点よ、百合さん」

「兄様なら当然です。まあ、妹の座は譲りませんが」


 熱っぽい緩んだ笑顔を浮かべる学長と、憮然とした態度ながらどこか誇らしげな百合。

 二人は通じ合ったように、握手を交わした……ボクは全くついて行けていない。

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