第12話 外出

 ボクが性転換してから一週間が経った。


 これくらい女の子をやっていると大体女の子のことが理解できてくる。

 まずはおっぱいだ。これは非常に邪魔だけれど、なんだかんだ体の一部だ。慣れればなんとでもなる。


 「とりあえずつけときなさい」と母から渡されたブラジャーを着用してみたところ、案外これがボクに合った。人間食わず嫌いはしない方がいいもんだ。

 ブラジャーを買うため、母さんにサイズを測ってもらったところ、ボクはFカップだったらしい。F……これはとんでもないものですよ。元男でも、いや元男だから分かる。あの百合でさえなんか下唇噛んでいたもの。


 少なくともおっぱいが重力に吸われて、変な前傾になって首とか腰が痛くなるなんてことは軽減されたし、変な話だけれどおっぱいの存在を意識しやすくなった。

 トイレやお風呂も、まあ大丈夫。股の間にアレが無いのはちょっと気になるときはあるけれど、気にならないときは気にならない。

 むしろ無いなら無いで、こっちの方が楽なんじゃないって気になる時はある。足とか閉じやすいし。


 ちょっと前まで、思春期らしくこいつのサイズが標準なのかどうなのか気になっていたけれど、無くなったら解放されるというのはなんとも現金なものである。


 とはいえ……あれからのボクの生活は相変わらずの引きこもり中心だ。

 外出らしい外出は、一度母さんと百合に連れて行かれ服を買いに行ったくらいか。ボクの衣服や消耗品に関してはしばらくの間国から援助金が出るらしい。性転換補助みたいなものかな。元々持っていた服や下着は軒並み使えなくなってしまったし……なぜか全て、百合に回収されたけれど、なぜかは深く考えないようにしている。


 さて、そんなこんなでもうすぐゴールデンウィークを迎えようかという日曜日、ボクは百合に突然電車へと乗せられていた。


「あの、百合さん?」

「何でしょうか、にい……いえ、姉様」


 外に出るときは周りの目を気にして姉様呼びになる百合。


 ボクは彼女のお兄ちゃんである自覚はあるけれど、別に姉様と呼ばれても気にならなくもなっている。兄であり、姉。一つの体に二つの心って感じだ。知らんけど。


「ボクはどこに連れていかれようとしてるんだ?」

「白姫女学院高校です」

「……なるほど」


 だから百合は制服を着ていたのか。

 どこか淑女間の漂う黒いワンピース型のセーラー服。美人の百合が着るとやっぱり様になる。同じ平民の血筋だというのに、本物のお嬢様みたいだ。


 対するボクも制服――は持っていないので、それなりに小綺麗に見える襟付きワンピースを着させられていた。このスカートというのはどうにも慣れない。

 しかもこんな格好で電車に乗るなんて……なんか視線を感じる気がする。自意識過剰だと思うけれど。


「でも、休みにわざわざどうして?」

「それは……着いてからにしましょう」


 分かりやすく話を濁す百合。

 普段なら聞いていなくてもあれこれ勝手に喋り出すのに……妙だな。


 わざわざボクを連れていく辺り、編入云々の話に絡んでいると見るべきか。それとも、休日にこっそり学校見学させようという目論見か。

 後者であれば、実際に試験を受ける受けないにかかわらず、素直に喜べるけれど……それならもっと得意げに言って、褒めろ褒めろと圧をかけてくる筈なんだよな。


 ……うん、不安だ!


「ほら、姉様。可愛い猫ちゃんの動画ですよ」

「誤魔化し方が雑!」

「上映中はお静かにお願いします」

「映画始まる前の注意喚起かよ……」

「はい、イヤホンどうぞ」


 有線イヤホンの片割れを耳に突っ込んでくる百合。もう片方は自分の耳につける。

 というか、普段は無線イヤホン使ってなかったか? なぜ今に限って有線を使ってるんだ。


――グエェ! キャーッ! ワハハァ! ンーフー? ゴギャギャギャギャ! オーノー。


「…………姉様」

「ん」

「どうして猫ちゃんの可愛い動画で癒やされようって時に、きしょいゾンビゲームの広告を見せられなきゃいけないんでしょうね」

「きしょい」

「これが海の向こうの文化なのでしょうか。生ハムメロンみたいな。猫ちゃんにゾンビみたいな」

「かもなぁ」


 そんなこんなで、猫の癒やし動画ときしょいゾンビゲームの広告を交互に見つつ、僕らは道中の時間を潰した。


 片道一時間程度……これを毎日繰り返しているのだから、百合には頭が下がる。本人は本でも読んでいればすぐだって言うけれど……寮に入るというのは、ボクのことはともかく、百合にとっては十分価値ある選択なんじゃないかなと、ちょっと思った。

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