第14話 学長先生

「私が貴方の事情を知っているのは、百合さんと、貴方のご両親から予め話を伺っていたからよ」

「そ、そうだったんですか……いや、そりゃそうか」

「性転換に伴い、兄様は元いた高校を退学になりました。しかし、国はその後の支援策として、転入に必要な資料や証明書類を纏めていたんです。それを私は学長先生にお渡しし……兄様の転入が可能かどうか、判断を仰いでいたというわけです」

「お前、ボクに黙ってそんなことを……」

「父様と母様もご納得されています」

「一番重要なボクの意思を聞いてなくないか!?」

「確かに兄様は当事者ではありますが、冷静に判断できない状況でもあるでしょう? ただ、これは兄様にとっても決して悪い話ではないと思いますよ」

「そうかもだけど……いや、今となってはもうどうしようもないか……」


 話は進んでしまっている。通いたくないという明確な理由があるわけでもない。

 元男子で、女性としての生活に多少慣れてきたとはいえ、女子校に通うのはやっぱり抵抗はあるけれど……以前話したとおり、父さんと母さんへの負担を減らすのであれば、学生寮に入るというのは一つの手だとは思う。

 もちろん、ボクがここの編入試験を合格できる可能性は限りなく低いだろうけど……。


「いかがでしょうか、学長先生」

「うん、分かった。直接確認して性転換は本当だって確認できたし、真剣に検討するわ」

「…………兄様」


 百合はどこか不服そうに顔をしかめつつ、ボクの耳元に顔を寄せてきた。


「聞いたことがあります。大人の世界で検討するというのは、断り文句であると」

「そうなのか……? それじゃあ入学は……」

「いえ、まだ分かりません。兄様のお力をお借りする必要はありますが……」


 そして百合は、ある指示を囁いた。


「ええっ!?」

「多分、それで解決するはずです。若干癪ですが……いえ、よくありませんね。兄様の愛はあまねく世界に轟いて然るべきですから」

「いや、なんか大げさなこと言ってるけど……」

「いいですから」


 百合に背中を押され、学長先生の前に立たされる。


「何かしら?」


 にこっと笑う学長先生。でも若さよりもずっと大きな迫力を感じつつ……ボクはもう訳が分からなくなって、どうにでもなれと自暴自棄に、百合の指示に従った。


「その……ボク、この学院に入りたいです……お願いします、翼お姉ちゃんっ!」


 あー……死にたい。

 言わされた台詞とはいえ、あまりの情けなさに途中から自然と涙が出てくるほどだった。


「…………」


 対し、学長はボクを見てぽかんと口を半開きにして固まり……、


「……合格っ!」


 そう言って、ボクを思い切り抱きしめた!


「へっ!?」

「合格合格! 何この子、超可愛いんだけど! 好き! ねえ、本当にお姉ちゃんの妹にならない!? 元男とか、全然許容できちゃうから、あたし!」

「……学長先生」


 大きく咳払いする百合に、学長がハッとし、大人のキリッとした表情に戻る。……が、なぜかボクは離そうとしない。


「実は学長権限で使える編入枠があるの。そうね、百合さんのお姉さんということであれば、周囲も納得するでしょうし、ゴールデンウィーク明けから通えるよう調整するわ」

「い、いいんですか? ボク、試験も受けてないのに……」

「うちの方針はね、清く正しい乙女を育て上げること。確かに試験も大事だけれど、それ以上に面接の結果……人柄を重視しているの。その点で碧くんは、この百戦錬磨の学長である私を問答無用で平伏させる魅力を持っている! 断る理由なんか無いわ!」

「はぁ……」

「ただし、試験もなにも免除して編入させる代わりに、毎月……ううん、毎週、私とお茶の時間を持つことが条件よ!」

「……学長先生、それセクハラでは」

「いいえ。今は文句なしの美少女とはいえ、元は男性でしょう? ここでの生活は不自由もあるだろうし、気がついたことは何でも言ってもらいたい……そのためのヒアリングをするためで、他意はまったく無いわ!」

「では私が同席しても問題ありませんね」

「いいえ、百合さんの前だと碧くんも話しづらいでしょうから、一対一で行います」

「兄様は私の前でも最強で完璧な兄様です!」

「ならわざわざ百合さんが見張る必要も無いわよ。そうでしょう?」

「ぐぬぬ……尤もらしいことを……!」

「学長ですから」


 ……そう、ボクを抱きしめたまま言う学長先生。


 正直、めちゃくちゃいい香りだし、体も柔らかくて、大人の魅力に溢れてて……ボクは一生このままでもいいんじゃないかなと、ちょっと思ってしまった。


「それと私のことは、他の生徒達の前を除き、翼お姉ちゃんと呼ぶこと! それも入学の条件です!」

「は、ひゃい……翼お姉ちゃん……」

「あ~~~~~~~好きっ!!」


 大人の魅力に脳をドロドロに溶かされつつ、数少ない生き残った冷静なボクは、なんだかんだこの人も結構変人だなと評を下すのだった。

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